七章
とある昼下がりのことでございました。
いつものように森の中のベンチに腰掛けていたわたくしたちの前に、葬列の一行が通りかかりました。
故人はきれいな女の子で、その子はわたくしどもの領地の森番の娘でございましたから、わたくしも何度かお見かけしたことがございます。
お可哀想に、お父さまは打ちひしがれたご様子で、お嬢さんの棺の後を歩かれておりました。
あのお方にとって大切な一人きりのお嬢さんでしたから、さぞお辛いはずです。お顔をくしゃくしゃにされたお父様の足取りは当然重く、その後ろを村人たちが二列に並んで葬送歌歌っておりました。
わたくしは、悲しみと鎮魂の列に敬意を払うべく、立ち上がり村人たちの清らかな歌声に加わりました。
しかし、少しだけ歌ったところでわたくしは歌うのを止めました。カーミラがわたくしの腕を荒っぽく掴んだからでございます。
「やめて、やめてったら。その耳障りな歌をやめてちょうだい」彼女は苦悶の表情を浮かべながら言うのでした。
「そんなことないわ。とても素敵な歌じゃない」
わたくしは歌を邪魔されたことにむっとして言い返しましたが、わたくしどもの争いを参列者の方が見て、気分を害さなければと内心はひやひやしておりました。
わたくしが再び歌い始めると、カーミラは怒ったように遮って、小さな手を耳に当てて音を遮るようにしました。
「もうだめ、耐えられないわ。この際はっきり言っておくけれど、あなたの信じている宗教とわたしの宗教が同じだと思わないでちょうだい。あなたたちの神の決まりごとはわたしにとって窮屈だわ。それにわたし、お葬式が嫌いなの。なんて大げさなことでしょう。人は誰だって必ず死ぬの。みんなそうだわ。それにね、人は死んだ方が幸せなのよ! さあ、もう行きましょう。これ以上わたしをここにいさせないで」
「お父様は牧師様と先に墓地に行っているわ。あの娘さんが今日埋葬されることは、あなたもご存知だとばかり思っていたのだけれど」
「さぁ、どうだったかしらね。村人のことなんかいちいち覚えてられないわ」そっけなく言うカーミラでございましたが、その目は何故だか輝いておりました。
「とても悲しいことだわ。あの娘さん、十日前に幽霊の姿をみてから途端に体調が悪くなったの。そしたら昨日の晩に」
「よして、幽霊の話は。今夜は眠れなくなるじゃない」
「スペイン風邪ではないみたいだけど……それでも流行り病かもしれないわね」話を嫌がるカーミラをよそにわたくしは続けました。
「先週にも郵便配達員の奥様が亡くなられたのだけれど、その人も亡くなる前、幽霊に首を絞められる夢を見たそうよ。体が高温になる病に侵されている時って、人は稀にそうした幻覚を見ることがあるそうよ。お父様がそうお話されていたわ。その奥様、その前日はとても元気だったのに、幻覚を見てからは一週間で亡くなってしまったの」
「ではその方の葬式はもう済んでいるのね。あの嫌な歌を聴かなくてすむのかしら。耳障りな音色に意味の分からない歌詞、その全てがわたしを苦しめる。あなたには分からないのかしら、この痛みが。いいわ、それでもわたしは構わない。でも、せめてわたしの隣に座って。もっと近くに。そしてわたしの手を握ってちょうだい。強くよ! その手を離さないで! わたしを握り締めてローラ!」
わたくしたちは来た道を引き返しまして、それから別の場所のベンチの前へとやってきました。
カーミラは急ぎそのベンチに腰掛けると、わたくしはその彼女の変わりようにひどく狼狽えました。あの朗らかな、まるで天使が服を着て歩いているかのような美しい今までのカーミラはおりません。
表情には影が差し、ただでさえ白いお顔が白を通り越し青くすらなっています。歯を食いしばり、拳は硬く握られながら、眉間に皺を寄せ、下唇をぎゅっと噛み締めながら下を向き地面を睨んでおります。
まるで発作を起こされたかのように体中をぶるぶると震わせながら、苦しみと戦っておられるようでございました。
やがて苦しげな嗚咽を一つ漏らされると、彼女は口を開きました。
「あなたにとっては美しい賛美歌でも、それによって苦しめられる人もいるものなのよ。抱いて。わたしを抱き締めて。そうすればわたしは、この苦しみを癒すことが出来るの」
