第14話 デザイナー2

 上機嫌になったロゼリアンヌの“語り”を二人は止めるようなことはしなかった。それが悪手である事は、二人とも十分に認識していたのだから。


 そしてそれ以上にロゼリアンヌの語りには、思わず聞き返したくなる“証言”がいくつも含まれていた事も大きい。許されるなら、すぐさま聞き返したいところであるが、この場での大事な事は、ロゼリアンヌの機嫌を損ねないこと。


 ヨーイングは必死になって、その証言を頭の中のメモ帳に綴り続けていた。実際のメモ帳を使うことが出来れば良いのだが、さすがにこの証言を形に残すことは躊躇われたのである。


 何しろ基本的にはロゼリアンヌの奔放さについての告白と変わらないのだから。それほどにロゼリアンヌの告白は明け透けに過ぎた。


「……では、ロゼリアンヌ様。いくつか確認してもよろしいですか?」

「構わぬ」


 と、ロゼリアンヌがそう答えるしか無いタイミングでヨーイングは切り出した。この辺りは記者としてさすがの技能と言うべきだろう。


「では……まずクラインはロゼリアンヌ様の寵愛を受けなかった、ということになるのでしょうか?」

「ふむ。そうなるな。レックもそのつもりでクラインを紹介したわけでは無かったからの」


 ロゼリアンヌは確かにクラインの第一夫人であったのに、この無関心振り。異常――と簡単にまとめてしまうことも、今となってはヨーイングにも出来なかった。

 何しろ、ロゼリアンヌの証言に因れば、


「では、クラインはそもそもレックによってデザインされた、と?」

「レック自身は、そう言っておったがの。妾は詳しいところまではわからぬ。ただ。それを語るレックが大層美しくてな」


 ある意味ではロゼリアンヌは揺らぐことは無かったのだろう。あくまで自分の欲望に忠実に対処し行動していた様に思える。

 だからこそ、まず出てくるのはレックの美しさなのだ。


「ロゼリアンヌ様。私からもよろしいでしょうか?」

「構わぬ、と先ほども……ふむ。お主、他の坊主とは様子が違うな。妾に説教は良いのか?」


 赤い瞳を歪めながらロゼリアンヌが揶揄するような笑みを見せるが、スチュワードは平然とこう答えた。


「畏れ多いことながら……そういった“兄弟”たちとは管轄が違います」


 それは確かにロゼリアンヌの意表を突いた。だからこそロゼリアンヌは本当に愉快そうに笑い声を上げ、ついでスチュワードへと身を乗り出す。


「管轄な! 確かに確かに! 言われてみれば妾もずっと管轄違いであったのだな。いや管轄違いに違いないと、そのように扱われておったに違いない。――そこな記者」

「は、はい」


 突然に指名されたヨーイングが慌てて返事をする。


「どうやら、お主は誰も妾の話を聞こうとしなかったのかが不思議に感じておるようだが、突き詰めればそういった次第よ。妾が知っているはずがない、と周りがたかをくくっておったのだろう」

「これには耳が痛い、尊きお方もおられるでしょうね」


 スチュワードのその言葉は本音か、はたまた追従か。

 しかしそれに対するロゼリアンヌの笑みを見ればわかる。そこには確固たる知性の閃きがあった。


「――なかなかに愉快な気分よな。よかろう。妾が答えられるばかりは答えて進ぜよう。どうやら両者とも、ある意味では狂うておるようじゃ」


 色んな意味で“過分なお言葉”と思われたが、このように話が転がっては、改めてクラインについて尋ねないわけにはいかないだろう。

 ヨーイングは自分の中の優先順位を確認しつつ、慎重に第一歩を踏み出した。


「ではまず……レックという人物はロゼリアンヌ様の寵を受けていた。そこが始まりなのですね?」

「確かにその通りなのじゃが、思い返してみると、どうも妾が操られていたようにも思えるの」


 小首を傾げるロゼリアンヌ。確かに宣言通り、今まで以上に“明け透け”に語ってくれるようであった。


「では……何処が始まりかわからない、といった感触を覚えた、という感じでしょうか?」

「おお。確かにその坊主の言うとおりじゃな。確かにレックは妾の使いに連れられて妾の前に現れたわけだが、その使いすら籠絡されていたようにも思える。何より、あの男は自分の美しさをしっかりと理解しておったからの」


 確かにロゼリアンヌとスチュワードの相性は良いようだ。


「では、クラインを紹介したというのも……」

「間違いなく、最初からレックの計画の内であろうよ。妾を利用してのし上がってゆく。そんな野望がレックにあった事は間違いない。――何しろ自分でそう言っておったからの」

