第13話<浄化作戦>

 神崎幸は普段通りに席に座った。霧島さんは廊下に待機している。


 出来る限り僕は彼女の方を見ないようにした。周りに不審がられては作戦に支障が出る。まあ、僕らは感覚共有機能を利用しているのだから、見る必要性はないのだけれど。気持ち的な問題だ。


 彼女は始業のチャイムと同時に動くことになっている。彼女いわく主犯格の勢力は小規模ながら学校中に散らばっているらしい。その為、全員が登校した後に動くべきだろうという結論に至ったのだ。


 始業のチャイムが鳴った。


「作戦開始だ!」


 僕は周りに聞こえないように小さく、されど力強く呟いた。



 チャイムが校内に鳴り響いた。校内を反響する音が開始のゴングのように聞こえた。霧島知里はまず、自分のクラスを確認することにした。


 クラスに入って、私は驚いた。私は鬼=小さいという偏見を知らず知らずのうちに持っていたようだ。教室には人間サイズの鬼=ヤミキがいたのだ。それは、私のエレキのように人型を保ってはいない、本当の鬼のようだった。二本の角、蛍光で赤く光る肌、筋肉が隆起した体。幸い、まだ、こちらには気づいていない。


 ヤミキの宿主の”彼女”は主犯格「武藤美玖」の”右腕”だ。それが分かったのは、ヤミキから赤々とした影が彼女に続いていたからだ。


彼女は周りにはかなり大きな態度をとっていた。


(それがヤミキとして具現化されて、あんなに大きなヤミキを産んだのかな?)


思い出してみれば、私のエレキの能力は自身の性格や性質に影響されていた。


『まさか、ヤミキがこんなにも大きいとはね』


 神崎くんの囁き声が頭に直接、聞こえた。感覚共有機能で聴覚も彼と繋げていた。


 ヤミキは「力、権力、力、支配力……」とブツブツ言いながら、クラス内を徘徊していた。時々立ち止まり、辺りを見回していた。ブラン、ブランと肩からぶら下げている腕が不気味に風を切る。


「えぇ、でも狙いやすい」


 相手は大型、でも動きは鈍い。これなら私にも。私はアイアンサイトを覗き込み、ヤミキの頭を狙った。


『待って―』


 彼の制止の声を聞く前にトリガーを引いてしまった。銃から青白い弾が出る。弾はエレキの頭上をかすめた。反動に耐えきれず、銃を落とした。教室に床と金属がぶつかる音が広がった。どうやら、私が持っている物体には非表示の効果が付与されるみたいだけど、手を離すとそれが解除されるみたい。


 ギョっとクラス中の視線が私の方に向いた。


「大きい音したけど……なにあれ!?銃?」


 1人の女子生徒が声をあげる。クラス中がザワザワする。先生が静かにするように喝を入れる。私はすぐに、銃を手にとり、再度、非表示の効果を付与する。


『あちゃ―銃の撃ち方教えてなかった』


 声から彼が頭に手を当てているのが分かる。


 ―あなたは後先考えられないんですか―


 雨と神崎くんに指摘を受けて、自分が恥ずかしくなった。しかし、女の私が銃の扱いなんて知るはずがない。雨の私を示す言葉が「君」から「あなた」に変わっていたのも気になった。ちょっと生意気に聞こえる。


「うるさいわね。こんなに難しいなんて知らなかったの!」


 久しく視線を向けられていなかったから、思った以上にクラスメイトからの視線が怖かった。だがそれ以上に怖いのが例のヤミキである。奴はこちらを向き、白い牙を剥き出しにして言った。明らかに口から、白い息が見える。ヤミキが興奮している。そう、感覚的、野生的に理解した。


「お前、見えているのか。殺さなきゃ。「あの方」に怒られる……」


 殺される。そう私の頭が直感した。次の瞬間から足の震えが止まらなくなった。


 駄目だ、ヤミキの負の感情が流れ込んでくる。黒々とした煙が心に入ってくる。苦しくて、苦しくて、息がしづらい。


とうとう大型のヤミキはこちらに走って来た。けたたましい雄叫びと共に。


「どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう―」


 動悸が止まらない、足の震えも。今、自分が立てている事が不思議で仕方が無い。


『落ちついて、霧島さん。とりあえず、右三十度方向に走って。早く!』


 ―彼の指示に従った方が身のためですよ―


 私は銃を急いでホルスターにしまい、彼らの指示通りに動いた。


 (今は自分の気質に振り回されている暇じゃないでしょ!)


