第7話 一つの真実
そこからまず、ヨーイングの手によって今のジンバル村の簡略な地図が描かれることとなった。
どう話が転がるとしても、必ず必要になるということで強引にヨーイングがスチュワードを止めたのである。
またそれはホギンに心の余裕を取り戻させるためでもあった。
いかなる秘密があったとしてもそれは過去。
それを糾弾することが我々の目的では無い。
それをホギンにもう一度理解して貰わなくてはいけないし、それはスチュワードに対してもだ。
当人にはその気は無いかも知れないが、スチュワードは一気に詰め寄りすぎな様にヨーイングには思える。
ハッタリを効かすならば、良い塩梅を見極めなければならない。
だからこそ、地図の作成という“作業”で間を持つことが重要なのだ。
ついでにエールのおかわりを頼んだ上で、新たな料理を注文しておく。
ベーコンとザワークラウトの皿はさっさと片付けて、まずは手帳を広げるだけのスペースを確保することにした。
そのために三人で一気に皿に取りかかったので、それが上手い具合に仕切り直しの役目を果たすことになったようだ。
「さすがに上手いですね、ヨーイングさん。これは何と言うか、あの村の形です」
「ありがとうございますホギンさん。すると整備されたと言っても、基本的な部分は変わってないんですね」
「道筋を変えるまでのことは、為されていないのでしょう」
ヨーイングの描く簡易地図は、道を中心に描かれている。それが丁寧に描かれているので、それがホギンの記憶と合致したのだろう。
であるからには、スチュワードの指摘ももっともなのであるが……
ヨーイングは思わず抱いてしまった違和感、いや苛立ちに似た何かを無視して話を進める。
「それで生家はこの場所に……」
「あ、それは違います」
地図が良く出来ているため、ホギンも即座に判断出来たのだろう。
つまりスチュワードの推理の正しさが証明されたわけだ。
ということは、そこから先のスチュワードの推理もある程度、正解である可能性も高くなるわけだが……
「まず、もっと湖沿いだったんですよね。それは……何というか、俺の家もそうなんですけど……」
簡易地図だから、当然のことながらエルダー湖までは描かれていない。
そこでヨーイングは販売されていた地図を引っ張り出して、自分の描いたジンバル村にエルダー湖、そこまでの距離を縮尺を意識して描き加えていった。
そこで改めて簡易地図を俯瞰して見ると、今クラインの生家がある場所は、ジンバル村でも中心に近い場所にある事がわかる。
そして、そこから加えられたエルダー湖の湖岸までには、およそ一キロといったところだろうか。
「こうして改めて見ると……住居でこの辺りを隠しているように思えますね」
スチュワードが鷲鼻をひくつかせながら、地図の一角を指先で丸く囲む。
それは建物と湖の間。
確かに前回の訪問では、石造りの住居が建ち並んでおり、この辺りまで見通せなかったのも確かだ。
「……この辺りは、湖に向けて斜面になっているのでは?」
ヨーイングから、そんな声が上がった。
だからこの辺りには、家を建てることが出来ない――言外ではそういうことを言いたいのだろう。
「いえ、俺の家があったのはこの辺りです。それにフォーリー達の家も」
ところがホギン自らがヨーイングのフォローを否定した。
「……となるとやはり」
スチュワードは声を潜めた。
そしてホギンも覚悟したように俯く。
「……ええ。幼い頃は気付きませんでしたが、どうも“戦場稼ぎ”をやっていたようです……俺の家も、それからフォーリー達の家も」
「ジンバル村全体が関わっていた可能性もありますね」
「ちょ、ちょっと待ってください。一体、どういうことですか? それに“戦場稼ぎ”とは?」
「……ヨーイングさんがご存じないとは――ああ、もしかして別の言葉でご存じなのかも。要は死体から、防具、武器などを剥ぎ取って、それを売る商売です」
あっさりとスチュワードが説明する。
そして、その説明でヨーイングもすぐに思い当たった。所謂“死体剥ぎ”と呼ばれる行為の事を。
「……それを商売とは……」
「ああ、やはり言葉が違っただけでしたか。無理もありません。普通、目をそらしてしまいたくなる行為には違いありませんからね。ですがそういう行為があったとしても誰にも責めることは出来ません。そうしなければ死んでしまったのでしょうから。ましてや幼かった頃の話です――ホギンさん。気に病む必要はまったくありませんよ」
