『第一章 ユージは引きニートからぼっちニートに進化した』
第一話 ユージ、家から出ようと試みる
庭付きの二階建て一軒家。生垣に囲まれた敷地はそこそこ広いが、北関東では一般的な広さ。白い壁に瓦屋根のありふれた家である。
そんな家の庭に一本だけ植えられた桜が咲き誇る春。一週間前から一人だけの住人となった雄二が目を覚ます。
「ふう……ついにこの日が来たか……」
北条雄二。30才。10年間、外に出なかった立派な引きニートである。両親の死をきっかけに、今日から引きニートを脱却することを決意していたのだ。
「服は……ジーンズにパーカーでいいか。まずはリハビリがてら近所のスーパーの予定だし。髪は……伸びっぱなしだから、とりあえずオールバックで縛っとくか。清潔感は大事だしな、うん」
雄二は175cm65kg。引きこもり中にも続けていた筋トレにより太っている訳でもなく、顔も並。伸び放題の髪さえなんとかすれば、そこそこ見られる見た目である。
顔を洗い、歯を磨き、髭を剃ると、準備は完了。ベッドに腰かけ、速まる鼓動と震える手をなだめながら、いよいよ外出するべく気持ちを固める。
「いいか、俺。たぶんこれが最後のチャンスだ。外に出るんだ。生きるんだ。俺はできる。ひとりでもできる。やればできる子なんだ。俺はできる俺はできる俺はできる俺はできる……」
独り言が多いちょっと危ないヤツである。10年間の引きこもりは独り言の頻度を高め、ボリュームも大きくなった。仕方がないことである。
ようやく意を決した雄二は、玄関に向かう。が、玄関に靴が見当たらない。10年必要なかったので。部屋にあることはわかっていたが、戻るとそのまま外に出ない気がする。仕方がないか、とつぶやき、庭用サンダルをつっかける。
「大丈夫、外は怖くない。怖くない。俺に敵などいない。誰にも敵などいないんだ。本当の戦士には剣などいらない。俺はできる。ひとりでもできる」
震えながら、どこぞの元戦鬼の名言を呟く雄二。戦士とはなんなのか。しっかり錯乱している。勇ましいことを口にしているが、玄関のガラリ戸にかけた手はピクリともしない。5分。10分。雄二の脳に「明日から本気出す」そんな言葉が浮かびかけた刹那のことである。
ウォンッ!
扉越しに聞こえた鳴き声、いや、咆哮に、あっけなく戸を開ける。雄二ひとりでは開けなかった戸を動かしたその声。四つの足で雄々しく大地を踏みしめ、千切れんばかりに振られる尻尾。薄茶色の毛並みにくりくり眼が凛々しいが、口は半開きでだらしなく舌が垂れている。
コタローである。ちなみにメスである。
いまだ玄関で呆然としている雄二の手を舐め、しかたないなぁついてこい! と言わんばかりに振り返りつつ外に足を向けるコタロー。男前である。メスだけど。
「そっか……。俺はひとりじゃなかったな。お前がいたんだな、コタロー!」
愛犬・コタローに抱きつく雄二、30才無職。気がつけば、玄関から出ていた。ム○ゴローさんのごとくひとしきりなでまわしじゃれつき、我に返って立ち上がった雄二。
顔を上げて門の先、敷地の外を見る。
首を傾げる。
目を閉じて頭を振る。ゆっくり目を開けて敷地の外を見る。
景色は変わらない。
森であった。
敷地の外は、森であった。
見渡す限り、森であった。
「なんだこれ……」
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