それからしばらくして、徐々に発作は治っていきました。今の出来事がわたくしにとって良くない印象を抱かせたと思ったのでしょう。カーミラはその帰り道はいつも以上に饒舌でございました。
カーミラの体が弱いことは聞き及んでおりましたが、実際にその場面を見たのはその時が初めてでございました。
ですが、散歩で疲れていたとはいえ、賛美歌の歌声を聞いただけでああも取り乱すものなのでしょうか。わたくしは医学に明るくないとはいえ、それは初めて聞く症状でございましたので、大変驚きました。
もしかすると、これは肉体的な苦しみよりも、精神的な苦しみだったのではないでしょうか。しかしそのことについて後日尋ねてみても、遂に答えを知ることはありませんでした。
さて、この時のカーミラは怒りの感情を表に出されておりましたが、わたくしが記憶する限り、これはとても珍しいことであったと付け加えておきます。彼女がお怒りになったことは、これを除いてはただの一度きりでございます。それはわたくしどものお城に、一台の車がやってきた時のことでございました。
車と申しましても、カーミラが乗っていたような大変古めかしい馬車のような車ではなく、近頃ではすっかり見慣れたドイツ製の最新式でございました。
わたくしはそのドイツ車がお城に来る様子を、細長い居間に並ぶ四つの大きな窓の一つからカーミラと一緒に眺めておりました。
わたくしは一体どなたが訪ねてきたのか全くの見当がつきませんでしたので、その車の扉が開かれるのを今か今かと待っておりました。
しかし、車から降りられた人物の着ている服装を見て、わたくしは酷く恐ろしい気持ちになったのでございます。
その方は長身の男性で、黒い軍服に身を包んでおりました。その黒い軍服は、噂に違わぬ漆黒で、それはナチスの親衛隊であることを示す制服でございます。
親衛隊の男性はお一人で来られたご様子で、未だ遠くてお顔は拝見出来ませんでしたが、親衛隊のお方が我がお城に何のご用であったとしても、それは決して良いご用ではないだろうとわたくしは身構えておりました。
窓の外を見ていると、車の出迎えに表に向かった従僕の一人が、その男性を見て驚いているようでございます。しかしそれは、親衛隊に対する敬意や畏怖ではなく、何やら懐かしい人に会ったというような様子でございました。
従僕の反応が気になったわたくしは、居間を出て玄関広間に向かいますと、そこでは先にいらしていた父と親衛隊の方がお話をされておりました。親衛隊のお方は髑髏と鷲の徽章が入った制帽を脱がれておりまして、ようやくお目見えした顔はわたくしのよく知る人物でございました。
「カーチス? あなたはカーチスね。そうだわ、間違いない。ああ、なんて懐かしい」
カーチスはかつてこのお城で従僕として働いていた使用人の一人でございます。カーチスは長身で金髪の見目麗しい殿方でございまして、とても細かいところまで気配りの出来る優秀な従僕でございました。
わたくしが十四の頃までお城で働いておりましたが、体調を崩されたお父様の看病をなさるために、我が家をお出になられたのでございました。
「はい、お久しゅうございますお嬢様。とてもお美しくなられて、私は感動いたしました」そう言うとカーチスは、使用人だった頃と同じように、わたくしに恭しくお辞儀をしました。
「君のお父様はどうしてるかな」と申したのは父でございます。
「私が暇を頂いて実家に戻った翌日に、父は身罷りました」その言葉を聞いて申し訳なさそうに顔を落としたお父様に、カーチスは慌てた様子で声をかけました。
「旦那様が気に病むことではございません。父の病は私が思っている以上に進んでおりましたから、どのみち長くはなかったのです。むしろ旦那様の寛大なお心遣いによって、私は父の死に目に立ち会えたのですから、これを感謝しなければなりません。遅くなりましたが、ありがとうございました。お礼のお手紙を書かずにいた非礼をお許しください」
「それはいいんだ。君もさぞ辛かったろう。それよりだが、風の噂で耳にしたが、君はドイツの軍隊に入ったと聞いていたのだが」
