第12話 タイヤ
昼休み。教室で
場所はあまり使われない方の階段。学食や昇降口との位置関係が絶妙に悪く、こちら側の階段を使う物好きはほとんどいなかった。
実際、今も付近に俺以外の人間の気配は一切なく、辺りはシーンと静まり返っていた。
「
小声で、
程なくして、座敷が俺の前に姿を現す。顔色はやはり、あまり良くないように思えた。
「なんでしょう?」
「調子はどうだ?」
「良くはないですね。とはいえ、
「そうか」
座敷の言葉と雰囲気から察するに、今のところ、とりあえずは安心しても良さそうだ。
「それより私は、
「うるさいよ」
両の拳を体の前で握り、途端に鼻息を荒くする座敷を、そう短く切り捨てる。
まぁ、そんなジョークが言える内は、まだまだ大丈夫だろう。
「あっちの方はどうなんだ?」
「そっちも現状維持、朝から良くも悪くもなってないといったところですね」
あっちそっちとは、もちろん〝
もしかしたら座敷は、現在、穴の空いたタイヤのような状態なのかもしれない。
タイヤに穴が空いていれば、そこから空気が漏れるので
「そういえば、妖怪には医者、みたいなのはいないのか?」
ふいに浮かんだ疑問を、早速、座敷にぶつけてみる。
「さぁー。もしかしたら、この世界のどこかにはいるのかもしれませんが、少なくとも私は、会った事も聞いた事もありません」
「そっか……」
もし医者のような存在が妖怪にもいるのなら、そいつに座敷を
「遼一さんが私の事を心配して下さるのはとても嬉しいですが、それより今は、日高さんの方に気を割いてあげて下さいね。釣った魚に餌をやらない殿方は、女性の敵、ですから」
女性の敵……。そこまでなのか。
「まぁ俺も、お前の意見には
正確には、その猫は俺が自ら拾ってきたのではなく、勝手に人ン
「私は猫ですか? 猫は魚を食べますよ?」
「ウチの猫は、行儀がいいんだ」
「それは
「いや、事実を口にしただけだよ」
まるで、
「はぁー。分かりました。
座敷は
体調が悪いからだろうか、座敷は大分ナイーブになっているようだ。彼女の扱いには、これからよりいっそうの注意が必要だな。
「行くか」
一人
教室に戻ると、日高が自分の席で女子数人に囲まれ、質問責めにあっていた。その内容は、おそらく俺との事だろう。
一瞬の
「あっ、
近くにやってきた俺を見て日高が、安堵の表情をその顔に浮かべる。
まぁ、そりゃ、一人で複数人から集中砲火を受けたら、誰でも困るし戸惑うだろう。
「どうしたの?」
聞くまでもなく現在の状況は把握済みだったが、周りへの
「もう、阿坂君でいいや」
そんな俺の思惑とは裏腹に、女子達の追及は止む様子がなかった。
「ねぇ、
「で、俺?」
「そう。彼女がダメなら、彼氏にってね」
日高に視線を向ける。無言の
「うわぁ。今、アイコンタクトしたよ」
「凄い。恋人っぽい」
「そこ、騒がないの。話してくれる事も、話してくれなくなっちゃうでしょ」
興奮する二人を、中央に立つ
どうやら彼女が、この三人の中では、まとめ役のポジションを
「俺から告白して、日高にオッケーもらった感じかな」
本当は、もっと色々な
「え? なんて? なんて?」
「普通に、好きです、付き合って下さいって」
「「「きゃー」」」
もう、何がなんだか……。
「場所は? 場所はどこ? どこで告白したの?」
「遊園地。遊園地の観覧車の中」
「え? でも、付き合ってないのに遊園地って、誘いにくくない?」
「それは――」
「はいはい」
女子達の質問に答えようとした俺の言葉を、手を叩きながらやってきた
「何よ、
「もう、ある程度聞きたい事は聞いたでしょ。後は、そっとしておいてあげなさい」
「うーん……。じゃあ、今日はこの辺で撤収するか」
「二人共、
「お幸せにー」
三者三様の言葉を残し、女子三人組が俺達の元を離れていく。
「美穂、ありがとう」
「助かったよ」
「どういたしまして」
俺達が礼の言葉を次々と告げる中、それをクールに受け止め、去って行く但馬。
その姿は、こう言ってはなんだか、凄い男前だった。
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