神罰の烙印〜神様と旅した千日記〜

天地創造

第1話 異世界への第一歩

リアルはそこそこ楽しかった。彼女は……いないけど。友達も多い……ってほどでもないけど。それでも、小さく群れて、好きなもので共感したりして。それなりに楽しかったんだ。


あれはいつだっただろう。高校から帰る途中の、公園的な所で友達と駄弁っていた時だと思う。いきなり誰かに引っ張られた気がして、気づくと俺は見知らぬ土地にいた。ってか、土地じゃなくてなんか、こう。海的な。

何も無い空間を、ただふわふわ漂っていた。理解なんて出来るはずもなく。でも記憶も意識もあるから、それが余計な不安を煽りやがる。

いつまで経ってもこの空間から出られる気がしない。天国への道なら、いっそとっとと連れてってくれ。

死んだという自覚はなし。ただ、さっきまで食ってたコンビニアイスの残骸もお伴してくれて。なんなのよ。怒っちゃうわ!

いや、うん。怒るのはやめよう。ここはひとつ冷静に。あぁ。俺は出来る子だ。多分。とにかくここから出る方法を探そうじゃないか。

そう思って手を伸ばす。その瞬間だ。漂っていた身体が重力を感じ、脚がどこかの上に立った。俺は見知らぬ部屋にいた。

「…………きったね」

そう。その部屋は汚かった。そして狭かった。四畳半くらいの、キッチンなし押入れのみ。そして床にはなにやら絢爛豪華な装飾品が。これはそう、みんなの想像する宝の部屋というやつを、四畳半に押し込んだような感じ。

そこら中に剣やら槍やら、なんか物騒なもんが広がっている。なんだ?時代遅れのテロリストか?

「はぁん?なんじゃ失礼な。転生させるぞクソガキ」

「…………はぁぁん?」

脅しになってない脅しをしながら、俺の目の前にどっかから降って湧いた人物。いや、正確には多分人じゃない。

俺は理解していた。この状況を。この展開を。最近よく見る。俺も好きだった。友達何人かと、合同で執筆なんかもした。

そう。これは異世界転生への第一歩である。多分。

「……誰?」

ひげもじゃの、なんかいかにも神様って容姿の人が聞いてきた。いや、それ俺のセリフな。

「……星峰昴」

「…………え?あぁ、マジかぁ〜。またやっちゃったかぁ〜。ごめんごめん」

なにやら一人で納得して、神様は頭を抱えていた。うん。わかるよ。きっと間違えたんだろ。知ってるから。勿体ぶるな。

しばらく杖抱えて落ち込んでたかと思ったら、いきなり神様は顔を上げた。そして得意げな表情になり、豪快な宣言を口にする。

「よし!これはワシが悪いな!んでも、わし神様じゃし、間違いとかないし。記憶消して返すのものぉ……ほうじゃ!」

何やら床をごそごそあさり始めたクソひげじじい。俺は何をいうか分かってしまった。

それなら、止めるほかないだろ。

「まて!皆まで言うな神様よ!アレだろ?どうせ今から、『わしの手違いで死んだのは申し訳ない。だからせめて、別の世界へ転生させてやろう。チートアイテムも持っていけ』と、いい提案だ。あぁ。普通の陰キャならな!」

ここまで大声をあげたのはいつぶりか。体育祭とか、文化祭とか。そんなんじゃ全然盛り上がれなかった。

人生に悔いはある。チート持って、やり直せるなら大歓迎だ。でも、それはあくまで向こうの、俺が元いた世界でならの話。あいつらに会えなくなるんなら、アイテムもステータスもいらない。

俺が欲しいのはただ一つ。今まで通りの、変わらない日常だ!転生先のケモミミも、ハーフエルフも女騎士も興味はあるけど!

「だが断る!俺を元の世界に返してくれ!」

神様からの素敵な申し入れを、聞き終える前に否定する。さぁ、どうでる?受け入れられなかったのが不思議だろう。

泣きつくか。魔王を倒さないといけないのじゃ!とか。はん!断ってやるぜぇ!

