第14話 幸運と不運

 自動販売機にお金を入れ、ボタンを押す。


 取り出し口に商品が転がり落ち、同時にルーレットが回り出す。当たりと外れを交互に移動し、最後に当たりでランプが点滅する。


 俺は少し悩んだ末に、もう一つ同じ物を選択した。


 これが偶然に寄るものなのか、座敷わらしが側にいる事に寄る恩恵の賜物たまものなのかは分からないが、どちらにしろ、座敷わらしがそばにいたところで俺に起こりる幸運はこの程度のもの。


 まぁ、起こらないより起こった方がいいので、その辺りに文句を付ける気はさらさらないのだが……。


 二本のペットボトルを手に、校舎に向かう。


 今俺がジュースを購入した自動販売機は、一階の西校舎と東校舎を繋ぐ通路のちょうど真ん中に設置されており、実のところ、どちらの校舎から行くにしても少し時間の掛かる場所にあったりする。


 では、なぜそんな位置にある自動販売機をわざわざ選んだのかと言うと、単純に俺が買いたい物がその自動販売機でしか売っていなかったからだ。


阿坂あさか君?」


 校舎に入って早々、正面から声を掛けられる。ちょうど日高ひだかが、階段を降り、こちらに向かってくるところだった。


「日高? どうしたの?」

「うん。私もやっぱ、ジュース買いたくなって」

「……」


 視線をちらりと、自分の手元に落とす。


 俺の手には今、左右に一つずつ、二本のペットボトルが握られている。そして、この場にいる人間の数もしくも二人。


――なんて、考えるまでもないか。


「良かったら日高、これ飲む?」


 そう言って俺は、日高にペットボトルを一本差し出す。


「え? いいの?」

「なんか、当たっちゃってさ。持って帰るのもなんだし、日高がもしいるって言うなら――」

「いります。下さい、是非ぜひ


 若干い気味にそう言うと、日高は俺からペットボトルを受け取った。


 日高が、ジュースは俺の渡した物で事足りると言うので、そのまま二人で教室に戻る。


「けど私、自動販売機で実際に当たり出した人って、初めて見たかも」

「俺も初めて見たよ」


 それがまさか、自分自身になるとは……。


「というか、本当に当たるんだね、アレ」

「まぁ、そりゃ、付いてるんだから、当たらなかったら当たらなかったで、それはそれで問題じゃないかな」


 とはいえ、日高の気持ちも分からないではない。俺自身、今日の今日まで、このシステムを疑っていた。本当は、外れにしか止まらないのではないかと。


「実は私、今日結構ラッキーさんなんだー」

「? 朝から何かいい事でもあったの?」


 肩を並べ、階段を登りながら、そう尋ねる。


「ううん。けど、朝見た二つの占いで、両方とも一位だったんだ、私」

「へー。日高って確か、乙女座だっけ?」


 日高の誕生日は、何かのおりで会話の話題に上がり、当然チェックしている。


「うん。ちなみに、今日のラッキーカラーは赤で、ラッキーアイテムはスリッパだって」


 確かに今、日高は赤いスリッパを着用しているが、赤は俺達の学年カラーなので、一年生全員が現在進行形でそれを着用している事になるのだが……まぁ、その辺は気の持ち様、本人が嬉しそうだからあえて指摘はすまい。


「女の子って、そういうの好きだよね」

「そうだね。気にする子は多いかな。逆に男の人って、あんま気にしないイメージだけど、阿坂君は?」

「その時々で違うかな。わざわざチェックはしないけど、目に付いたら気にする時もあるし、しない時もある、かな?」


 そりゃ、極端に良ければ多少はうれしく思うし、その逆なら少しはへこむ。でも大抵、数分後には忘れており、結果に大きく一喜一憂いっきいちゆうするような事はほとんどない。それこそ占いの内容が、ピンポイントで現在の自分の状況に一致でもしない限りは……。


