第10話 予想外

 日高ひだかと二人で、合流場所である〝コーラルリーフ〟の前に向かう。


 ちなみに、〝コーラルリーフ〟はアトラクションではない。ただのタワーだ。


 とはいえ、園内の中央にそびえ、園内全部を見渡せる展望台はそれなりに魅力的らしく、今も内外の出入りは激しい。


「おーい」


 そのタワーの前に立つ姉弟きょうだいに、手をげ、声を掛けながら近づく。


 俺達に気付いた二人も、こちらに手を振りこたえる。


「もう大丈夫なのか?」

「お陰様かげさまで。ごめんね、迷惑掛けて」


 立ち姿や振る舞いを見るに、但馬たじまの言葉に嘘はないようで、少なくとも無理をしている風ではなかった。


「もう。ホントに心配したんだからね。体調悪いなら悪いって早めに言わなきゃ。遊園地来て体調崩してたら、元も子もないんだからね」

「……おっしゃるとおりで」


 いつもの攻守が完全に逆転した女性陣のり取りを尻目に、俺は智成ともなり君の隣に移動する。


「お疲れ様」

「まぁ元々、どこかのタイミングで、お二人とははぐれるつもりだったので、結果オーライという事にしておきましょう。それより、首尾しゅびはどうです?」

「まぁまぁかな。場所はやっぱり、観覧車にしようと思う」

「そうですか。では、観覧車に乗る時は、何らかの理由を付けて、お二人には同じゴンドラに乗っていただく事にしましょう」

「何の話?」

「次の行き先と、それにともなって、お二人がここまで辿たどってきたルートの確認を少し」


 突然、俺達の会話に混ざってきた日高を、智成君が咄嗟とっさに適当な言葉を並べ、誤魔化ごまかす。


 こういうとこ、やっぱ姉弟だな。誤魔化し方が手慣れているというか、落ち着き払っているというか……。


「では、そろそろ次の行き先を決めましょうか」


 そう言って智成君が、俺に視線をくべる。


 おそらく、自分が提案するとボロが出ねないという事で、早々に俺に話題を振ってきたのだろう。実際には、智成君は俺達がどのアトラクションに行って、どのアトラクションに行っていないかは知らないわけだし。


「じゃあ、〝ゴーストシップ〟なんかどうかな? 俺達もまだ行ってないし」


〝ゴーストシップ〟は、幽霊船をモチーフとした、いわゆる《お化け屋敷》だ。


 一応、《お化け屋敷》は、智成君の希望のアトラクションという事になっているので、さすがにこのまま行かずに済ますというわけにはいかないだろう。


「〝ゴーストシップ〟、ですか。僕は当然、言い出しっぺですし異論はありませんが、そちらのお二人はどうでしょう? 他に案があれば、もちろんうかがいますが」

「別にいいんじゃない? 〝ゴーストシップ〟。どうせ、どこかで行く予定だったわけだし」

「私も特に異論はないかな。定番だし」

「それじゃあ行きますか、次のアトラクション、〝ゴーストシップ〟に」


 智成君の号令を合図に、俺達は移動を開始する。


 並びはやはり、前方に俺と智成君、後方に日高と但馬という配置だ。


「但馬の体調は、本当にもういいのか?」


 小声で智成君に、一応、確認を取る。


「えぇ。まぁ、実を言うと、姉の体調はお二人と別れた後、すぐに良くなったのですが、あまり早く合流しては逆に迷惑だろうという事で、あえて、時間を空けてから連絡をさせて頂きました」

「まぁ、そんな事じゃないかとは思ったけどさ」


 正直、体調の回復に一時間以上も掛かるようなら、素直に今日は帰宅をした方がいいだろう。


「ぶっちゃけ。体調不良を理由にそのまま帰るという選択肢も無くは無かったんですが、お二人にはそういう展開はまだ早いかなという事で、さすがに実行には移しませんでした」

