4-2
それを知ったのは、景司の事故の数日後。テレビのニュースを観ていたときだった。
朝、登校しようと制服に着替え、朝食を食べていたとき。食パンを囓り、コーヒーを呑んでいた。そのときそのニュースが流れた。
――若き天才画家・中島景司くん、交通事故により逝去。
テレビから流れる声も、テレビに表示される文字も、なにかの間違いだと思い何度も読み返した。
しかし現実は残酷で、テレビの画面が切り替わると事故現場の映像と共に景司の顔写真が映し出され、それが他人の空似や間違いなどでは決してない事実であることが突きつけられた。
その事実に力が抜ける。手にしてマグカップが床に落ち、黒い液体を撒き散らしながら派手な音をたてた。
「杏華!? どうしたの?」
その音にキッチンから母親が駆けてくる。そして娘が釘付けになっているテレビを観て、母親もまた言葉を失っていた。
(景司が、死んだ・・・・・・? 交通事故、だと?)
杏華には景司との繋がりがある。それは一ファンというだけではない、もっと深い繋がりだ。それ故に景司の死亡というニュースは鋭く杏華の心を抉る。
気づけば身体が震えていた。椅子の上で身体を丸め、そんな杏華を母親が優しく抱きしめる。
「・・・・・・今日は学校を休みなさい、連絡しておくから」
「・・・・・・あ、ああ」
そんな言葉しか返せないほど杏華の心は乱れていた。
それから母親に付き添われ部屋に戻った。着替えを済ませパソコンの電源を入れた。
インターネットを立ち上げると一心不乱に景司の事故の記事を探した。目的のものはすぐに見つかり、そこで初めて景司の事故が飲酒運転による事故だと知った。
今度はスマホを手に取る。どうしても信じるのが嫌で、かけ慣れた景司の番号へ連絡をしようとした。――が、通話ボタンをタップする手前で指が止まる。
ここで電話をかけて、もしも景司が出なかったら?
景司のことは絵描きとして尊敬している。こんな性格の杏華にとっては数少ない友人であり、仲間だった。そんな彼が失われたという事実が、とても怖い。それを確認するのが怖い。
「・・・・・・」
どうしても通話ボタンを押すことができず、震える指でスマホをホーム画面に戻そうとする。しかし震えているのは指だけじゃなく、身体全体だ。震える手はうまくホームボタンを押せず、誤って通話ボタンを押してしまった。
「――ぁっ」
コールが始まる。今すぐに通話を切れと脳内で誰かが囁く。だがモタモタしている間にコールは途切れた。
最初は景司が電話に出たのだと思った。こんなニュース、なにかの間違いか嫌がらせだと思った。
しかし電話口から聞こえてきたのは、景司のスマホの電源が切られているというアナウンスで、たったそれだけのことで事情を察する。きっと自分と同じような行動をとった人間からの電話が鳴り響いたのだろう。そして両親がスマホの電源を切った。きっとそんなところだろう。そしてそれは、景司が死んだという事実をより色濃く証明する。
杏華はスマホを投げ出し再びパソコンの前に座る。そしてほぼ無意識にとあるサイトを表示した。
それは動画投稿サイト。杏華が動画投稿を行っているサイトだ。
自分の開設したチャンネルを開くと、そこには今まで自分が投稿してきた動画がいくつもある。クリック一つで、それらを自由に観ることが出来る。
が、そんな簡単な作業すら、指が震えてできない。杏華はただただ、動画のサムネイルだけを見続けた。
「・・・・・・あれ?」
ふと、手に暖かいものが落ちてくる感触があった。そしてすぐ、それが自分の瞳から流れ落ちたものだと気づく。
「涙、が・・・・・・」
流れ落ちる涙は止まることをしらない。その涙は自分の手を、パソコンを置いてある机の上を時間と共に濡らしていく。
表情の変化に乏しい杏華は、いつも周りからはなにを考えているかわからないとか、不思議な人だとか、変わり者だとか言われてきた。でもそんなことはないのだ。全てを否定できるわけではないが、杏華だって感情はある。
嬉しければ喜び、許せなければ怒り、辛く悲しければ、泣く。
涙は止まらない。景司への想い、感情が大きい分、溢れ出るその涙は尽きることがない。
杏華は泣き続けた。声を殺すこともなく、感情が溢れるままに。
そして、ようやく涙が涸れ始めたころ、動かした手がふいにマウスに触れた。カチッとマウスのクリック音がし、反射的に画面に目をやるとマウスがポイントしていたとある動画が再生されていた。
その動画のことは自分でもちゃんと覚えている。
そしてその動画を観て、その中で喋っている自分の言葉を改めて聞いて、思い出す。
「そうだ。私は・・・・・・ううん、きっと私が、やらなきゃいけないんだ」
残っている涙を拭う。
景司の死は当然辛い。でも、それでもやらなきゃいけないことが杏華にはあった。
それは景司がいなくなった今、他の誰でもない杏華にしかできない。
「・・・・・・キミはもしかしたら嫌がるかな、景司」
動画を見つめながら呟く。
もしも景司が生きていて、同じ事を杏華がしようとしたら、きっと景司は杏華を止めるだろう。でもこういう状況になってしまった以上、杏華にはこれからすることが自分の使命なのだと思えた。
だから――。
「きっと、そうしたほうがいいと私は思う。だから、私がやるよ。キミの代わりに」
最後に溢れた最後の涙をもう一度拭い、杏華は一つのことを心に決めた。
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