「…………マジごめん」

だが、俺の予想に反し神様の反応は乏しかった。それはもう。悲しいくらいに。なんか、老人をいじめる高校生、な図が出来上がるくらいに。

「……なんかの、出来んのんじゃよ。わしが送れる世界は一つだけ。それ以外は管轄外じゃ」

「…………まじ?」

「まじもおおまじ。だからの……」

ふっ、と肩の力を抜き、がくっと項垂れる神様。あ、やべ。なんか罪悪感わいてきた。

いいのか?俺。わがまま言ってる場合じゃないんじゃない?これ、受け入れるしかないやつじゃない?

なんかじっと見ていたら、神様の肩が震え出して。同情して泣いてるのかな、なんて思って、ちょっと近づいて見たら……。

「諦めろクソガキぃぃぃぃ!!!」

「はぁぁぁっ!?」

いきなり持っていた杖を、俺に向かって振り周してきやがった。それも殺すくらいの勢いで。

このジジイ、俺を騙しやがったな。

「大丈夫じゃよ!痛くないから!ほら、この杖な、上の宝玉で叩くと転生、下ので叩くと転移する優れものじゃぞ!しかも今ならステータスもおまけしちゃう!」

「知らねぇよクソジジイ!はよ戻せ!」

「はぁぃぃ?じじいボケてて聞こえませぇん!お前いいからとっとと転生しろ!ゴッドカリバーの錆にするぞごるぁ!」

前言撤回。罪悪感なんて消え去ったわ。つか、そもそもこいつに勝手に殺されたんだわ、俺。言い過ぎとかねぇわ。

ブチ切れて俺を転生させようとする神様と、それを拒んで神をなじる俺。罵詈雑言が飛び交って、しまいにゃ床の神器まで投げ合いになった。

「きれちゃった!神様キレちゃったからねコレ!お前転生したら、額に肉の印押してやる!」

「知るか!俺完全に被害者じゃん!なんで逆ギレしてんの?!」

「うっせぇ死ねぇぇぇ!!!」

ついに転生ではなく死ねとまで言って、神は飛んだ。それはもう、じじいとは思えないくらいの身体能力で。

華麗に飛翔した神様は、まるで高跳びの選手のごとき体制で、俺に向かって来て、杖を振りかざしてーーそして天井に激突した。

考えれば、この四畳半かつ高さ3メートルくらいの部屋で大ジャンプしたのが馬鹿だったのだ。

鍋のふたを落とした時のような馬鹿でかい音を出し、白目をむいて地面に落ちた神様。やったと思った。少しスッキリした。

そして次の瞬間、俺の目は絶望に変わったのだ。

「やべっーー!」

それは、きっともっと早くに気づいていれば避けられただろう。俺がもっと接近戦をしていれば。神様がもっと、前に向かって飛んでいれば。

俺の目の前で進行していた大事件。それは神杖が神様に向かって落ちていたことだった。それもちょうど、転生の方を向いて。

焦った。思い切り床を蹴った。だけど貧弱な俺の身体じゃ、その刹那の瞬間には追いつかなかった。

神杖が神様の身体に当たる。その瞬間、まばゆい光とともに神様の身体が粒子になって消え去った。それはもう、跡形もなく。

残ったのは、呆然と宙を眺める俺。そしてからんからんと落ちた杖。さらに、無数の神器に埋め尽くされた部屋だけだった。

「…………やっべぇ、やっべぇ……」

俺は壊れたロボットの如く、同じ言葉を繰り返す。だってマジでヤバいんだもん。どうすんの?コレ。大丈夫なの?俺。

神様が消えた床の上を触ってみるが、そこは普通の畳だった。なんの変哲も無い。あ、ちょっとシミあった。これ醤油だわ。あいつ雑そうだもん。色んなもんこぼしてんじゃねぇよ。