「……そりゃ、どうも」


 確かにそれを実行に移されていたら、少なからず動揺と困惑はしていただろうな。


「ねぇ、阿坂あさか

「ん?」


 少し後ろを歩いていた但馬が、こちらとの距離を詰め、俺に話し掛けてくる。


「〝ミラーラビリンス〟でさ、サクラがお化け見たって言うんだけどさ」

「うん」

「その時のサクラの胸の感触どうだった?」

「「なっ」」


 但馬による不意打ち気味な質問に、俺と日高が同時に声を挙げる。


「きゅ、急に何言ってるのよ、美穂みほ

「ごめんごめん。間違えちゃった」


 嘘だ、絶対。


「じゃなくて、本当にいたの? お化け」

「いや、俺は見てないから何とも……」


 言えないけど、実体験からすると、否定は出来ない。


 というか、見えないだけで、今も近くにいるはずだ。お化けではないが、妖怪が。


「ね? やっぱり気のせいだって」

「うーん……」


 反論はしないものの、日高自身、まだ納得はしていないようだ。


「やっぱり、《お化け屋敷》止めとく?」

「え? あ、そういう事じゃないから、大丈夫。ごめんね、変な事言って」


 そう言って日高が、申し訳なさそうに笑う。


「ま、本当に怖ければ、〝ミラーラビリンス〟の時みたいに、阿坂にくっつけばいいよ。その方が阿坂も嬉しいだろうし」

「……」


 またこいつは、肯定も否定もしづらい話を当人の前で。


「くっつくかどうかは別にして、〝ゴーストシップ〟の中ではお兄さんと日高さんに並んで前を歩いてもらいましょうか。姉はまだ本調子じゃありませんから、背後から付いていくくらいの方がちょうどいいでしょう」

「なら、私が――」

「いえ、《お化け屋敷》の中を男同士並んで歩くのは、人の目がほとんどないとはいえ、見栄みばえがあまり良くありませんから」


 さすが智成君、相変わらずの口達者ぶりである。




 ゴンドラがゆっくりと動き出す。


 まだ夕暮れにはまだ早い時間帯。日高の体越しに、ほんのり赤らみだした空が見える。


 青と赤が入り混じる、不可思議で綺麗きれいな色と景色。それは、今日の終わりに相応しい光景、背景に思えた。


「あーあ。このゴンドラが一周したら、今日ももう終わりかー」

「まだ遊び足りない?」

「うん。でも、それぐらいがちょうどいいのかも。また来たくなるし」

「そっか」


 出来る事なら、その相手はまた俺であって欲しいものだが。


「美穂と智成君には感謝しないとね」

「なんで?」

「え? だって、ここに来れたのって、二人のお陰でしょ」

「あっ。うん。そうだね。感謝しないとね」


 そういえば、そういう事になっていた。うっかりすると、思わず設定を忘れそうになる。


「変なの」


 日高が笑う。その笑顔は、今日の終わりを思ってか、少し寂しげだった。


「この観覧車、一周十二分だっけ」


 ボロが出ないよう、話題を早めに変える。


「そう。あっという間だよね」


 十二分。確かに、あまり時間があるとは言いがたい分数だ。


「阿坂君、もしかして高い所苦手?」

「いや、別に。でも、なんで?」


 実際、俺は特に高い所に苦手意識を持っているわけではなく、今もそういう感情は一切と言っていいほど感じていない。


「なんか、少し、いつもより落ち着きがないかなって……」

「そうかな?」


 自分ではよく分からないが、もしそうだとして、その理由は全く別の所にあると思われる。具体的には、これからの展開と、それによってもたらされる結果、そして――


「わぁー、高い」


 日高の声に、俺も視線を横へと向ける。


 ゴンドラの高さは、最高到達点からしたら未だ半分程しか上に上がっていなかったが、それでも辺りを見渡すには十分過ぎる高度があった。


 それこそ、高所恐怖症な奴なら、この高さはもうダメだろう。


「日高は高いとこ、平気なのか?」

「うん。大丈夫。むしろ好きかも。テンション上がるよね、こういうとこって」

「それは、うん」


 見るからに分かるというか、言われるまでもないというか……。


「ごめん。もしかしなくても、私、はしゃぎ過ぎ?」

「ううん。遊園地だし、かえってはしゃがなきゃ損でしょ」


 ゴンドラは次第にその高度を上げ、ついにもう間もなく頂点という所までやってきた。


 後少し、後少し。このゴンドラが頂点に到達した時、俺は日高に――


「うわ」

「きゃ」


 その時だった。突然、強風が吹いたと思うと、ゴンドラが揺れ、動きが止まる。


『現在、強風のため、一時的に観覧車の動作が停止しております。安全が確認出来次第、運転を再開させまずので、どうか席に腰掛けたまま、落ち着いて動作再開をお待ち下さい』


