第171話


「アリサ団長、大丈夫でしたか?」


 魔王城から戻った俺達に話しかけてきたのは、城に入る前にアリサに話しかけてきた魔法師であった。

 

「大丈夫よ。それより、外では何か変わったことは無かったかしら?」

「はい。特に問題のあるような魔力の動きは確認できませんでした」

「――そう」


 男の言葉を聞いたアリサが一瞬、俺の方を見てくるが、すぐに視線を逸らした。

 何か含みがあるような感じであったが、意図がさっぱり読めない。


「そうそう、アルス君。報告は私の方からしておくから、貴方は帰っていいわよ?」

「――え? それは……」

「さすがに、もう日が暮れるから子供を長時間拘束しておくのは周りの兵士にもよくは思われないから理解してくれると助かるわ」


 そんな言い方をされたら無理を言って報告に付いていくことは出来ない。

 俺が時巡りをしている事を知っているのは極一部の関係者だけなのだから。

 普通は、子供が作戦に参加するだけで兵士たちからは良い印象は持たれないと思う。

 兵士たちは、民を守るが仕事なわけで――、しかもシューバッハ騎士爵の何の力も持たない子供が前線に来ていること事態、異常だともいえる。

 ここは一度、引いておいたほうが無難だろう。


「わかりました。フィーナ、戻ろう」


 フィーナの手を握って歩き出そうとすると「アルス君」と、再度、アリサに話しかけられた。


「何でしょうか?」

「フィーナさんは、一応は軍属だから今日は一緒に帰ることはできないわ」


 アリサの言葉に俺は足を止める。


「フィーナも、軍属とはいえ子供ですが?」

「それでも無理よ。だって時間がないでしょう? 城から持ち出した物を調べないといけないし、そのためにはアイテムボックスが使えるフィーナさんが必要不可欠だから」

「フィーナ……」

「アルスくん、大丈夫。いつものことだから――」

「そうか……」

「それじゃアルス君は、アルス君にしか出来ないことを頑張ってね」

「――はい」


 反論の余地がないほど、丸め込まれてしまった。

 正直、自分の立場が微妙だと言う事も理解している。

 ただ、どこか俺に知られたくない感情が一瞬、アリサの瞳の中に見えた気がした。




 ――山を下りて家に戻ったのは、完全に夜の帳が下りる前であった。

 家の戸を開けて中に入る。


「アルス!」


 母親は台所で料理をしていて、俺の姿が見えると同時に小走りで近寄ってくると抱きしめてきた。

 

「お母さん。一体、どうしたんですか?」

「お父さんがね、アルスが城の中に入っていったって教えてくれたから――」

「そうですか……」


 アルセス辺境伯よりも、俺の父親の守秘義務はどうなっているのだろうか?

 せめて事後確認くらいにしておいてもらいたいものだ。

 いくら、母親を説得すると言っても、こちらの動きが、母親に筒抜けというのは、あまりにも情報の扱いが杜撰な気がしてならない。


「――あれ? そういえば……、お父さんは?」

「アドリアンならね、急に兵士が呼びにきて、すぐに川向こうのアルセス辺境伯軍の陣地に戻っていったのよ?」

「……急に?」

「ええ、それがどうかしたの?」

「――いえ」

 

 俺は母親の問いかけに何でもないように答えながらも、どこかおかしいと自分自身に問いかける。

 そもそも、シューバッハ騎士爵邸に戻ってくる間に父親であるアドリアンと会っていない。

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