命令? 違います、これは相談です
生まれて初めて恋をした。
けれどこれが世間一般において恋と呼ばれるものなのかどうか自信が無い。
なにしろ初めてなのだ。こればかりは帝王学でも学んだことは無かった。
恋愛や色恋沙汰など一般人のすることで、関係のない事だと思っていた。
だから私はこの本物かも分からない感情を、通っている高校の同級生に訊いてみることにした。
「おい庶民の1人」
教室で席についている後ろ姿に呼びかける。
幾らかの時間を置いてからようやく振り向いたと思えば、そいつは言った。
「………いい加減に名前で呼べって、宗谷」
「呼び捨てにされる筋合いは無いと何度言えば分かる」
「おいおい、自分から話しかけてきておいてそれか?」
「訊きたいことがある」
「流れを無視して勝手に話を進めようとするんじゃない」
呆れたようにため息をつきながら、庶民はいかにも庶民らしいことを口にする。
「こんな貧乏人ばかりの空間で話の流れを気にするなんて無駄な労力は使わない。低俗で惨めな奴らだけに必要な、私にとってはもっとも不必要な文化だ」
上級階級の祝賀会などであれば別だが。
「だからって庶民呼ばわりじゃ誰のこと呼んでるか分からないだろ。忘れているなら教えるが、俺の名前は苑山だ」
「一度聞いたことを忘れるような底辺層の輩と私を一緒にするとは失敬だぞ」
苑山裕大といういかにも庶民らしい凡庸な名前は入学初日で初めて見た時から覚えている。それに、
「お前以外に私と話す機会を恵んでやることはない。だから間違えることはないだろう」
そんなことも分からないのか、と付け足す。
すると苑山は驚いたように目を丸くする。
それから先程よりも浅く、隠すような笑みを含んだため息を吐いた。実に不快だ。
「後ろから話しかける時は分かるようにせめて肩を叩け、な?俺にも俺の時間ってのがあるんだからさ」
そう言う苑山の手には携帯型のゲーム機が握られている。
どうやら情けなく流行に便乗していたらしい。将来へのメリットも何もない玩具だ。くだらない。
そんな物の話に時間を割くのも億劫なので、一瞥してから本題に戻ることにした。
「訊きたいことがある」
「いつもなんでも知ってる風を醸してる宗谷が、改まって一体なんだ?」
「私が恋をしたのかどうか教えろ」
言い放つと、苑山は口をぱかりと開けて思いきり眉根を寄せた。
「なんだ、その呆けた顔は。島流しにでもなりたいのか」
「時代は間違えてるけどやっぱ宗谷って日本人だよな」
苑山は、今度は隠す気もなく口元を綻ばせている。
相変わらず一般人というのは事ある毎に知ったような口を叩くのが趣味らしい。
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