第12話<ドキドキの通学路>

「霧島さんは別に誰にも見えないんだから、制服を着なくても」


 僕は通学路を歩きながら言った。


「だ・か・ら。これ以外、外に着ていく服ないのよ。家でなら神崎くんの服を着ればいいけど……。なに!私に男物の服を着て外に出ろって言う訳!見えないからって、そんなの無理」


 彼女の発言を改めて聞いてドキッとした。確かに家で彼女は僕の服を着ていた。ずっと制服を着ているのは衛生的にも良くないと思ったからだ。


(ただ、改めて聞くと、自分の服を異性が着ている……)


 思春期を過ぎた高校二年生でも気恥しい。


「そんなつもりで言ったんじゃないって。そうだ、今度、服を買いに行こうよ」


 僕はしまったと思った。


(僕と彼女が一緒にいられるのは―)


「何言ってんの?ヤミキを浄化すれば、私は皆から視認されるんでしょ。神崎くんには感謝しているけど共同生活は今日で終わりよ」


 彼女は小馬鹿にしたようにそう告げた。僕は焦りと喪失感を隠しながら、


「はは、確かにそうだったね。僕としたことがうっかりしていたよ」


 と言った。彼女とまだ一緒にいたいという感情が滲み出てしまったのだ。手の平から水が滴り落ちる感覚がした。僕は話題を変えた。


「でも、どうしようか。浄化するって言ったって、まず霧島さんを非表示した奴を見つけないと」


 彼女は肩を落としながら言った。


「主犯格は大体分かるわ。ただ私を非表示にした全員はわからない。だから、しらみ潰しにクラスを回ってヤミキを見つける。学年をまたいでいたとしても半日で終わると思う」


「霧島さんは視認されないから自由に動けるしね。じゃあ、僕はサポートに徹するね」


「そうね。止まった相手なら弾を当てられるけど、動く相手には当てられそうにないもの。私、前世ガンマンじゃないだろうし。あなたの能力、高速演算のサポートがあれば、それも可能でしょ」


(霧島さんが僕を頼りにしてくれている?!)


 僕は心の中で感動を噛みしめた。そして、提案した。


「じゃあ、よりサポートしやすくする為に感覚共有機能を起動しよう」


「うん……」


 僕は視界内にある設定から感覚共有機能のアイコンをタップした。そして、僕は彼女と見つめ合った。この行為は盗視つまり視覚を勝手に共有される事、盗聴を防ぐための工夫だ。見つめ合う時間は十秒。


(昔の有名なメンタリストは五秒~七秒異性と見つめ合うと脳が一目惚れしたと勘違いしてしまうと言っていたっけ。本当かどうかは知らないが、もしそうなら願ったり叶ったりだ)


 僕はニヤケないように唇を軽く噛んだ。目を逸らせば、また同じことをしなければならない。そんな事は耐えられない。


 十秒経ったのか、視界の中心に彼女の見ている世界がスクリーンとして表示された。自分の赤面した顔が滑稽ですぐ様、彼女の目から視線をずらした。スクリーンを最小化させ、いつでも開けるように待機させた。拍動する心臓を落ち着けながら僕は彼女の方を再度見て、


「これでOKだね。さあ、行こう!」


 と意気込んだ。



 霧島は止めた息を吐いた。とても恥ずかしかった。こんなにも長い時間、男の人と見つめ合ったことはない。でも、どうしてだろう。彼と見つめ合うことがどこか懐かしく、どこか切ない。


(あぁ私は楽しかったのかもしれない。彼との共同生活が)


 たった数日だったけれど。それが終わってしまう。しかし、いつまでも世界から消され『死んだ』ままであるのも問題だ。知り合って間もない彼に支えられ続ける訳にもいかない。


(それに……彼はもしかすると、私が心に決めていた人かもしれない)


 そう言えば、彼の告白にハッキリと答えていなかった気がする。あのときは強がってしまったけれど、今なら本当の言葉が伝えられるかもしれない。


(今日の作戦が無事に終わったら……私は……。って、今は作戦に集中しないと)


 私は両手で頬を叩いた。私は決めたらやり切る女だ。

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