 ヤミキは私に当たるスレスレを突進し教室の壁にはぶつかった。避けられたが、少しタイミングが遅れて、制服の端が破れてしまった。しかし、不思議なことに壁は無傷だった。おそらく、ヤミキは実態こそ無いがヤミキを視認した者にだけ影響を与えるのだろう。


 ヤミキは、


「お前。逃げるな。俺に支配されろ!」


 とこちらを睨みながら言った。


「はぁ、はぁ。助かったよ。神崎くん」


『安心するのはまだ早いよ。霧島さんは能力を使って特性を随時教えて。それから。次、一秒後にジャンプ、その後、後ろに六歩』


「分かった!」


 私は奴から距離をとった。攻撃を避けながら情報を神崎くんに伝えた。すると、私は異変に気がついた。


「ちょっと待って。奴の目が……」


 ヤミキの目が赤黒く光った。血走った目というのはまさにこれを指すのだと悟った。


『まさか、あれは真眼……』


(ヤミキが私たちと同じく能力を持っているってこと……)


 ―いいえ、魔眼です―


『魔眼だと』


「魔眼ですって!」


聴き慣れない単語を二人のエレキが発した。


 ―『魔眼』はヤミキが所有する目で真眼と同様に能力を持ちます―


 ヤミキは赤黒い眼光を私に向けてきた。そして、先程までの一・五倍のスピードで突進しながら


「支配、支配する!」


 と言った。


『なに!すぐさま、廊下に走れ!』


 小さいながらも力強い彼の指示を聞き、奴からの攻撃を避けた。そして、廊下に走って出た。


「雨、能力を発動させて」


 目に青い白い光が集まる。目が青くなった。


 ―やっと僕の出番ですか―


 少し、雨の声が低くなった気がした。


 私は追ってくるヤミキの方を向いた。


 ―あのヤミキは超パワー系、突進と噛みつきが主な攻撃。能力は身体強化。弱点は脳天、つまり額の中央の辺―


「ありがとう、雨。神崎くん、この後、どうする?」


『そろそろ、攻撃に転じるよ。霧島さんからの情報を元に行動方式、弱点の掌握は出来た。君の視界に僕に見えている視界を送る。雪、頼む』


 ―分かりました。表示します―


「うわ、すごい。いつも、こんなのが見えているの?」


 目の前が青くなり、奴の行動予測線が表示された。そして、弱点が赤く示された。


『この前まではシガレットを咥えないと能力を発動出来なかったけど、雪と対話した事でその制限が外れたんだ」


(エレキとの対話の効果は能力の開放以外にも、拡張の効果があるんだ)


「まず、廊下の端まで行って!そして、奴に向けて銃を構える。背中を壁につけて、脇を閉める。反動に負けないように!』


「そうね、さっきの二の舞にはしない。これなら……」


 私は廊下の端の壁に背中をつけると深呼吸をして、銃口を奴に向けた。例に漏れず、奴は壁にぶつかりながら突進してきた。


「支配、支配、支配されろ。俺に支配出来ないものなど無い!」


 幸いにも前かがみである為、弱点は狙いやすい。息を整え、トリガーに指を添える。息を落ち着けると、視界内にターゲットスコープが現れた。二つの円が丁度、重なる。


「「いっけー!」」


 私と神崎くんの声が重なる。私はトリガーを引く。今度は壁が反動を吸収したおかげで真っ直ぐに弾が飛んだ。その弾は風を切り、奴の脳天を撃ち抜いた。石が割れるような音がした。奴は私に当たらないギリギリのところですべり倒れた。ヤミキは、


「我が主の元へ導きたまえ。」


 とだけ言って、力尽きた。


「はぁはぁ―危なかった……」


 私は安堵の息を吐いた。


 見ると黒々とした宝石のような石が脳天からこぼれ落ちた。それはすぐに砕け散り、空に消えた。ヤミキは可愛らしい小鬼になり、教室へと続く赤黒い影をたどっていった。私は小鬼に着いていった。


 小鬼は教室に戻ると宿主である彼女の足元の影の中に入っていった。彼女は突然、涙を流した。彼女は不思議な顔をしながら涙を拭いた。辺りが騒然としている。これが浄化ということのようだ。

 

 その後私たちは何体ものヤミキを浄化した。そのヤミキたちは実体を持たない黒い靄のようだった。先ほどのヤミキとは違い、魔眼を持っていない様だ。ゲームで言う所の雑魚敵と言ったところか。彼の的確かつ具体的な指示のおかげで着実に浄化出来た。

 

 最後に「武藤美玖」のクラスに向かった。

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