3-5

 これほどまでに時間を長く感じたことはなかった。

 廃団地の入り口で、合人は手にしたスマホに何度も視線を落としては暗がりの向こうへ目を向ける。

 待ち合わせは0時。しかし待ち合わせ時間はすでに一時間は過ぎていた。

 暗闇の向こうに人の姿は見えず、気配も足音も聞こえない。シン、と静まりかえった夏の夜、草むらで鳴く虫の声だけがやけに耳に響いた。

 景司が合人との約束を守ってくれる保証はない。

 お互いに嫌いあい、景司からすれば合人は絵を描くのに邪魔な存在だ。今回の合人からのお願いだって景司には何一つメリットがなく、律儀に約束を守る必要はない。口から出任せを言い、合人のことを遠ざけていてもなんら不思議はなかった。

 邪魔者扱いされることは慣れている。自分のことに関してなら、「ああ、いつものことだ」と諦め、ふて腐れることもできる。

 だが今回はそうじゃない。自分自身のことではなく、一人の女の子の、合人が一番大事に思っている女の子の未来がかかっているのだ。諦めることなんてできないし、なにがなんでも景司にはこの場へ姿を現してもらわなくてはいけない。

「・・・・・・っ」

 スマホを見る。時間は、先程からまだ一分しか経過していない。

 無限にも感じるこの時間の中、気持ちだけがやたらと焦り、気が逸る。

 こうしている間にもエミリーの時間は確実に削られている。誕生日を迎えるまでは大丈夫だと言われてはいるが、そう言った彼女の顔は辛そうで、無理矢理に笑って痛みに耐えているのは明白で、だから一秒でも早く本来のエミリーに戻ってもらいたい。

 無意識にまた、視線が手の中のスマホに落ちる。

 当然ながら、時間は変わらない。スマホの画面と暗闇の向こう側を交互に見つめ、ようやくまた一分、時間が経過したころ、虫の声しか響かない暗闇の中に人工的な電子音が鳴り響いた。

 虫の音をかき消すそのけたたましくもある音に、慌ててスマホの画面を凝視する。

(・・・・・・誰だ?)

 てっきり電話の相手は景司だと思った。しかし画面に表示されていたのはまったく知らない番号だ。正直、今は誰とも知れぬ相手と話をしている暇も余裕もない。だがどうしてだろう、なんだかこの電話はとらないといけないような気がした。

「・・・・・・もし、もし?」

『――もしもし。中島合人さんですか?』

 電話の声は堅く無機質で、一切の感情を殺したような、そんな声色をしていた。

 その声が、合人の名前を呼び、そして――。

『――――――』

「・・・・・・――え?」

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