「神父さん……本当に」
「本当です。主はあなたをお赦しになるでしょう」
そう言って微笑むスチュワードの微笑みを見て、ホギンもようやく胸のつかえが取れたようだ。
釣られたように笑みを見せながら、ジョッキを飲み干す。
「スチュワードさん、どういうことなのか説明していただけませんか? ジンバル村全体で?」
「ああ、はい……そうですね。では私から。話し続けてはホギンさんは飲む暇もありません。何か違う部分があるなら、訂正していただければ幸いです」
「あ、はい」
ホギンは殊勝に頷いてみせた。
そして準備万端整ったと言わんばかりに、スチュワードはテーブルの上で手を組む。
「もちろん、基本的には私の推測ですが――」
まずジンバル村の在り方。
そしてエルダー湖の畔に存在していること。
素直に考えれば、エルダー湖で行われる漁業が主だった産業になるはずだ。
だが、ジンバル村はあまりにも魔族との境界線に近い。
であるなら漁場を荒らされることも多いだろうし、何より戦の合間に村を訪れる傭兵をはじめとする部外者も多かったに違いない。
そう考えていくと、湖畔であるという立地条件は漁場以外の側面が見えてくる。
「死体が……流れ着く?」
「そういう可能性が高かったと思われます。何しろ対岸は魔族の領域。あるいは魔族達の間の抗争もあったと考えるべきでしょう。となれば……」
「実のところ、
鎧を剥ごうとしたときに、息を吹き返した何物かに返り討ちに遭った。
それでも魔族が相手なら、そのまま“処理”してしまう事も可能だったろう。
だがそれが人間相手なら?
ましてや見知った相手であったら?
ヨーイングの脳裏に、次々とそんな光景が浮かんでは消えた。
消えたのは、それが真実だと無自覚なままに確信してしまったからだろう。
真実である以上、再び脳裏に浮かぶことは無い。
ただ刻まれるだけだ。
「――恐らく村全体で、そういう稼業が出来上がっていたのではないかと思うんです。武器、鎧を集める者、それを清掃するもの、それを店先に並べるもの……そしてそれを目当てに村に訪れる傭兵たち」
ヨーイングの心に刻まれた「真実」に、スチュワードがさらなる光景を繋げていった。
まるでジグソーパズルのように。
スチュワードの推理が、十年以上前のジンバル村を再現させてゆく。
「……じゃ、じゃあ、俺が板金の職人になったのも……」
愕然とした表情で、ホギンが呟いた。
元々、そういった伝手があったのでは無いか?
スチュワードの言葉で、そんな風にホギンが思ってしまうのも仕方が無い。
何もかもを偶然で片付けるよりも、何かしら理由がある、と考えたくなるのが人の世の常なのだから。
例え、それが隠したくなるような過去であっても、理由を知ることで心が真っ直ぐになる。世界に真っ直ぐ立てる気持ちにもなる。
それに――
「もう一度言いますが、それは決して非難されることではありません。私は衷心からそう思うのです。ただ同時にこれも理解していただければ嬉しく思います。つまり――英雄クラインの真実を知りたい、と」
スチュワードが詰める。
ホギンに躊躇うことさえも許さない圧力で。
「で、でも、実際フォーリーが何をしていたのか……」
「そこはここで話し合ったところで結論は出ないでしょう。だが、わかることがあるはずです。ホギンさんが覚えている“本を読んでいたクライン”はどこにいたのですか? まさか屋外では無いのでしょう?」
ホギンは喉を鳴らしながら、ヨーイングが描いた地図の上に指を這わす。
「その建物が一体何かはわからなかったんですが、もっと湖沿いで……」
言いながら、ホギンは地図の一点を指した。
そこは地図の上では、湖の中だった。
「……ここですね?」
「はい。この辺りに茂みがあるんです。それで、一段下がっていて……」
――周りからは見えなかった。
と、懺悔のようにホギンが告げる。
そんなホギンを見てヨーイングとスチュワードが無言で頷き合った。
もう一度、ジンバル村に向かわなければならない――
それはもう、意志を確認するまでも無い決定事項だった。
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