第30話

 それでも、俺は婚約をするなら、きちんと男らしく自分の意志で彼女に気持ちを伝えたい。

 自分勝手な一人よがりだって事は分かっている。

 それでも……それでも……。

 俺は、偶然と勘違いだけで紡がれた縁を利用して、そのまま進みたくない。


 婚約というのは結婚だ。

 そして結婚というのは契約だ。

 俺は、社会人として営業マンをしてきて契約がどれだけ大事なのかを知っている。

 いい加減な気持ちで契約した仕事というのは、いい加減な結果しか残せない。


 だからこそ!


 俺は、誠実に彼女に自分の意志を伝えたい。

 その結果が見限られたとしても――。

 俺は、その結論を受け入れてみせる!


「話がある……」


 俺は前世の言葉遣いでアリサに話かける。


「――え?」


 一瞬、驚いた表情を見せたアリサは、「アルス、どうしたの?」と語りかけてきた。

 俺は、アリサの言葉に答えず玄関と台所が面している一室から居間の方を見る。


「お父さん、お母さん……話があります」

「どうしたの? アルス?」


 母親が、俺の顔を見て何かを察したのだろう。

 俺に何があったのか問いかけてきた。


「わかった。重要な話なんだな?」

「はい」


 父親の言葉に俺は頷く。


「アリサ殿。どうやら、息子は貴女にも話があるようだ」


 父親であるアドリアンの言葉にアリサも頷くと居間には、俺とアリサに父親と母親の4人になった。

 狭い部屋だというのに、かなりの人口密度だ。


 全員が座ったのを見ると俺は正座をする。


「それで、アルス。大事な話とはなん……だと……? それは、何の真似だ?」

「これは、土下座と言います」

「それは、知っている。最上位謝罪をどうして、ここでする?」

「申し訳ありません! 僕は、勘違いをしていました」

「勘違い? 何の勘違いだ?」

「僕は、ずっとアリサ先生とお父さんとお母さんが何に悩んでいるのか知りませんでした!」

「ふむ……」


 俺の話を聞いた父親は、思案する表情を見せてくる。そして……「続けろ」と話かけてきた。


「僕はアリサ先生との仲を師弟関係……つまり師匠と弟子の関係だと思っていました」

「――何? それは、つまり……お前は、私の問いかけに対しての答えを謀り、アリサ殿に語った恋文すら嘘だった。そう、言いたいのか?」

 

 父親の額に青筋が浮き出た。

 一目で怒っているのなんて一発で理解できる。

 アリサ先生なんて大きな青く美しい瞳から涙を零して「全部、私の勘違いだったのね……やっぱり誰も私のことなんて……」と呟いていた。


 そして、母親は「やっぱり! ねえ? やっぱりでしょう! 私の言ったとおりだったでしょう! 小さい頃の好き! 大好きはね! 大きくなったらお母さんと結婚するんだ! ――って言うのと同じだって言った通りだったでしょ! つまり! 小さい頃の好きは本当の好きじゃないのよ! でも、私はアルスが好きだから! アルスもお母さんのことが本当に好きよね!」と、喜びの笑顔をアリサ先生と父親に向けていた。

 

「どうなんだ! 答えろ! アルス!」

「僕は――いえ、俺は! アリサ先生……アリサが好きです!」

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