第28話 悪魔

 二人は、再び貸し馬車に揺られてジンバル村へと向かっていた――


 初めて訪れた時には、秋。

 次に訪れた時には冬の始まりを感じ、そして今は春。


 二人の前に再び現れた白樺並木は、若い春を謳歌するように、全身で喜びを表していた。

 しかし、その美しさを堪能するいとまが二人には無い。


 ヨーイングはそれでも、髭をあたり、今までの取材行と同じ程度には身だしなみを整える時間は作ったのだが……


 客車キャビネットの中で、ヨーイングはひたすら尋ね続け、スチュワードはひたすら答え続ける。

 それがあまりにも多岐に渡るものだから、この素晴らしい風景は、ひたすらに車窓の外を流れていくだけ。


 しかし、それをもったいないと思う余裕すら、今のヨーイングには無かった。

 元々、こういう状況になるだろうと見込んで借りた馬車でもある。


 これで魔導車など持ちだしていたら――確実に事故を起こしていただろう。


 二人の“やりとり”の始めはやはり、公園で行われたスチュワードの説明に対する補完であった。


「……では、カリエンテールさんは?」

「ここが、どうにも。ていよく父親に使われることで、あんな事になってしまったのか、本当にクラインが喜んでいるに違いないと考えているのか。はたまた、アグバーさんが誤魔化しただけで、実は彼女が主導者なのか」


 確かに色々なパターンが想定出来る。だが、スチュワードはその精査を行ってはいないらしい。

 それを「適当だ」などと非難する権利は、もちろんヨーイングには無い。


 だがカリエンテールは、本当にクラインが死を選んだ理由には関係がないのだろう。


 スチュワードは純粋に、


 ――何故、クラインは死を選んだのか?


 という疑問だけを追いかけていた。追いかけ続けていた。


 そのスチュワードが、関係ないと判断した以上……そういうことなのだろう。確かにカリエンテールはクラインを追い詰めた“理由”ではあったかもしれないが“原因”ではない。


 ヨーイングは、それを確信することが出来た。


 では、引き続き“補完”になるかと思われたが、そこから話が大きく逸脱した。いや、ある意味では補完なのではあるが――


「――アブドが生きている?」

「はい。私がクラインに興味を覚えたのは、先にアブドを知っていたからです。もっとも、ジンバル村での様子は知らなかったですよ。“エレニックの奇跡”あたりは、あとから知ったんですけどね。その“エレニックの奇跡”という言葉を知ったのも、ヨーイングさんに同行してからです」


 一瞬混乱したヨーイングであったが、次第にその言葉を噛み砕いていった。

 つまり――


「アブドが魔族の領域に現れた時に、彼を知ることになった?」

「ああ、はい。そういう事で良いと思います。ですから、そもそも“アレ”は反攻作戦では無いんですよ。魔族の間で頻繁に起こる、部族間の争い。そこに威勢の良い若者が現れて……それで今、アブドは“王”に一番近いです」

「“王”?」

「こちらの言葉に訳すなら、その言葉が一番近いですね」


 スチュワードが肩をすくめる。


「どうもね……レック。その辺りも“デザイン”していたのではないかと。あるいはアブドが協力していたのも、そういった約束があったからではないのか? そう考えると……まぁ、色々説明出来るんですね」

「なるほど。では……」


 ……では、どうなるのだ?

 いや、その前にスチュワードはどういった存在なのか?


「そのアブド。クラインの死を知っています」

「え?」

「それで私も知ったんですけどね。まさか、アブドがこちら側の人間を気に掛けるとは――そんな事情があって、一体どういう人物なのか? 何があったのか? それを尋ねてみるとアンニャロが隠すんですね。となると、どうしても知りたくなってしまう」


 スチュワードの翡翠の瞳が細められる。


「アンニャロもなかなか、かわいそうな身の上でして。どうにも複数の“我々”と付き合い続ける事が、人間達はどうにも面倒になったらしくて、いつの間にかアンニャロは『全知全能』ということにされてしまい、唯一神ということされてしまって」

「そ……、それ……は……」


 ヨーイングは辛うじて声を出すことが出来た。

 今のスチュワードの説明は――


「それで言ってもない事を、全部人間達があとからアンニャロの言葉だと言うことにしてしまう。妻帯するな――なんて一言もいってないのに、聖職者は妻帯禁止になってしまう。そうかと思えば、子供が生まれたら“甥”だの”姪”だの……まったく人間のやることは面白い。我々の間ではアンニャロが可哀想になりまして……やはり気の毒でね。基本的に、干渉はしないんですが、私は気付いてしまったんですよ」


 聖職者の出で立ちをした“スチュワード”が嗤う。


 しかし、その対象がわからない。

 知りたくもない。


 だから、それを止めようとヨーイングは声を上げる。

 しかしそれは明瞭な言葉にならず、まるで先を促すような相槌のように聞こえてしまった。


「そうなんです。クラインの魂に関しては、随分大切にしているんですよ。もちろん、それを取り上げよう、とか、寄こせ、みたいなつもりは無いんですよ? ただ、一体何があったのか? それだけなのに教えないんですね、アンニャロは」

「で、では神に――」


 ついにヨーイングはその言葉を口にした。


 即ち――“神”と。


「ええ。クラインは随分と大事にされているようですよ。しかしそれが救いになるかどうか。私から見ると、同病相憐れむ、みたいに見えますからね。あれを傍から見せられる私達の気持ちも考えて欲しい」

「その……わたしにはどうにも……」


 ヨーイングが、救いを求めるように声を上げた。

 しかし、スチュワードはそれを察しながらも止めなかった。


「ヨーイングさんはクラインのファンでしょう? きっと、お知りになりたいと思ったんですけどね。もっとも“こっち側”の状態は、人間の感覚では、なかなか馴染めないと思いますから――まぁ、こちらで何があったのか、大体わかった今となっては……私の予断がそう思わせているだけという気もしますが」

「大体わかった……? ……そうか、そういうお話でしたよね」


「アンニャロめは、何も言いませんけどね。まず間違いないと思いますよ。――クラインは何故死を選んだのか? この謎については突き止めることが出来ました。きっとヨーイングさんにも、ご納得いただけるかと」


 スチュワードはそう告げて、自慢げに鷲鼻をひくつかせた。

 確かに、その謎には未だに興味がある。知りたいと思う。


 しかしその前に、ヨーイングは確認すべきことがあった。


「……それでスチュワードさんは……本当のところは……」

「私ですか? もうおわかりでしょう?」

「それでも!」


 思わず、ヨーイングは叫んでいた。

 さほど速度の出ていない客車キャビネットが、ガタリ、と揺れる。


「……この状態を生みだしたのも人間なんですけどね――良いですよ。お答えしましょう。つまりは、アンニャロを『唯一神』にしてしまった以上、他の似たような“もの”については別な言葉で処理せざるを得なくなり――」


 スチュワードは何処か自慢げに胸を張った。


「人間達は我々をこう呼びます。即ち――“悪魔”と」

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