第4話 宿屋にて
ジンバル村の夜も更けて――
二人は、夕食をレストランで済ませホテル・メルーフのツインで額を付き合わせて、今日の反省会を開いていた。
元よりさして広い部屋でもない。
シングルが相当の部屋に無理矢理ベッドを二台詰め込んだような状態だ。
だがそれだけに密談には相応しいロケーションとも言える。
そう。
今二人が行っている話し合いは密談と形容するに相応しい内容ではあった。
「何ですって? この村を出るんですか?」
スチュワードのその提案に、驚きながらも声を潜めてヨーイングが尋ね返した。
光量を絞った灯り。それさえも漏らさぬように分厚いカーテンを閉めきった時刻は午後二十三時。
まず深夜と言っても良い時間帯だ。
このジンバル村で、起きている者はまずいない。
確かにホテルの周囲に酒場なりは存在していたが、都会とは違って十分に寝静まっている様に思えたが……二人は何やら警戒を厳にしていた。
いや正確にはスチュワードが、と言うべきだろう。
「はい。明日には空振りしたという態で出ていった方が良い」
警戒心を強めるスチュワードがキッパリと言ってのけた。
二人とも襟元は緩めているが、服もそのままだ。元々寝具など持ってきてはいなかったが、すぐにでも外に出ることが出来る――つまりはこれも警戒心の表れだ。
「……確かに、これ以上ここに居ても、という感触はありましたが」
「そうですね、まずはそれが理由の一つになります」
スチュワードがヨーイングの言葉に頷いた。
クラインの生家を中心にして、聞き込みを行ったわけだが、根本的な問題として古くからジンバル村に住んでいる人に会えない。
古くからの住人達が、裕福になって家を建て直したわけではない。
新しい住人が、新しい家を建ててジンバル村に越してきているのである。
それだけならば、さほど珍しい話では無いのだろう。
だが、古くからの住人を一人も見つけ出すことが出来なかったのだ。
伝手すらも見あたらない。
まるで故意に隠されているような……
その答えに辿り着いたのは、二人ともほとんど同時だった。
そして、その“答え”を中心に据えて、もう一度ジンバル村を俯瞰してみると、気付くことがある。
街が整えられているのは確かに良いことのように思える。
だが、それは何かの痕跡を隠すためなのではないかと。
木製の床に焼け焦げを作ったとき、それを誤魔化すためにカーペットを敷くように。
そう理解したときに、見えていたジンバル村の景色は一変する。
まるで村全体が、舞台のセットのように薄っぺらく見えてしまうのだ。
「あと、あの生家……」
「あれも偽物だと?」
「いえ。あの古色が染みついた風情は恐らく本物です。それにあれが本物であれば、ここがジンバル村だという証明書代わりにもなります。あるいは『英雄を敬っている』という証明にもなる」
鷲鼻をひくつかせながらスチュワードは説明を続けた。
ヨーイングは、それに引き込まれるように目を瞬かせる。
「では何が……」
「恐らく、あの家は移動されています」
「移動?」
「はい。元々立っていた場所から、あの場所に。恐らく元々建っていた場所を隠したかった。しかし移動……と言うか移築ですね。その時に恐らく窓ガラスが割れた。そして、それを誤魔化すように新しいガラスを嵌めた。新品をね」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
ヨーイングは写晶機を取り出し、昼間に撮影した「クラインの生家」の映像を確認する。
写晶機の上部に、幻のような昼間に撮影した生家が浮かび上がった。
そんな状態であるから、細かいところまでは確認出来なかったが、窓ガラスの様子は確認出来る。
「これは確かに……言われてみれば確かに変ですね」
板塀と変わらない、ボロボロの壁に比べれば窓ガラスだけが確かに綺麗すぎるのだ。
素直に想像力を巡らせるなら、同じように薄汚れたガラスが填まっていて然るべきだし、もっと言えばひび割れ、欠けて、あるいは所々窓枠から抜けていた方が自然に思える。
それなのに透明なガラスが、きっちりと填まっている。
「……ですから、この村で聞き込みを続けるのは危険だと考えました。何しろ村一つを覆い隠そうとしているのですから。下手に探ると……」
「では、謎を追うことを諦めますか?」
自分では、そんなつもりは全く無い事が窺えるヨーイングは、歯ぎしりするようにスチュワードに確認する。
「ヨーイングさん。地図をお持ちでしたね。広げてみてくれませんか?」
だがスチュワードはそれに構わず、ヨーイングにさらに手を差し出す。
「え? あ、はい」
「この村から歩いて行ける距離で、そしてそこそこ人が集まっている街を知りたいんです。ここみたいに無理矢理でっち上げられたのでは無く……そうですね。最低でも二十年前も十分に人が集まっていた……」
「ならばここですね。コバルト・ニー」
あっという間に地図を広げたヨーイングがその一点を指さす。
縮尺で見ると、ここから五〇キロほどだろうか。
確かに条件には合っているようだが、どれほどの人口があるのかはわからない。
「ここは、この地方の物資の集結地点として戦略上の要地にもなっています。実際、魔族との諍いが激しかった頃は、ここに前線基地が置かれることもありました」
地図からは読み取りづらい情報を、ヨーイングが補足して行く。
その情報を合わせてみれば、確かにスチュワードが提示した情報に合致する街ではあるようだ。
「なるほどここが最有力になりますね。ここで見つかれば良いのですが……」
「どういうことですか?」
「ジンバル村のかつての住人、今はどういう状態だと考えられますか?」
「それは……」
何しろ村全部が力技で糊塗されているような有様だ。
当然、かつての住人達にも何らかの“処置”が為されていると考えたほうが理屈には合う。
金で口を塞いだのなら、まだ穏当な方で最悪――
「――ですが、クラインが名を成す前。その時に転居したかつての村の住人ならどうでしょう? もしかしたら、クラインの若かりし頃を知っているのでは?」
「それは……そこまでは口を塞ぐことが出来ない、と?」
「少なくとも、この村で情報を集めるよりは見込みがあるように考えられます」
「歩いて行くことが出来る――と条件に加えたのは?」
「あの生家は本物。生活はかなり貧窮していたのでしょう。となれば馬車を使うことが出来るような層とは、そもそも繋がりが合ったのかどうか……むしろこの村を着の身着のままで逃げ出したような人――こういった人物こそ、我々が見つけ出す対象になると考えます」
スチュワードは再び鷲鼻をひくつかせながら一気呵成に、自分の考えを披露した。
細い目の奥でも翡翠の瞳が輝いている。
ヨーイングの考えを窺うような口調でありながら、自分の考えに相当自信を持っているようだ。
そしてヨーイングもまた、スチュワードの“推理”を肯定していた。
いや、それどころか驚嘆していたと言っても良い。
聖皇教会から派遣された、単なるお目付役――
ヨーイングは自らのそんな認識を改める必要性を感じていた。
この司祭がどういうつもりなのか――もしくは聖皇教会がどういうつもりなのかは窺い知ることは出来ないが、とにかくこの調査に対して積極的である事は間違いないのだ。
となれば、そもそもこの取材行は自分がイニシアチブを持っていたのである。
必然的に自分が次にするべき事も明白だ。
ヨーイングは、スチュワードにゆっくりと頷いてみせる。
*
翌朝――
二人は貸し馬車を手配してジンバル村をあとにした。
目的地は当然、コバルト・ニーである。
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