第138話
俺の言葉にアリサは座り込み、俺と目線を合わせると首をかしげ「そうなの? 試してみない?」と問いかけてきた。
俺はそっと目を逸らしながら「い、いえ――、別に興味はないですし……」と、言葉を返す。
正直なところ、以前に魔王が復活したタイミングと何が問題だったのか? という因果関係が実証できていない以上、余計なことはしないほうがいいと言うのが俺の見解だ。
まぁ、炭塵爆発で魔王を倒した後に余裕があれば城内を探索するのがベストだろう。
――魔王を倒した後に、城が残っていればの話だが……。
「むー。1000年前の遺産があるかも知れないのよ?」
「1000年前と言われても、僕は生まれていませんし……、いまの生活には、それなりに満足していますので」
「――本当に満足しているの?」
アリサが俺の瞳を真っ直ぐに見ながら語りかけてきた。
「何を言って……」
「だって――、アルス君は気がついていると思うけど……」
「――はあ?」
「貴方のお母さん、少し変な気がしない?」
「どういうことでしょうか?」
「えっとね……、これは魔法師としてじゃなくて長年人を見てきた経験からだけどね。溺愛にも限度が――」
「アリサ団長、門に書かれていた文字の解析が概ね終了いたしました」
「――うっ!? 分かったわ」
アリサは、魔法師に所属している団員の一人に連れられて魔王城の城門へと向かっていった。
俺は彼女の小さくなっていく後ろ姿を見ながら思わず溜息をついた。
母親がおかしいのは前からだ。
息子を溺愛するという範疇から、かなり逸脱しているのだって知っている。
それでも、俺にとって――アルスにとって母親は彼女だけで、最後まで守ろうとしてくれたのも母親だった。
だから、そんな母親を変だと言ったアリサに、怒気を孕んだ言葉で思わず応じてしまって――。
「駄目だな……」
俺は木に体を預けたまま、木の根の上に腰を下ろす。
どうも、5歳の体になってからと言うもの自分自身の行動に抑制がつけにくい。
いけないと思いつつも感情的になって対応するのは大人の行動とは言えない。
もっと論理的かつ理論的に行動しないといけないな。
「アルスくん、疲れちゃったの?」
「――んっ?」
俺の名前を呼んできた女性の言葉に、俺は顔を上げる。
そこには、アルセス辺境伯邸で魔術を教えてくれたアリサさんが立っていて、俺を心配そうな顔で見下ろしてきていた。
「はぁ……、アリサ先生ですか――」
「ええ? 隊長と受け答えに差があるのが納得いかないのだけどぉ」
「いえ――、あれです。魔法師団長となると、こちらも緊張しますから、それでつい――」
「そう、それでどうだったの? アルス君が魔法を使えるようなことをアリサ団長は言っていたけど?」
「そうですね。一応、魔力を溜めることが出来るみたいです」
「そうなの?」
「はい」
「それは、良かったわね。もしかして、それで疲れているの?」
「そうでもないんですが……」
俺は、アリサ先生の話に肩を竦めながら答える。
実際のところ、殆ど活動していないから疲れてはいない。
だが、どうやら周りから見た印象は違うようだ。
塞ぎ込んでいるようには見えていて、それが疲れていると思わせる要因なのだろう。
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