 アナウンスが切れ、ゴンドラ内に静寂が訪れる。


 どうやら、風は本当に突発的なものだったらしく、揺れもすでに収まり始めていた。


 しかし、こういう光景は、ニュースや何かでは見た事があったが、まさか自分がこうして当事者になるとは……。


「強風だって……」


 そう呟くように言った日高の声は不安げで、表情も少し暗いものになっていた。


「きっとすぐ動き出すよ」


 日高を安心させようと、俺はあえて、軽い調子でそう告げる。


 実際、座敷ざしきが目の前に現れてから、ちょっとやそっとの事では動じなくなっていた。


「ねぇ、阿坂君、そっち行っていいかな」

「……うん。いいよ」


 本来なら、ゴンドラ内での移動は避けた方がいいと思うのだが、日高の不安そうな顔を見ていると、そんな正論を吐く気は到底ならなかった。


「気を付けて」

「うん」


 ゆっくりと腰を浮かせる日高に手を差出し、そのまま、俺の隣へ誘導する。


 肩と肩がぶつかりそうな程の近さに座る日高。下手をすれば、お互いの体温が伝わるのではないかと、そんな気すらしてくる。


「……」

「……」


 隣り合い、同じ方向を向き、黙り込む。


 いや、これはある意味、チャンスだ。話題が途切れ、ゴンドラも止まり、音もそれなりに静か。せずして訪れたこのチャンス、かさない手はない。


「日高」

「何?」


 至近距離で向き合い、見つめ合う。


 正直、頭は真っ白だった。前もって用意してきた言葉は、頭のどこか彼方かなたに消え去り、新たに浮かんだ言葉は、頭の中を縦横無尽に駆け巡る。


 深呼吸を一つ。


 頭を一度、空っぽにして、思考をわざと停止させる。


「好きです。ずっと前から好きでした」


 俺の口を突いて出た言葉は、シンプルで定型句ていけいくのような台詞せりふだった。


「……え?」


 きょとんとした瞳が、俺を見つめる。


 その顔は、何を言われたか分からないといった感じだった。


 しまった。あまりにも唐突とうとつ、あまりにも無策むさく過ぎたか。勢いや度胸はもちろん大事だが、こういうのはやはり、段取りや流れあってのものだったかもしれない。


「いや、あの、タイム。今の無しで。もう一度、最初から」


 タイムってなんだ。最初からって……。


 自分で言っておいて、自分の言葉に疑問とあきれを抱く。


 しかし、言ってしまったものは、もう仕方がないので、このまま、最後までやり切る他ない。


「いきなり、こんな事言われて、日高が戸惑うのも当然だと思う。けど、俺は日高と一緒にいると楽しいし、ドキドキするっていうか……。とにかく、もっと日高とは深い関係になりたいと俺は思ってる。だから――」


 もう一度、深呼吸をして


「こんな俺で良ければ、付き合って欲しい」


 目を見て、日高におもいを伝える。


 これが俺の今出来る精一杯であり、目一杯の誠意だった。


「えーっと、まずはありがとう。そんな風に言ってもらって素直にうれしいっていうのが、今の私の気持ちです。けど、急な話で、頭も混乱してるし、こんな展開になるなんて想像もしてなかったし……」


 日高にとって今の状況は、思いも寄らぬものだったらしい。


 予想外。想定外。どちらにしろ、いい印象は受けない言葉に思えてならない。


「だから、阿坂君の言ってくれた事への答えに、今から言う事がなるかは正直、分からないけど……」


 覚悟を決める。どんな言葉が来ても受け入れる覚悟を。


「入学式の日に初めて顔を合わせた時から、思えば、ずっとあなたの事ばかり考えてきました。美穂に言われるまで、自分でも自分の気持ちに気付けなかったけど、今は自信を持って言えます。好きです。私と付き合って下さい」

「それって……」


 確かに、日高の告げた言葉は、俺の告白への答えでは到底なかった。


 だって、それはどう考えても……。


「いや、その、俺の方こそ、よろしくお願いします」


 戸惑いながら、どうにかそれだけを言葉にする。


「よ、良かったぁ……」


 そう言って日高が、その場に崩れ落ちるように体を、脱力をさせる。


「良かったって、先に告白したのは俺なんだけど……」


 日高の反応に俺は、思わず苦笑をらす。


「だって、まさか、こんな展開になるなんて思わなかったんだもん」

「俺だってそうだよ。まさか、告白に告白を被せられるなんて全然……」


『ご迷惑・ご心配を掛けて申し訳ございませんでした。安全確認の方が終了しましたので、只今ただいまより運転を再開します』


 まるで狙ったかのようなタイミングでアナウンスが入り、程なくして、ゴンドラがゆっくりと動き始める。


「あ、動き出した」


 その内に動き出すだろうとは思っていたが、実際に動き出すとやはり、ほっとする。


「良かった。正直言うと、少し心配だったんだ。このまま動き出さなかったらって」


 言いながら日高が、安堵あんど溜息ためいきを吐く。


 その姿を見て、俺の中でふいに悪戯いたずら心が芽生える。


「けど、もしそうなったら俺達、この密室の中でもう少し二人きりだったね」

「……もう」


 からかわれた事が分かったのか、日高がねたように俺に、くちびるとがらせてみせる。


 それは、俺が今まで見た事のなかった種類の彼女の表情だった。

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