父は何故カーチスが親衛隊の制服を着ているのか気になる様子で尋ねました。
それはわたくしも気になっていたところでございます。心優しい両親思いのカーチスに親衛隊の制服は似合わないと思ったからです。
「私はしばらくミュンヘンで母と生活し、工場の仕事をして暮らしておりましたが、その暮らしは決して楽なものではなく、母の体調も日に日に悪くなるばかりでした。そこで仰る通り私は軍に入ったのでございます。それは母にいい暮らしをしてもらう一心でのことでしたが、一兵卒の給料では母を養うには十分とは言えませんでした。私はまだ若いですが、士官になる試験を受けるには年を取りすぎておりました。ちょうどその時に親衛隊の募集を見かけて、応募いたしました。親衛隊は国防軍にいるよりも士官になれる可能性があったのです」
「なるほど、それで今は士官か」
「はい、なんとか去年に少尉の位を」
「そうか……」と父は何やら難しいお顔をされていましたが、わたくしはカーチスの動機が昔と変わらず親思いから来ていると知って安堵いたしました。
「積もる話もあるだろう。こんなところでいつまでも立ち話という訳にもいかない。どうだろうか、居間でお茶を用意させよう」
父は久しぶりに訪ねて来た昔の使用人をもてなそうと家族の居間に案内しましたが、カーチスはそれを断りました。
「いいえ、旦那様。例え今はそうでなくとも、私は元々階下の人間です。旦那様と同じ席でお茶を飲むなど恐れ多いこと。今日はたまたま近くを通りかかりましたので、かつての非礼のお詫びと、変わりないお城の皆様へ挨拶に参っただけでございます。それでも旦那様がお許しいただけるならば、どうかかつての同僚達に会わせていただけないでしょうか。お城の皆様は、私にとっても家族同然でございましたから」
父はそれを快諾し、使用人が控える部屋へと案内するためにカーチスと廊下に向かわれましたので、わたくしもその後に続きました。
ちょうどその時でございます。わたくしは廊下へ通ずる扉の前にカーミラが立っているのを見つけました。
カーミラは離れた場所からわたくしを凝視しておりました。使用人部屋はカーミラが立っている廊下を抜けた先にございまして、わたくしどもはカーミラがいる方に向かって歩いていたのですが、カーチスは彼女に気がつかれると、驚いたような顔をなさって足を止めました。
「ああ、ご紹介が遅くなりましたわ。こちらのお嬢さんは訳あってお父様がお預りすることになった方で、わたくしの友達なの」
わたくしはカーチスが見知らぬご令嬢を前にして戸惑っているのではないかと思い、カーミラを紹介いたしました。
「そうでしたか。いや、あまりに美しい方でしたから思わず見惚れていたようです」
カーチスはそう申しましたが、その顔は明らかに見惚れていたようではなく、むしろ嫌悪感を抱いているように見受けられました。
「申し訳ありません、お客様。昔一度、どこかでお会いしませんでしたか。十二年前の夜、このお屋敷の前の吊り橋で」
「あなたもそう思うのね。わたくしも驚いたわ。確かに昔お会いしたお嬢さんと同じお顔をしていたのだから」
カーミラは何も答えませんでしたので、代わりにわたくしが答えました。「でもそれはお互いに確認したのだけれど、夢だったのよ。それは大変に奇妙な夢で、現実ではないわ」
「夢でございますか。いえ、確かにあれは夢であったのかもしれません。あの晩お嬢様の部屋に現れたという女性を探している時に見かけたお方は、確かに私の目の前で消えてしまわれたのですから。あれは間違いなく夢であったのでしょう」
この時にわたくしは、カーチスが見かけたという女性の話を思い出したのでございます。するとカーチスははっと何かを思い出された様子で口を開きました。
「そういえば、シュピールスドルフ閣下からお預かりしているものがあったのを忘れておりました」
「彼と会ったのかね」父は身を乗り出すようにお尋ねになりました。
「はい、ベルリンにて偶然に。立場が違うために長くお話することは叶いませんでしたが、大層お疲れのご様子でした。近々私がシュタイアーマルクへ向かうと話しますと、シュピールスドルフ閣下は旦那様とお嬢様にこれを渡すようにと私に託されたのです」
