第3話 ジンバル村2

 馬車が止まった村の中央広場は、レンガが敷き詰められた立派なものであった。

 精緻な彫刻が施された噴水が中央に配され、その周囲を円形に瀟洒な建物が取り囲んでいる。

 その家屋にも統一感があり、しっかりとした計画に基づいて、この広場の景観がつかれていることが窺えた。


 街をゆく人々は身なりもよく、大きな犬を連れて歩いている人々も多い。

 そして婦人達は日傘を差して、優雅なドレス姿で暢気に立ち話に興じている。

 そんな光景は、閑静な高級住宅街であればさほど珍しいものでは無かったが、ここはジンバル“村”であるのだ。

 

 それもほんの数年前には、魔族との諍いにおける最前線に程近い村であったはず。

 それなのに、この光景にはギャップを感じる以上に、何か恐ろしささえ感じてしまう。

 考えれば、しっかり整備されたあの白樺の並木道からも、何かしら異常を感じなければいけなかったのだろう。


「これは……本当に村なんですか? 随分と資金投下されているようですが」

「はい。陛下がこの地方の領主であられた頃から、随分と目を掛けておいでだったのですが……登極なされて後、さらに“贔屓”されたようでしてね」


 乗ってきた馬車を見送りながら、ヨーイングはスチュワードの疑問に答える。

 貸し馬車ではあったようだが、このジンバル村の発展具合から見て、帰りに再び貸し馬車を拾うのにさほどの手間ではない事は疑いない。

 実際、この広場にも客待ちの貸し馬車が並んでいた。


 それに皇都グリンネルで見かけるような、魔導車まで見かけることが出来る。

 どうにもこの発展具合には畸形的な何かしらを感じてしまうのも無理からぬところだ。


 もっとも二人の今夜の宿があっさりと手配出来たのも、その発展の恩恵にあずかっている事に疑いの余地はない。宿屋が予約出来る村――これまたおかしな話ではあるのだが。


「では、とりあえず」


 トランクケースを持ちながらスチュワードが覚悟を決めたようにヨーイングに声を掛けた。


「そうですね。まずは宿を確認しましょう。荷物を抱えたままでは、動きづらいですし」


 そう言ってヨーイングもまた、自らのトランクケースをポンと叩いた。


              ※


 荷物を置いて、二人はすぐに出かけた。

 街中にも白樺の木がそこかしこに植樹されているようで、燃えるように色づいた葉がうねるようにして、二人の行く道を飾り立てる。

 耳に届くのは、何処か硬質的な葉擦れの音。

 それが、どうにもヨーイングの心をひっかき続けたが、目的の場所はそう遠くは無かった。

 いくら見目麗しく着飾ったとしても、ここは“村”であるのだから、当然と言えば当然かも知れない。

 目的の場所――即ち、クラインの生家は街中に突然姿を現したのだから。


「これは何とも……見窄らしい物ですね」


 スチュワードが、確認早々遠慮の無い感想を口にした。

 聖職者にしては明け透けなことではあったがそれも無理は無い。


 その家屋は確かに見窄らしいものであったのであった。


 周囲には新しく建てられた石造り、それも白亜と言ってもよい綺麗な石材で組み上がっているのに、その家は果たして木材の種類も判別出来ないほど風化して、あちこちに隙間が出来ていることが見て取れる。


