共臥起

「はぁっ……魏彪……」

「陛下……ああっ……」 

 薄絹の帳の、その内側で、劉雍は仰向けになった魏彪の後庭を犯していた。白い腰が打ちつけられる度に、褐色の肉体が前後に揺すられる。

 即位した新皇帝劉雍は、後宮に通わなかった。馬孫の王庭で過ごした一年半は、この白皙はくせきの美少年の心に、大きな爪痕を残した。後宮の美女などを見ても、微塵も欲望が喚起されない所か、馬孫に辱められた記憶が想起されて、体が震えてしまうのだ。

 そして、劉雍の若い欲望は、自身が見出した褐色肌の美男子、魏彪に向かった。劉雍は繁くこの若い武官を呼びつけては、起き臥しを共にするようになったのである。美少年同士の交合は、見る者が見れば、垂涎物の光景であったろう。

「うっ……」

 やがて、突き入れられたその龍頭から、欲望の粘液が吐き出される。魏彪はそれを、自らの体の内側で受け止めた。

「魏彪、僕はね……魏彪に救われたんだ」

 事が終わった後、寝台の中で、劉雍はその龍顔りゅうがんを魏彪に向けた。天子は人前では「ちん」という一人称を使うものであるが、魏彪と二人きりの時だけはその一人称を用いなかった。

「滅相もございません。陛下……」

「魏彪が、僕をあの檻から出してくれたんだ」

 言い終わるのとほぼ同時に、この少年皇帝は、涙を目に浮かべた。兄を殺し、四海に号令する最高権力者に登り詰めた者とは思えない、か弱い姿であった。

「私が、全力を以て陛下を支えてみせます」

「そうだ。お前は馬孫を滅ぼす男になるんだ」

 涙を拭った劉雍は、まるで悪鬼のように、魏彪の耳に囁いた。魏彪は静かに、その首を縦に振った。


 劉雍は、馬孫への恨みを生涯忘れなかった。これまで以上に軍馬を養い、騎馬軍を整え、幾度となく馬孫に攻撃を仕掛けた。

 馬孫、というより騎馬民は、確かに精強ではあるが、不毛の地に住むために基本的には持たざる者なのである。生産能力が低く、従って人口も少ない。馬孫の人口など、籐の一郡の人口にさえ満たない。馬孫は一度兵を失えばその回復には多くの時間を要する。しかし、籐は違う。肥沃な土地がもたらす恵みが民を支え、その民が更なる恵みを生み出す。本国では次々に兵士が育成され、武器が製造される。根本的な持久力が、馬孫とは桁外れなのだ。籐による連続した攻撃は、さながら短距離走の名手に、持久走を挑むが如くであった。

 それだけではない。籐軍の側も、騎馬民の戦術に適応しつつあった。北辺で放牧をしていた魏彪には、夷狄との交流の経験があり、彼らの生活を間近で見ていた。夷狄に詳しいこの若い武官は、彼らの戦術に適応できるように徹底的に兵を鍛え上げた。兵法家の言葉に「彼を知り己を知れば百戦してあやうからず」という言葉があるが、籐軍は自らの弱点と強みを理解し、また敵の戦術に関しても分析を重ねたのである。

 籐軍は、毎年のように北伐を繰り返し、その全てで馬孫に大きな打撃を与えた。その中心にいたのが、他ならぬ魏彪その人である。彼は車騎しゃき将軍という名の将軍位を与えられ、万の単位の騎兵を指揮する立場となった。彼の指揮する騎馬軍は、全ての戦で大きな戦功を挙げた。戦功が認められ、今度は大司馬だいしばという軍の最高責任者の地位を与えられた。

 弁麗女王率いる馬孫は、籐軍に対して敗れ続け、じりじりと勢力域の南部を失っていった。そうして、籐と馬孫の全面戦争が始まって七年、とうとう弁麗は籐軍によって捕らえられたのである。その身はすぐさま漢安に移送された。

「久しぶりだなぁ、女王様」

 皇帝の御前に引き出された弁麗に対して、嫌味たらしく言った。

「ああ、全く、久しぶりだな我が夫よ」

「我が夫などとはよく言うわ。あの日受けた屈辱を、朕は片時たりとも忘れなかった。昔、敵に敗れて服従を強いられた南方の国の王は、獣の苦い肝を舐めて復讐心を常に忘れずにおいた。その結果、自らを打ち破った敵国に逆襲し、その王を自殺させた、ということがあった。お前たちへの恨みを忘れなかった朕が勝ったのだ」

「貴様個人の怨毒がために、民を戦に駆り立てたのか。全く大した君主ではないか」

「黙れ!」

 劉雍は杖を弁麗に向けて投げつけた。それは頭部に命中し、弁麗の額に血が流れた。

「これは朕個人の恨みではない。我が国建国の祖が受けたあの屈辱以来、ずっとこの国に受け継がれてきた怨恨よ」

 劉雍の、その秀麗な顔立ちには、大いに怒色が含まれていた。

「そうか。我が死ねば、籐の者たちの溜飲も下がろうな」

「その通りだ。刑吏、この者を棄市刑さらしくびにせよ」

 そうして、弁麗は漢安の西のいちに連行された。馬孫の頭目の処刑とあって、刑場は観衆でごった返している。

「これぞ天の報いなるかな」

 それが、夷狄の女王が言い残した、辞世の句となった。

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