そう言って懐から取り出されたのは、長方形の鞣し革に何やら奇術めいた紋様が描かれたものでございました。
「これを彼が君に託したのかね」
「そうです旦那様。なんでも吸血鬼避けの御守りだそうで。何故このようなものを旦那様やお嬢様にお渡しせよと命じられたのかはわかりかねますが、なんにせよこれをお二人にと言われております」
そうしてわたくしと父はカーチスから奇妙な御守りを受け取りましたが、父はそれをカーミラへと贈りました。
「確かにこの辺りでは聞いたこともない不可思議な病が現れたし、一部の者は吸血鬼のしわざだと騒ぎ立てている。だが医学の心得がある私の立場にしてみれば、それを認める訳にはいかないな。とはいえあのシュピールスドルフ卿のことだから何か考えがあってのことなのだろう。どうせ守るのであれば老い先短い私なんかより、若者のこれからを大切にした方がいいだろう。だからこの御守りは、ローラとカーミラが持っていなさい。病は気からとも言うし、持っていて不利益があるとも思えないからね」
カーミラはその御守りをすんなり受け取ると、父にお礼の言葉を伝えました。
「ところでカーミラ様」カーチスはカーミラを見据えたまま口を開きました。
「あなた様はとてもお美しい銀の髪をお持ちですが、どちらのお出でございますか。東欧にはあなた様のような髪色の方が多く住む地域もあると聞き及んでおりますが、あなた様のお顔立ちはそれとは似ておりません。それどころか、むしろこの辺りの国の人間と変わらぬように拝見いたしますが、もしやご親戚の中にそのような方がいらっしゃるのですかな? いえ、この質問は取り下げさせていただきます。どうやら私はお嬢様の大切なご友人を怒らせてしまったようです。どうも士官になると偉ぶった言い方が癖になっているようでいけません。旦那様、お嬢様、どうかご無礼をお許しください。私はしばらくグラーツにおりますので、また訪ねてもよろしいですか? 今日のところはひとまず帰らせていただきます」
確かにカーチスの仰る通り、カーミラは忿怒の形相で彼を睨みつけておりました。
「いや、いいんだ。今日はよく来てくれた。また時間がある時に、いつでも訪ねてくれ。私は今でも君を家族だと思っているよ」
「有難き幸せです。旦那様」
そうしてカーチスは深々と頭を下げると外に出て、使用人の何人かに見送られながら車を走らせました。その車の影が見えなくなってもカーミラの怒りは収まっておりませんでした。
「元使用人の分際で、なんて口の聞き方をするのでしょう。わたしはあなたや、あなたのお父様に悪く言われるのは耐えられるわ。でも身分が違う者に、わたしの出自をでたらめに言われることほど我慢出来ないものはないの。これがわたしのお屋敷での出来事でしたら、わたしの父に命じて鞭打ちにしてもらうのに!」
それからしばらくの間、カーミラは誰も手がつけられないほど怒りを露わにしておりましたが、二時間を過ぎた頃にはすっかりいつも通りの温厚な彼女に戻っており、まるで先ほどのことがなかったかのように振る舞われておりました。
その夜の父は元気がありませんでした。
居間にやってくると、ココアを飲んでいるわたくしたちに向かってまた一人新たな病人が出たことを告げました。
しかもその症状は、先に亡くなった二人と全く同じだというのです。
病気に罹られたのはこのお城から一キロ離れた場所に住む、この領地の小作人の妹さんだそうで、話によるとその妹さんも他の二人と同じように何者かに襲われる夢を見たその日から、体調を崩されたようでございます。
「三人が三人とも同じなのだ」父はため息混じりに言いました。
「原因は自然の病気であることは間違いのだ。それなのにこの哀れな人々はお互いの恐怖を伝染しあい、それでいて隣人を蝕んだ病に狂気の幻影を見出している。それがいかに危険なことか、彼らはまだ分かっていないのだ」
「それでもわたしは、そのような状況にこそ、恐怖を感じますわ」カーミラはそう言いました。
「なぜそう思うのかな?」
「もし、そういうものが本当はいないただの幻であったとしても、見た気がするのだと言うのなら、それはもう本当に見たことと変わらないでしょう?」
