第170話


「アルス君。それが読めるの?」

「――あ、はい……。なんとなくですけど……」

「フィーナちゃん」

「あ、はい!」


 俺とアリサの話を聞いていたフィーナはアリサに語りかけられるとハッとした表情をしたあと、彼女の問いかけに答えていた。


「その本には魔法的要因は感じられないからアイテムボックスに仕舞っておいて。ここで見るよりも、アルセス辺境伯へ一度、報告したほうがいいから」

「わかりました」


 フィーナは頷きながら俺の方を見てくる。

 今回は、アリサが一緒に行動するというアルセス辺境伯の提案で魔王城に入る許可を得ている。

 その彼女の指示を彼女の指示に同伴と言うとあれだが、アリサが俺達の行動指針を決める形となっている。

 それに――。

 日本で言うところの広辞苑と同じくらいの大きさの本を持ちながら移動するのはナンセンスだ。

 

 フィーナは俺が差し出した本をアイテムボックスに仕舞うと、そのあともアリサの指示に従ってアイテムボックスにアイテムを収納していく。

 



 ――全てのアイテムを収納したのは1時間後。

 現在、俺達は魔王城の部屋を物色している最中で――。


「それ、結界の維持で使われているから! 触ったらダメよ!」


 アリサが指摘したのは、椅子に嵌め込まれていた宝石。

 俺が燭台を使って取り外した宝石が結界の維持に使われているとは、思っても見なかった。


「どうかしたの?」


 アリサの言葉に俺は目を逸らしながら「何でもないデス」と、答えるのが精一杯であった。


「アリサさん。ずいぶんと結界を維持するための宝石が城の至るところに散りばめられているんですね」

「そうね。これだけ大規模な物を私は見たことがないわ。それに……」


 アリサは、開かずの扉を見ながら溜息をついている。


「これほど、高度な魔法は現在では存在していないわ。あと、宝物庫や武器庫などで手に入れた物についても技術が1000年前に断絶した物ばかりなのよね」

「そうなんですか?」

「ええ。一応、書物は残っているのだけど……」


 アリサは扉に描かれている剣に蔓が這ったような文様に手を当てながら「こんな所に帝政国の北方に存在していたと言われているクレベルト王家の文様が使われているのは、どうしても理解できないのよね」と、独り言のように呟いている。


「アリサさん」

「何かしら?」

「以前にも、魔王城の正門に書かれている名前を見て言っていましたよね? クレベルトなんとかって」

「そうね。シャルロット・ド・クレベルトのことね」

「有名な人物なんですか?」

「有名と言えば、どうなのかしら? 史実は、どうかは分からないけど、リメイラール教会の聖典には、当時に亜人排斥を行っていた別組織と戦っていた人物と記されているのよね」

「なるほど……。亜人排斥というのはエルフのことですか?」

「…………そうね。獣人も含まれるわ」


 俺の問いかけに少し合間を空けるとアリサは答えてきた。

 それにしても……。


「亜人排斥をしていた組織と戦っていた人物。そのような人間が魔王城とどのような関わりがあるのか気になりますね」

「そうね。こんなこと、リメイラール教会に知られたら大問題になるわ」

「教会の聖典には聖女と書かれているんでしたっけ?」

「ええ。だから、フィーナちゃんもアルス君もクレベルト王家が、魔王城に関わっているということは口外禁止よ?」


 アリサの言葉に、フィーナが緊張した面持ちで頷く。

 俺は、そんな二人を見ながら小さく溜息をついていた。


 やはり魔王城の鍵を握っているのは、開かずの扉と宝物庫で手に入れた日本語で書かれた本であることに間違いは無さそうだ。

 そして、俺がシューバッハ騎士爵領に転生してきたのは、やはり偶然ではないというのが薄々理解出来てしまう。


「それでは、調査は終わりにして戻りましょう」


 アリサの言葉に俺達の魔王城の調査は終わりを告げた。

 

 

  

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