「でも――」


 日高が何かを言い掛けたその時だった。


 彼女の体がふいに後ろに傾く。まるで見えない力に引っ張られるように、ゆっくりと体が俺の視界から消え行く。


 振り返る。


 世界の動きがコマ送りに変わった。やけにスローモーションに落ちていく彼女の体を俺は、ただ見ていた。


 日高は自分の身に何が起きたのか分からないといった表情をしており、俺もまだ状況をしっかりとは把握出来ていなかった。


 その中で、俺の思考を急速に支配する一つの感情があった。


 このままではいけない。


 気が付くと、俺は日高に向かって飛んでおり――


「っ!」


 痛い。熱い。甘い。柔らかい。


 四つの感想が俺の頭を駆け巡る中、俺はもう一度、腕の中のものを落とさないようにキュッと強く抱きしめ直した。




「――いてて!」

「こら! 動かない!」


 養護ようご教諭の武田たけだ先生に上から抑え付けられ俺は、椅子いすの上で無理矢理大人しくさせられる。


「はい。り傷はたいした事ないからいいけど、打ち身の方は風呂上がりにもう一度、湿布しっぷりなさいよ」

「肩はともかく、背中の方は自分では手が届かないんですが……」

「じゃあ、そこの彼女にでも貼ってもらいない。二人の仲も必要以上に深まって、一石二鳥じゃない」


 一石二鳥って……。


「私やるよ。湿布、貼るよ」


 鼻息荒く、自身の体の前で両の拳を握ってみせる日高。その姿は、やる気に満ちあふれていた。


 とはいえ――


「いや、風呂上がりだから」

「あ……」


 どうやら、本当に失念していたらしい。


「それにしても、階段の中段から落ちてこの程度なんて……。君、相当ツイてるね」

「はー」


 階段から落ちている時点で、どう考えてもツイてはいないと思うのだが……。


「ごめんね、私が足踏み外したせいで」

「日高に怪我けががなくて良かったよ」


 不幸中の幸いというべきか、日高の方に目立った怪我はなく、少なくとも治療の必要はなさそうだった。


「二人とも頭は打ってなさそうだけど、念の為、五時間目はここにいなさい。担当の先生には私から連絡入れておいてあげるから」

「「はーい」」


 まだ当分、保健室から離れられないという事で、日高も椅子を持ってきて俺の隣に座る。


「阿坂君、本当に大丈夫?」

「まぁ、思ったよりはって感じかな。落ち方が良かったみたい」


 咄嗟とっさの事だったので、落ち方を考える余裕はあの時の俺には当然なかったが、反射的に上手うまく体が反応してくれたようで、痛みも階段から落ちた事を考えると驚くほど軽微けいびだった。


「彼氏の心配もいいけど、あなたの方は本当にどこも痛いところはないの?」


 教室への連絡を終えた武田先生が、体をこちらに向けながら、日高にそう尋ねる。


「はい。大丈夫です。阿坂君が守ってくれたので」

「はいはい。ごちそうさま」

「?」


 武田先生のからかいの言葉に、小首をかしげる日高。


 どうやら彼女には、武田先生の言葉の真意が伝わらなかったようだ。


「ねぇ、ところで二人は、いつから付き合ってるの?」

「はい?」

「はい!?」


 予想外の質問に、日高の体がわずかに浮き上がる。


「なんですか? 唐突とうとつに」

「いや、なんか気になって。どうせ暇なんだし、別にいいでしょ」

「先週の土曜からです」

「あ、答えるんだ」


 あまりにあっさりと答える俺に、日高が意外そうな声をあげる。


 こういう事は、無駄むだ誤魔化ごまかすより素直に答えてしまった方が、むしろ面倒がなくて良かったりする。


「先週の土曜って言うと、まだ付き合い出して数日ってところか……。その割には二人、落ち着いた雰囲気で自然な感じね」

「元々、友人としての付き合いはありましたから、それの延長……ではもちろんありませんが、そこまで極端な変化はないかなって」


 言いながら、日高に視線を送る。


 それを受け、彼女も俺に視線を返す。何となく、その目にうなずきを見た気がした。


「ちなみに、告白はどっちからしたの?」

「……」

「何? その顔は」


 どうやら、心の中で収めたはずの声が、口ではなく顔の方に現れ出てしまったようだ。


「いや、ノリがクラスの女子と同じだなと思って……」

「それって、遠回しに私が年取ってるって言いたいわけ?」

「いえ、そういうわけでは……。というより、社会人としての世間体や、教師としての威厳は一体全体どこに行ったのかなと」

「そんなのは、必要な時にだけ出せばいいのよ。終始そんなものを出し続けてたら、生徒が腹を割って話せないでしょ?」


 武田先生の言い分は確かに分からないではないが、教師という職業においてそれを実行し続けるのはおそらく至難のわざであり、むしろ大変そうである。しかし、だからこそ、武田先生は生徒からしたわれ、また好かれるのだろう。


「というわけで、五時間目が終わるまで、今時の高校生の恋愛事情を、根掘り葉掘り聞かせてもらうわよ」


 その宣言通り、武田先生による俺達への追及は、本当に五時間目が終わるその時まで続いた。

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