いやいやいや、違うね。俺が今考えるべきなの、畳に染み込んだ醤油の取り方じゃないよね。漂白剤探そうとなんてしてないし。断じて。

とりあえず、何か解決策はないかと部屋を粗探ししてみる。も、全くそういうのはない。なんか説明書的なのとか、本みたいなのとか。

完全に途方に暮れてしまった。これならまだせめて、神様に転生させてもらえばよかった。そして条件つければ。例えば、魔王倒したら担当者に会いに行かせろ、とか。

「…………神様なら、知ってるよな」

だが、その頼みの綱ももういない。あぁ、短気なのかな?俺。いやいや、アレは神様がおかしいよ。

普通、こう言うのってもっとさ、なんかさ、丁寧なんじゃないの?つか可愛い子がやってんじゃないの?なんで俺はじじいだったの?美少女でおっぱい大きかったら、誰でも協力するわ。

窓の外を見ても、そこには雲海が広がってるだけ。何もない。つまらない。

戻りてぇなぁ。今頃みんな何やってんだろ。何時くらいだ?夜なら小説書いてるか、オンラインゲーだろうな。あ、MMORPGの世界になら全然いいかも。俺だけ電子世界で、現実世界のあいつらと協力して戦うとか。やべ、これ大作の予感。

とかそんな事を考えて、ぼけっと座って机の上をぼんやり眺める。神杖は相変わらず傷の一つも付いてない。周りの神器をちょっと手にとってみる。すると、使い方が頭に流れ込んできた。

俺が今持ってる斧。名を【万砕千斧】というらしい。一振りで千の斧が飛び、あらゆる盾を断つのだとか。

……はい。だから何ですか?確かにこれ持ってりゃ異世界なんて余裕でしょうな。えぇ。それが剣と魔法の世界ならなぁ!でもここじゃ何の意味もない。せいぜい野菜切るのに使うか使わんかくらい。

これ以上調べるのも面倒くさくて。何よりそんな事意味がなくて。だからまた机に目をやった。その瞬間、俺の頭に一つの仮説が浮かび上がった。

「…………神様って、転生すんの?」

神様が異世界行くなんて、聞いたことが…………ある。結構ある。つか俺も書いたわ。駄作だけど。

そう、古今東西、神様が転生するのは珍しい話じゃない。なんで俺はそれを思いつかなかったんだ。

淡い期待を胸に抱き、恐る恐る神杖を手にとって情報を読み取る。

神杖、俺が勝手にそう名付けた杖の真名は【ここから始める異世界ライフ】動物神仏、その他あらゆるものを、異世界送りにする杖。ステータスの設定も可。

キタコレ!頭に情報が流れてきた瞬間、俺は飛び上がって叫んでいた。

「なら、俺も行って、神様拾えば……」

降って湧いた希望。さっきまで動かないボロ雑巾みたいだった俺が、今は新品の最高級品のように飛び跳ねていた。頭おかしいんじゃねえかと思われるくらい。

一旦落ち着いて、先の流れを確認する。

俺は異世界へ行き、神さまを探す。神様の言っていた異世界転生が、俺らの基準と同じなら記憶は継続しているはずだ。だから俺を見ればわかるはず。

これまでの知識が潮を吹き、脳が八ビートのリズムを刻む。行ける!行けるぞ!ステータスをいじって、レベルカンストで転生すれば。いや、転生は嫌だな。生まれた時からだと、ちょっと時間かかりすぎるし。

それにそもそも、ザルなこの神器さまには、細かい仕様のことまで教えてくれる脳がないらしく。やり方も分かんないし、間違ったら怖いし。仕方ねぇ。ここは転移にしときましょうか。

ここに帰ってきてないということは、転生した神様はまだ無事だろう。死なれたら困る。つか、俺死んでも困る。

どうしようと考えて、思いついてしまった。チートもチート。これまでにない極上のやつを。

「……クラス転移ならぬ、部屋ごと転移か……」

そう、簡単な話、ここにある部屋ごと転生すればいいのである。潤沢な神器を持ってれば、多分死ぬことはない。

できるかできないかわからない。でも、やって見なくちゃわからない。

深く深く息を吐く。ひょっとしたら、これが最後の景色になるかもしれんのだから。転移だからステの弄りは出来ないし、チートスキルやら魔法やらも持てないだろうな。まぁ、それは神器で賄おう。

俺は杖をかざし、それを床に思い切り振り下ろしたーー。

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