第4話 コガイの追跡

「銀髪のガキをどこへやった」


 表の世界。広大な屋敷が一つ、真っ赤な炎に包まれていた。


「想像以上の働きですね、コガイさん」


「コガイ……か……」


 とある一室で向き合う二人の男。一人はなす術もなく床に座り込み、コガイは刀を手にその男を睨みつけていた。


「あなたの探している少年がそう教えてくれましてね。ですがそれも、どうせ偽名なのでしょう?」


 男は注がれる鋭い視線を無視して笑う。コガイの刃で斬り殺されるか、炎にまかれて灰になるか。生き残る可能性がゼロに等しい状況でなお、男は楽しむことを止めなかった。


「もう一度聞く。あのガキはどこだ」


 男の言葉に耳を貸すことはなく、コガイはまた質問を重ねた。しかしその言葉でさえ、男を笑わせることしかできない。


「やはり面白い方ですね。あなたは、一体何のために生きているのでしょうか?」


「そんなこと聞いてどうする?」


「別にどうもしませんよ。私が聞いてみたいから、こうして尋ねているだけです」


「なら答える必要はないな」


 コガイはそっと刀を構えた。男の捉えどころのない態度に、付き合う気も失せてしまったらしい。


「私はこの家の奴隷のようなもの。どんな罪を犯そうとも、逆らうことは許されておりません。しかしこの家の一部として犯罪に手を染めていたことも事実。死に際は分かっているつもりです」


「貴族が何をほざいてやがる。お前は逆らえなかったんじゃねぇ。逆らわなかったんだ」


「あなたにはそう見えるのですね。あなたは逆らった側の人間だから」


「…………」


 男の言葉に、コガイは苛立ちを隠せなくなっていた。死を受け入れて恐れることなく、何も知らないはずの瞳は全てを見通しているかのように輝く。


「違法な魔術師の入国援助に、銃の不法買収及び所持。そこまでして隠したかったってぇのは、幻惑剤に人体改造薬物、それで生まれ変わった怪物たちの闘技施設。ここまで手広い悪行に関わっておいて、逆らえなかったとは笑うしかねぇな」


 それはこの屋敷で暴れまわりながらも、コガイが手に入れた情報だった。


「魔術師の生き残りを見つけたのは偶然でした。まさかあんなにも簡単に騙されてくれるとは思わず、屋敷に匿うまですべてがスムーズに進みましたよ」


「せっかく生き延びたのに、お前らのせいで命を散らすことになるとはな。魔術師はつくづく救われねぇ」


「自分で殺しておいて、それをおっしゃいますか」


「仕事だからな」


 人を殺すことに何の感情も抱かない。救われないと言いながらも手を抜く気はない。そんな残酷でかわいそうな人間だと思うと、男はコガイを微笑ましく見つめることしかできなかった。


「銃器は父からの指示ですよ。この家の主な収入源は犯罪ですから、暴こうとする相手は圧倒的な力で叩く必要がある。使えるものは貴重ですから、魔術師と違って手に入れるのに苦労しました」


「手に入れるだけじゃないだろう?」


「いえ、最初は手に入れるだけでしたよ。ただ父は欲望の塊のような人ですからね。手に入ってしまえば、今度はその価値を膨らませることに興味を持つ」


「それで銃の密造か」


「完成はしませんでしたが」


 もし完成してしまっていたら。もう終わってしまった話なのだから、そこまで考える必要はないだろう。


「生きているのは私だけですか?」


「ああ」


 屋敷に放たれていた火の手は、二人のすぐ近くまで迫っていた。他に生きている者はいない。男を見つけるまでに、屋敷にいた人間は皆コガイに殺されてしまったから。


「少しでも罪を犯した者であれば仕方ないにしても、表の生活を取り繕うために、何も知らずに仕えてくれていた方々までも死に追いやったのですね。……そこまでする、あなたの本当の目的って何なのでしょうか?」


「答える義理はねぇな」


 煙が部屋に充満する。もうあまり時間は残されていない。


「ガキはどこだ」


 コガイは両手で刀を構えた。


「あの少年はあなたにとってよほど特別な存在のようですね」


「聞かれたことだけ答えろ」


「あの少年に関してだけ、あなたは残酷になりきれていない。かわいそうなあなたの唯一の人間らしい一面は、そのままあなたの弱点になりえる」


「もう一度言う」


「あの少年には、あなたのことを何も教えてはいないのでしょう? 実際に何も聞きだすことができませんでした。だとすればそこにあるのは何なのか。あなたと少年の関係がどのように築かれ、何が隠されているのか。首を突っ込んでしまった以上、ついつい知りたくなってしまう」


 男の止まらない言葉に、コガイは腕を振り上げた。死期を遅らせるためでも逃げ延びるためでもなく、本能に従った言動は男を生き生きとさせる。そんな人間に尋ねずとも、テンを探し出す手段はいくらでもあった。


「いいのですか?」


 刀が空を切り、男の首を狙って振り下ろされる。


「手遅れになってしまいますよ」


 男の血が刃に伝った。首の皮一枚を切り裂いたところで、コガイの腕は止まっていた。


「教えてください。あなたとテンという少年の間に、どんな関係が隠されているのですか?」


 首から血を流しながらも、男は笑顔を崩さなかった。狂気に満ちたその姿を、コガイはじっと睨みつける。


「……俺がガキの居場所を奪った。そして代わりに自由を与えた。……ただそれだけだ」


「それだけ……と。そのような些細なことでも、あなたにとっては枷になるのですね」


 恍惚こうこつな表情を浮かべる男に対し、硬く結ばれた口は何も言葉を紡がない。


「残酷で優しい、それでいて純粋なあなたには、もうこの仕事は向いていないと思いますよ。このような仕事は、枷があっては成り立ちません」


「何を……」


「私からそのような言葉を貰ったところで、聞く耳を持つようなお方ではないとは思います。ですが……、いえ、だからこそ早々に、その枷を壊すことをお勧めいたします」


 男は全身の力を抜き、ため息をつくように告げた。コガイの持つ刃が、その首により沈み込む。


「少年の身柄は随分と前に騎士団に引き渡しました。噂では、処刑が行われるのは明日だとか」


 男が両手を広げ、まっすぐコガイを見つめる。


「さあ、私をこの家のしがらみから解放してください」


 次の瞬間、男の首の半分ほどが切断され、大量の血が霧のように撒き散らされた。迫っていた炎はそれをいとも簡単に蒸発させ、鉄と焦げの臭いを漂わせる。

 燃え始めて数十分と経った屋敷は、そのあちこちが焼け落ち始め、外では多くの見物人がその行く末を見守った。その中に、コガイの姿を見た者はいないだろう。珍しくイラつきを隠せず、ひどく歪んだ表情をした姿を。

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