パグと恋をする方法

佐々木実桜

第1話 ワクワク雅美の妹心


朝リビングに降りるとパグ面の男がキッチンに立っていた。


「おはよう、マサ」


マサは私、今野こんの雅美まさみの愛称で、優しい兄、雄二ゆうじもそう呼んでいた。


「兄さん…?」


「そうだよ、どうしたんだ?」


「いや、顔…」


「俺の顔がどうかしたのか?」


「パグ…」


「パグ?家では犬は飼えないって言ってるだろ。母さんがアレルギー持ちなんだから」


その母さんはあんたの顔をみたらぶっ飛ぶだろうよ。


もしかして、気づいてないの?


「兄さん、今日鏡みた?」


「あぁ、顔を洗う時にみたよ。泡でも残ってたか?」


「ううん、なんでもない。」


間違いない、どうやら兄の顔がパグに見えているのは私だけのようだ。


「早く朝ごはんを食べろ、遅刻するぞ」


仕事で忙しい母の代わりにご飯やらなんやらをこなす兄は、いつも通り母親のように私を急かす。


「うん、わかった…」



兄と私は年子で、私は小さい頃からシングルマザーで忙しい母の代わりを務めてくれる兄を尊敬していたものだから、今年度から兄と同じ高校に入学した。


兄は忙しい。


私が幼い頃に夫を亡くした母は、兄の子供らしくない器用さを良いことに小学生の頃から仕事に明け暮れていることが多かった。


兄はそれを「気をつけて行ってきてね」と送り出し、私と自分のご飯やら洗濯やらをこなして、母が居ないからと夜泣きを繰り返す私の相手もして、小学生の頃から苦労してきた。


中学に入るとバスケ部に入った兄だったが頼まれると断れない性格が祟って生徒会長なんてめちゃくちゃ忙しい役職についてしまい、その忙しさにさらに拍車がかかってしまった。


一度兄に「そんなに忙しいと身体壊しちゃうよ、誰かに代わって貰えないの?」と言った事がある。


「俺は頑丈だからいいけど、他の誰かがこんなに忙しくなってしまったら心配になるから」


と返され、どんな顔をしたらいいのか分からなくなったのをよく覚えている。


高校生になると流石に生徒会長はやらなかったし、何故かバスケも続けなかったので余裕が出来たと思ったら兄はアルバイトを始めてしまって、また忙しくなるのかと心配をしていた。


言葉通り兄は頑丈だったから、倒れることはなく私が入学して、そして1ヶ月、五月病に悩まされていたところに、この出来事。


敬愛する兄の顔がパグになった。


どれだけ目を擦っても元の兄の顔に戻ることはなく、「そんなに目を擦ったら傷つけてしまうぞ」と、パグの顔をした兄に注意される始末。


「朝からどうしたんだ、雅美。様子が変だぞ。」


(様子が変なのは貴方の方だ、兄さん)


と心で突っ込んでみても兄には到底言えるわけもなく、先に行ってるぞと言う兄を素直に送り出してしまった。




「ねえ、さっちゃん。」


「その呼び方やめなさい。何、マサ。」


幼なじみのさっちゃん、葉村はむらさちとは幼稚園からの付き合いでさっちゃんは兄さんのこともよく知っていた。


「今から話すこと聞いても頭バグった?って聞かないでね」


「内容によるわ」


「兄さんの顔がパグに見えるんだよね、今朝から」


「頭バグった?」


「う、聞かないでって言ったじゃん!」


「聞きたくもなるでしょ、なに、ブラコンこじらせてついには幻覚まで見え始めたの」


さっちゃんは昔から私が兄の話をする度にブラコンブラコンと言ってくるが、私は兄を尊敬してるだけであってブラコンではないのだからやめてほしい。


「ブラコンじゃない!それが幻覚じゃないの、どれだけ目を擦ってもほっぺたを抓ってもずっとパグのまんま。」


「夢よ。ていうかなんでパグなのよ、あんたパグ好きだっけ?」


「いや、別に。でも兄さんは好きだったかも。幻覚にしてもシェパードとかにしてほしいよね」


「そこ気にするところじゃないけどね」


「本当だ、どうしよう!兄さんずっとパグは嫌だよ?!」


「うーん、本人はどんな様子なの?」


そうだった、兄はそうは見えていないんだ。


「兄さんは普通に見えてるみたい。そうだ、さっちゃん今から一緒に2年生の教室行こ!さっちゃんにはどう見えてるか教えて!」


「やだよ面倒臭い、てか呼び方やめなさいって!」


そう言いながらも大人しく引っ張られるさっちゃんはやっぱり私の幼なじみをやってきただけあると思う。



二年三組の札に少し緊張気味の私とさっちゃんがドアの前で固まっていると眼鏡をかけた優しそうな先輩から、


「一年生、だよね?誰かに用事かな、呼んでこようか?」


と声を掛けられた。


「ありがとうございます!今野雄二、いますか?」


「今野くんね、分かった」


眼鏡の先輩は「今野くんー」と兄を呼んでくれて、お礼を言おうとしたら何故だかそそくさと去ってしまった。


「マサと、葉村さんちのさっちゃんか、珍しいな二

年の教室に来るなんて」


兄さんはさっちゃんの事を葉村さんちのさっちゃんなんておばさんくさい(おじさんくさい?)呼び方で呼ぶ。


「さっちゃんやめてください!マサが、いつになく強引に引っ張ってきたんです」


「いやぁ、二年生の教室ってきたことないなって思って。」


私はさっちゃんに絶対に言うなよという意味のアイコンタクトを送る。


(わかったわよ、面倒臭いわね)


「兄さんは今日どう?」


「マサの質問はいつも唐突だな、何ら変わりないよ。あ、でも」


「でも?!」


「北村が今日俺の顔みて「パグ…」って呟いてたな。マサといい、俺ってパグ顔なのか?」


重要な情報を入手した。


もしかしたらその北村さんの目にも兄がパグに見えているのかもしれない。


「北村さんって誰?」


「ほら、さっき俺を呼んだ、眼鏡をかけた女子生徒だよ」


さっきの優しそうな先輩か


重要な可能性のある人を逃がしてしまった。


「さっちゃん、あとであの先輩捕まえなきゃ」


「仕方ないわね、手伝ってあげるわ。」


私達が小声で作戦会議をしていると上から


「何をしたいのかは知らんが北村に迷惑はかけるなよ」


という声がした。


「「はーい」」


はぁというため息を背に北村さんという先輩に声をかけようとした矢先に


キーンコーンカーンコーン


昼休みの予鈴がなってしまい、私達は急いで教室に帰らなければならなくなってしまった。


(放課後、絶対捕まえてやるっ!)


北村さんは何も悪いことはしていないんだけど、私は犯人を捕まえたい刑事のような決意を胸にするのだった。

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