第2話 ウズウズ海月の恋心
私、
前の席に座る男の子の頭部が、なぜだか人ではなく犬のものに見えるのだ。
まだ座っている時は良い。
犬の後頭部が見えているだけだから。
しかし、こっちを向いた時につい動揺を表に出してしまって非常に申し訳なく思ってしまう。
「どうかしたのか?」
「あ、ううん、なんでもない。」
「そうか」
犬種は、なんだっただろうか。
困り顔が特徴的な、少しぶちゃいくな犬。
ぱ、ぱ…あ、
「パグだ…」
しまった。
思い出した勢いで口に出してしまった。
彼にも聞こえてしまったようで、困り顔が更に進化しているように見える。
「パグ?」
「いや、パグ、飼いたいなって思って、うん」
「パグ、可愛いよな」
パグがパグ褒めてる…
ちょっとおかしくて笑える。
そうこうしている間に授業の始まりを告げるチャイムがなってしまった。
集中しなきゃ。
ぜんっぜん集中できなかった…
今日は移動教室がなかったからずっと前の席でパグの後頭部がこくりこくりと船を漕いでいて気になりすぎてダメだった。
あっという間に四時間目が終わり、昼休みになったのでそそくさと友達の席の近くへと移動する。
「ばあさんや」
「なんだいじいさんや」
「わしはもうそろそろ死んでしまうのかもしれんわい」
「そりゃあ百年も生きたらいつ死んでもおかしゅうないですよじいさん」
「あ、じいさん百歳設定なんだ、一世紀じゃん。」
「急に戻んな、で、どうしたのくらげ。」
くらげは海月の正しい読み方からついた私の愛称で、呼んでいるのは家族とせいぜいこのキラキラネームをもつ友人、
「せみちゃん、私もうすぐ死ぬと思うの。パグの姿をした死神が迎えに来たんだわ。」
「は?パグ?」
「そう、パグ」
「…友達やめた方がいいか?」
「だめっ!!!」
「なんなんだよ急に…」
ふざけすぎてしまった。
弁明をしようとしたが、その前に教室のドアの前で何やら困っている様子の一年生二人組を見つけてしまったのでせみちゃんに一声かけてその子達の先に向かう。
「一年生、だよね?誰かに用事かな、呼んでこようか?」
私がそう声をかけると元気そうな子が
「ありがとうございます!今野雄二、いますか?」
と言った。
「今野くんね、分かった。」
私は今野くんを呼ぶとすぐにその場を立ち去った。
なんせ何を隠そう今野くんこそが例の頭部がパグになった男の子なのだ。
後輩ちゃん達には悪いがまた動揺を見せてしまうのも申し訳ない。
私はせみちゃんの元に戻ったあと、すっかりパグの話をするのを忘れてしまって、そして昼休みは終わった。
そしてパグの後頭部で集中できないこと以外は何事もないまま放課後、せみちゃんは部活で私の所属している部活は週に一日しかやっていないので一人で帰路に向かう。
昇降口で靴を履き替えていると、昼休みの時の二人組が何やら待ち構えていた。
(また今野くんに用事かな)
会釈をして通り過ぎようとすると、進路を阻まれてしまった。
「ん?」
「こんにちは、先輩!」
「え、えぇ、こんにちは?」
「一つ質問してもいいですか??」
元気そうな子、いやむしろ元気な子と呼び方を変えてもいいだろう、元気な子がなんだかおかしな距離感で迫ってくる。
「ど、どうぞ」
「先輩、パグはお好きですか?!」
パ、パグ??
「なるほど、えっと、雅美ちゃんは今野くんの妹さんで、幸ちゃんはその幼なじみなのね。」
「私はマサでさっちゃんはさっちゃんでいいですよ!」
「お黙り馬鹿マサ、ほんっとーにすみませんでした!」
ゆっくり話せる場所へと移動した私達は、落ち着いてまず自己紹介を済ませることになった。
「いいのよ、幸ちゃん。で、えっと、パグだっけ?うん、まあ好きだよ、たぶん…」
「そうなんですね!」
「えぇ、パグがどうしたの?」
パグときいて今浮かぶのは正直今野くんのことだけだ。
「今から何を言っても引かないでくれますか?」
なんだかドキドキするきりだし方だな
「引かないわ、何?」
「私、今朝から兄の頭がパグのものに見えてまして」
「え?」
「本当にマサがすみません、全然聞き流してくれて大丈夫なので」
「あ、ううん、えっと、今野くんの、頭が、パグに見えてるのよね?」
「はい、」
驚いた、私だけじゃなかったようだ。
「あのね、私もなの。」
「やっぱり!!」
「やっぱり?」
「あ、兄が今朝パグって言われたって聞いてそうかもって」
やっぱり飼いたいだけじゃ誤魔化されてくれなかったか。
「でも、なんでマサと先輩だけ雄二さんのことそう見えているんでしょうかね」
一人だけ冷静な幸ちゃんがそう言う。
「私と先輩に共通点があるとか、兄さん関連で」
「うーん、今野くん関連でいわれるとちょっと分からないかも。」
「例えば、マサはブラコンかっていうぐらい雄二さんのこと大好きなんですけど、北村先輩はどうですか?」
幸ちゃんがそういった後に雅美ちゃんが「ブラコンではないですけどね!」と突っ込んでいる
これは、もしかして今野くんのこと好きかどうか聞かれてたりするのかな。
「え?えーっと、普通に同じクラスの子、だと思ってるぐらいかな」
大丈夫かな、バレていないかな。
「そうですか、また共通点を探したいので連絡先教えて貰ってもいいですか?」
バレていないようだ。
「うん、いいよ。」
そうして私達は解散することとなった。
幸ちゃんに聞かれた時、実は凄く動揺してしまった。
実を言うと私は、去年、一年生の頃から今野くんが好きだったのだ。
知っているのはせみちゃんぐらいで、他の誰かに、ましてや本人に告げるなんてことはありえなくて、ずっと隠してきた。
それがこんな形で現れるとは思わなかったけれど。
にしても、
「今野くんの顔が見たいなあ…」
「ねえ、さっちゃん」
「ねえ、マサ」
「「あれ絶対好きだよね?!」」
私は、しっかりバレていることなんてつゆ知らず、呑気にスマホの写真フォルダから今野くんが写っているものを探しながら帰っていくのであった。
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