 英雄の生家ということで、すでに遺跡扱い。

 もちろん侵入はおろか近付くことさえ容易ではないのだが、遠目で見ても、この様な評価に落ち着いてしまう。

 これで近付くことが出来れば、さらに数多くの“あら”を発見出来ることだろう。


「この様な家で生を受け、クラインは英雄となったのです。立身出世の始まりともなれば、むしろ相応しいのでは?」


 スチュワードの感想に、ヨーイングは反論するかのように応じる。

 やはり葉擦れの音が気に掛かっているのだろう。

 いくら下調べをしても、こんな「音」の情報までは拾えない。


「……改めて確認ですが、信徒クラインの係累は?」


 そんなヨーイングの苛立ちを躱すように、スチュワードが話題を変えた。


「そうですね。ご両親ともすでに亡くなられています。晩年はこれほど困窮した生活では無論ありませんでしたが……」

「……この様な家に住み、仕事をし、子どもを育てたのですから身体にかなり無理をさせたのでしょう。治癒術もさほど効果があったとも思えません」


 スチュワードがかぶりを振りながら、ヨーイングの説明に同意した。


「やはり現場に来てみなければわからないことが沢山あります。それに実感の仕方が違う。これは謎に迫る上で、大切なことになりそうです」


 その上、感慨深げにスチュワードがそう独りごちた事で、ヨーイングも気を取りなしたようだ。

 そして、これだけは持って出てきたショルダーバッグから写晶機を取り出した。

 そのままレンズをクラインの生家に向けて胸の前で写晶機を捧げ持つと、カチリと撮影。


「それは?」

「何しろ私は記者ですから」


 それで説明としては十分だろうと言わんばかりに、ヨーイングはもう一枚。

 スチュワードも、その説明だけで大方のところは察することが出来たようだ。


 マギグラフ社から、出張経費を引っ張り出すのにはそれなりの“成果”が必要と言うことだろう。


「……確かご家族は、他にもいらっしゃいますね?」


 スチュワードが確認作業を続けた。


「はい。兄弟が四人。その内生存されているのはお姉さんだけですね。他のご兄弟は……」


 これまた言わずもがなということなのだろう。

 あばら屋と呼んでも差し支えない、英雄の生家を見つめながらヨーイングが哀しげに眉を潜める。

 果たして命を永らえることが出来なかったのは、貧困のためか、あるいは戦乱のためか。

 どちらにしろ、少し前までそのような悲劇がこの村では日常茶飯事だったのだ。


 それが今では、これだけの発展を見せている。

 戦いが遠のいた為なのか、はたして――


「ジェラースト男爵夫人でしたね。私も伝手を頼って情報収集の真似事をしてみました」


 鷲鼻をひくつかせながらスチュワードが切り出した。

 その言葉にヨーイングも反応する。


「正直、直接会うのは困難かと。あっさりと生死不明と言ってのける者も多いとか。完全に外の世界とは没交渉ですね。領地も持たない法衣貴族ではあるんですが、それでも経済的には豊か。そのためにアールシュートの外れ、その海沿いの田舎町に引っ込んでいて姿を見せないそうです」


 アールシュートとは、このジンバル村からは遠く離れた街だ。

 ここジンバル村からは二千キロは離れている。

 まったく接点が見出せない――


「男爵夫人がその田舎町に?」

「私も、何人も間に挟んで手に入れた情報ですから、確かなものとはとても言えませんよ。実際、男爵夫人の世話をしている者達が、そういう“ふり”をしている可能性もあります。何しろ目撃情報が無い」


 ヨーイングの確認に、スチュワードも曖昧に答えるしか無いようだ。

 そのスチュワードからヨーイングは逆に質問される。


「実際、どういった容姿の方かはわかっているのでしょうか?」

「それがですね……」


 ヨーイングも難しい表情を浮かべた。

 例えばクラインの容姿はわかっている。

 沢山の肖像画、それに多くの証言からそれは疑いようがない。


 燃えるような赤毛。

 そして灰緑の瞳。

 特に優れた容貌の持ち主では無いが、その功績に比すれば些細な問題であろう。


 翻ってその姉の容姿については情報が全く無い。

 両親に関しては、肖像画こそ無いが証言を集めることも出来る。

 だが、実在すらも怪しく感じてしまう――聖皇教会にその記録が残っていなければ。


 爵位の授与には必ず、聖皇教会の許可が必要だ。

 つまりは確実にその記録は残っているのだが、その容姿については記録が残されてはいない。

 ただ弟と同じに赤毛であったと。

 そんな噂話だけが伝わっているだけだ。


 まだまだ戦乱に明け暮れているときに、授与された為なのか、とにかくしっかりとした記録は聖皇教会に残された物しかないのだ。


「あるいは、男爵夫人にお話を伺えればもっとも効率が良いとも考えたのですが……」

「なるほど」


 スチュワードの思惑に、ヨーイングも賛意を示す。

 ヨーイングも取材行をジンバル村から始めるというプランについては間違っていないと確信していたが、将来的には男爵夫人に会うことも腹案にはあったのだ。

 それがどうにも望み薄らしい。

 スチュワードが、思った以上に積極的である事が成果と言えるのかも知れない。


「……とにかく、ここを中心として聞き込みを始めます。その中で、男爵夫人の容姿については情報が集まるかも知れません」

「それは……」


 その言葉に、スチュワードは何かしら言い淀んだ。

 視線の先にはあばら屋でカタカタと鳴る、透明なガラス。


「……そうですね。まずは実感することが大事ですから」


 そう呟いたスチュワードの声に誘われるように一陣の風が、色づく白樺の木をさらに燃え上がらせた。 

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