「では……」


 思わずヨーイングは絶句してしまった。このままロゼリアンヌに話を聞いてゆけば、


 ――クラインとは造られた英雄だった。


 などという証言が飛び出すかも知れない。

 それをヨーイングは恐れたのだ。


「……ではクラインはまったくの操り人形であったと?」


 そんなヨーイングにとっては致命的な結論をスチュワードが口にする。思わず目を瞑りそうになるヨーイングが決意を固める前に、ロゼリアンヌはあっさりと口にした。


「いや、そういうことでは無いらしい」

「ほう」

「妾には、さほど興味が無かったが……何と言ったかな」


 ロゼリアンヌが眉根を寄せる。


「……そうじゃった。“せんじゅつ“とか言っておったの。いくさの指揮については、クラインに天性の才があると」

「戦術……なるほど。ですが、それが理解出来るということは、レックもまた戦術の才があるということでは?」


 引き込まれたようにスチュワードが重ねて質問すると、ロゼリアンヌは愉快そうに応じた。


「“せんじゅつ”に関してはクラインの方が優秀らしいぞ? それにレックにはハンデがあったでな」

「ハンデ?」

「レックは美しすぎたのじゃ。いくさとなれば、むくつけき男どもが集まるのであろう? とすれば、レックでは到底、頭目にはなれまい」


 それを聞いて、今度はスチュワードが感心したように大きく頷いた。ヨーイングが続けて確認する。


「で、では、戦いではクラインの力に因るところが大きいということに?」

「はて? そのような話だったかの? 確か、レックが大きく計画を考えて、それをクラインが戦場で形にする。そんな役割だったと聞いた覚えがある。果たしてクラインもまた、むくつけき男どもが納得しそうな見た目では無かったがの。それでも、レックよりは“マシ”ということじゃな」


 確かにクラインは、決して武張った容姿であるとは伝わっていない。その面では、まったくの「普通」であるのだ。

 そして役割とは――


「……レックの昔なじみには、もう一人いるという話でしたが」

「そうなのか? そこまでは聞いておらぬな。何しろレックじゃからの」


 スチュワードの確認に、もっともなことだと言わんばかりにロゼリアンヌは首を縦に振った。本当に興味の無いことについては意に介さなかったらしい。


「それでも……あれじゃ。何処かの村の逆転とか伝わる話」

「“ジンバル村の逆転”ですか?」


 それを忘れるなどとは、と信じられない思いでヨーイングがフォローすると、ロゼリアンヌは大きく頷いた。


「それよ。アレについてはレック自身、随分上手くやったと自慢げであった。その時には、あの男が随分子供っぽくてな。そこが、いかにも可愛げがあった」

「レックという人物、随分魅力的であったようですが、ロゼリアンヌ様はクラインを選ばれた、ということになりますが……」


 スチュワードがそう確認すると、ロゼリアンヌは口を歪めて笑った。


「それもまたレックの“デザイン”よ。クラインと、そういった形で夫婦になっておけば互いが互いを利用出来る。レック達は、陛下の――当時は普通に父上で良かったのじゃがの――の力を得ることが出来、妾は対外的な形式を整えることが出来る。元より、妾とクラインの間に“仲”なるものは無いのじゃ。妾と折り合いが悪くなって、クラインが死を選ぶ……そんな事が起こるはずはないのじゃがの」


 自分に向けられた嫌疑を知覚した上で、それでも笑い飛ばすロゼリアンヌ。女傑、という評価が妥当なのかどうか。

 表に出せない“取材”ではあるが、思わずヨーイングはそんな風に、表題タイトルを飾るべき言葉を思い浮かべてしまう。


 そんな中、スチュワードがさらに追求した。


「ロゼリアンヌ様がレックを見初められたのは“ジンバル村の逆転”が起こる前ですか?」

「妾が見初めたと、まだ言うてくれるか……ふふ……ああ、すまぬ。起こる前じゃよ。何もかもが、あの男の思うがまま、というわけではないだろうが、確かに運は良かったのであろうよ」


 ――誰の運かはわからぬがな。


 そう呟く声にこそロゼリアンヌの本音が隠されているような……そんな、妄想じみた想いに突き動かさせるようにして、ヨーイングが後回しにしていた質問を口にした。


「……それで、レックは今?」

「死んだよ」


 表情を消したロゼリアンヌがあっさりと答えた。


「――汝らが“エレニックの奇跡”と呼ぶ戦いでな。はて、その時に……」


 何かを言いかけたロゼリアンヌが、言葉を濁す。その先に、また重大な情報が秘匿されていたようにも思えたが、ロゼリアンヌはやおら手を振った。


「興が削がれた。陛下の命には随分答えたはずじゃ――もう良いな? つまりは運の良し悪しで翻弄される程度の話だったという事よ」


 ロゼリアンヌは立ち上がって、さっさと引っ込んでしまった。それにつれて聞こえてくる複数の足音。

 ロゼリアンヌのいきなりの行動に慌てているのか――あるいはその“証言”に翻弄されているのか。


 残された二人は、誰も居ない椅子に向けて、ひたすらに頭を下げ続けていた。


 この証言が本当だとすれば、クラインの死について、ロゼリアンヌが関わっている可能性は皆無と考えて間違いないだろう。


 頭を下げ続けていたのは、今までいらぬ疑いをロゼリアンヌに向けていた事への謝罪。

 そして、ますます混沌となってゆくクラインの事績。


 ――暗澹たる想いが、どうしても二人に頭を上げさせないのである。

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