「我らの運命は全て神の手の中にある。それが私たちにとって辛いことであっても、それは神がお許しになられたこと。だけど、神を信ずる者は、最後は必ず救われるようになっているんだ。我らの創造主たる神は、決して私たちを見捨てたりはしないよ」
「わたしはそうは思いません。自然こそがわたしたちの創造主だと思いますわ」父の言葉にカーミラは反論いたしました。
「この世に生きるものも、病も、全ては自然から生まれて自然に生きているものではありませんか? だってそうではありませんか。天も地も海も山も、万物は全て自然の理に従って動いています。地を歩き暮らすわたしたちだって、自然の摂理には逆らえませんわ」
しばらくの沈黙の後、父は口を開きました。
「この間来てくださった先生が今日にも来てくださるそうだから、この件については先生の意見も伺ってみよう」
「わたし、お医者様の言うことを聞いて良かった試しがございませんわ」
「それではカーミラは病気になったことがおありなのね?」わたくしはそう尋ねました。
「これまであなたが患った全ての病気が何でもなく思えるくらいのね」
「それはいつの頃のお話かしら」
「ずっと昔の話よ。わたしね、今ここで話をしていた病に罹ったことがあるのよ。でも、ただただ体が痛くて、怠くて、苦しかったこと以外のことは忘れてしまったわ。だけど、他の病気の方が遥かに楽だったと思えるくらい辛かったことは覚えているわ。でもね、あまりこの話はしたくないわ。だってこの記憶に良かった思い出なんて何もないのだから」
そう言うとカーミラは気怠げな瞳でわたくしを覗き込み、愛おしそうに腰に手を回してわたくしを部屋から連れ出しました。
「あなたのお父様ったら、どうしてあんな風にわたしたちを怖がらせようとするのかしら。わたし、今日は中々寝付けないのかもしれないわ」
「お父様にそのような気持ちは微塵もないと思うわ。ただ少し大げさなだけなのよ」
「わたしにはあなたも怖がっているように見えるわ」
「そうね。もしもあの方たちと同じようにわたくしも襲われるかもしれないと考えたら、恐ろしくて仕方がないわ」
「死ぬのは怖い?」
「当然よ。誰だって怖いわ」
「では、好きな人と一緒ならどうかしら。自分の一番愛する人と、一緒に生きるために一緒に死ぬの。あなたはわたしが使っている部屋の隣にビュフォン博士の博物誌が本棚に置いてあるのをご存知? その本に書いてあることなのだけどね、女の子っていうのは、この世に生を受けた時は芋虫で、やがて夏になると蝶になるのよ。でもそれまでには幼虫である時期や蛹であった時期も当然ある訳よね。それまで辿ってきた幼虫や蛹の間だってね、それぞれの性向や、必要や、体質があるのよ。さて、今を生きている美しいお嬢さんのローラは、一体何者なのかしらね」
その日、更に夜更けにお医者様がいらっしゃいました。
腕の良いお医者様でお年は六十かそれ以上でしょうか。英国風の三揃いの背広に身を包んだお医者様はとても姿勢が良く、お顔を除けばお年より随分お若い立ち振る舞いの落ち着かれた紳士でございます。
父はお医者様と自室に籠られ、それから一時間も過ぎた頃にお部屋から出てまいりますと、父の笑い声が聞こえて参りました。
「なるほど、なぜ彼らがああまで人種に拘るのか理解出来た様な気がします。流石は先生、博識でおられる。それでは先生はヴァルハラについてはどのようなお考えを?」
お医者様は微笑み、首を振りながら答えました。
「人は昔から生と死についてある時は科学、ある時は哲学、そしてある時は神話の視点から考えて来たのにも関わらず、その神秘は未だ解き明かされてはおりません。その本質について理解している医者などは、この世にはまだいないのかもしれません」
この時はお医者様の言葉の意味がわたくしにはわかりませんでしたが、この手記を書いている今になって、ようやく理解出来たような気がします。死とは人が最後に一番輝く時なのでございます。
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