第6話<後悔と二度目の出会い>
「どうしよう」
零れた言葉が夜に溶けて消える。
霧島知里は<4月13日午後8時>と表示された視界内のホログラムを端に置き、公園のベンチで膝に顔を埋めながら呟いた。
神崎くんには強がってみたのはよいものの、皆やっぱり私が見えていない。親元を離れていて良かった。捜索届けを出されるところだった。しばらくすれば自分の存在は無くなる。それだけ電視で非表示になることの影響力は強い。怖い感情と無力感が私の心に満ちていく。
どんなに日中が暖かいとは言え4月の夜はまだ寒い。唯一私が見える彼に助けを求めれば良かったと今更に思う。
明日は土曜日。つまり、誰にも見えない状態で二日間暮らさなければならない。一番の問題は食事だ。食べ物を購入出来ないため、大変である。
ぐうぅ―お腹が鳴った。朝から何も食べていない。
「なんで私がこんな目に……」
実際は分かっているくせに、言葉を吐いてみた。この発言はただの逃避に過ぎない。あれは高校1年生の中盤のことだった。
「ねぇ、霧島さん。工藤くんからの告白断ったって本当?」
「えぇ」
あぁ多分彼女「武藤美玖」は工藤くんに好意をもっていたのだ。私は昔から他人の芯にある気持ちを汲み取ることが出来た。彼女は金色の長い髪を後ろになびかせた。耳のピアスが光った。
「あの工藤くんの告白を断るとか、お高くとまっているんじゃない?」
「そんなことないよ」
この言葉に嘘はない。ただ単に工藤くんがタイプではなかったというだけだった。私の第六感が彼の存在を拒否している。彼は自分に自信があって、どこのグループにも属さないで自由に交流を楽しむ私に興味本位で告白してきたみたいだった。自分に落とせない女はいないと鷹を括っていたのだ。
私はそんな人の恋人になんてなりたくなかった。それに私には幼少期から心に決めている人がいる。風柳学園に来たのもその人を探す為。
武藤さんは工藤くんが私に告白したと聞いた時、酷く焦ったのだと思う。それと同時に私が振ったことを聞いた時、きっと彼女は安堵し胸を撫で下ろしたことだろう。しかし、気に食わなかったのだ。自分の好きなものが、けなされたかのように感じて。
私は知らなかった。彼女が風柳学園内でも有数の大きなグループの中心核だったなんて。無知は罪だ。
初めは軽いイジメだった。靴を隠されたり、教科書がなくなったりした。しかし、私はそのことを先生に相談することは出来なかった。彼女のイジメが激しさを増したら困るからだ。私はどんどん心を閉ざしていった。彼女たちの悪意の心がこれ以上私の心と共鳴して、浸食してこない様に。
その思いとは裏腹にイジメはだんだんと過激になっていった。放課後に校舎裏に呼び出され殴られたり、制服をビリビリにされたりした。その日は泣きながら制服を直した。
私にひとかけらでも勇気があれば、こんな事にはならなかったかもしれない。ただ、私は心を閉ざして、生きる事しかできなかった。殻に閉じこもっておくことしか私には出来ない。
新学年になって、これで終わると思っていたけど私は彼女らに消されて『死んだ』。
異変に気づいたのは朝、風邪じゃないかと感じる悪寒に襲われたのと、その後、学校に行く時に道行く人にぶつかってしまった時だ。私はすぐさま、そのぶつかった人に謝ったがその人は首をかしげながら何も言わずに去っていった。思えばぶつかる瞬間、相手には躊躇がなかった。あまりの勢いに転んでしまう程に。
私はいじめの終了と人生の終了の両方を迎えた。私は『死人』になったんだ。
人間の非表示の手順は簡単だ。風柳学園に在籍していれば更にだ。個人を特定出来る情報と顔写真を電視に保存させるだけ。私の場合は学校名、生徒一人一人に与えられる生徒番号、生徒手帳の顔写真がそれにあたる。それを「武藤美玖」率いるグループ全員がやれば、簡単に、全電視利用者の視界から非表示にする条件の二十人は超えるはず。
「私、どうすれば良かったのよぉ!」
自然と涙がこぼれた。木のベンチに大粒の涙が落ちて、吸い込まれていく。
「霧島さん?」
私の冷えていた心臓が拍動した。この鼓動は―。
振り向くとなぜか神崎くんがそこにいた。
「霧島さん!こんな夜中にこんな所で何をしているの?」
「かっ、神崎くん!?神崎くんこそなんでここに」
私は急いで涙を拭いた。スカートの裾でベンチの涙も拭いた。
(彼とあのような別れ方をしたんだ。強気に接しなければ)
「僕は友達に助言されて、夜風に当たるために散歩していたんだけど……」
と言いながら近づいてきた。すると彼はおもむろに私の手を握った。
「なっ!」
また、私の心が拍動する。私は驚いて声を出したが、振りほどこうとはしなかった。心細かったからか、それとも人肌に触れたのが久しぶりだったからか、それとも彼の手から伝わってくる温かく優しい私を心配する気持ちを感じ取ったからかもしれない。
「霧島さん滅茶苦茶、手が冷たいじゃないか。それに泣いていたし―」
「泣いてないわよ!」
私は彼の手を払ってしまった。泣いていない。これは嘘だ。私は手を握られて安堵したのだ。私は一人じゃないと誰かが言ってくれた気がしたのだ。
「まぁ、いいや、なんで家に帰らないの?」
そんな私の夢見心地を彼は現実に戻した。私は抱き心地の良いクッションをとられた様な気持ちになり、少し、不機嫌になった。
「帰れるものなら帰りたいわ。でも、私は『死んだ』の。死人に家が持てると思う?」
私はツンとした態度で彼に接する。
実際、家に行ってみた。そしたら、表札が無くなっていた。不動産屋に行くと既に私の家は空室ありとされていた。私は急いで家に戻った。鞄に貴重品だけ入れて、行先も考えず、家を飛び出した。
なぜ今、神崎くんの家の近くに迷い込んだのかは分からない。気が付いたら、この公園に来ていた。
「もうそこまで電視の影響が……。じゃあとりあえず僕の家近いから来なよ」
彼の提案に下心がないことは分かったが、だからと言って、行くかと言われれば、それは別問題だ。
「嫌よ。そんなの。誰が神崎くんの家なんかに」
私は顔を背けた。
(正直、いますぐにお邪魔してシャワーを浴びたい。でも、一人の女として、その提案には乗れない)
「そんなこと言ったって行くところないよね」
(正論ばっかり言わないでほしい)
「いいから、ほっときなさいよぉ」
急に体が重くなった。多分、体力の限界だったのだ。バタン―私は崩れ落ちるようにベンチに倒れ込んだ。意識が刈り取るような感覚に襲われた。
「霧島さん!大丈夫?とりあえず運ばないと―」
遠くで神崎くんの声が聞こえる。情けないなと思いながら彼の背中の温かさに溺れる様に深い眠りに落ちた。
僕は霧島さんをおんぶして自分の家に連れて帰った。
「まさか、霧島さんに会えるなんて……」
本当にまさかである。誠に感謝をしなくてはならない。やはり、誠の助言がある時には何かが起こる。
僕は家の鍵を頑張って開けて、
「まずはベッドに……」
と僕はそっと彼女をベッドに寝かせた。きっと相当疲れていたのだ。
「ゆっくり寝れば大丈夫だろう。これからの事は目を覚ましてから話し合えばいい」
僕はリビングのソファに横たわり、目を閉じた。
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