渦中

 雨が降り続く中に体を横たえていたからか、それとも首と腹に打撃を受けたからか、だる重い巨躯をゆっくり起こして川崎実は改めて周囲を見回した。

 キングと呼んで持ち上げている高橋智明に報告した通り、辺りには部下として連れていた三十人の仲間が格好も様々に倒れている。

 ――あの女は何者なんや?――

 川崎はナノマシンで骨と筋肉を強化していたからこそ意識を取り戻せたが、他のメンバーはまだHDハーディー化しておらず、少々のことでは目覚めそうにない。

 それをおいても、これだけの人数を風のように駆けながら一撃で昏倒させた女の手際は、思い返すだけで恐ろしいものがある。

 暴力沙汰や裏稼業の仕事人でもこのような手練に出会ったことはなく、巨躯と腕力で戦ってきた川崎にはとんでもない離れ業に思えた。

「案外、ホンマモンの刺客か仕事人かもしれん。忍者か陰陽師みたいな格好しとったし」

 襲ってきた女の姿を思い浮かべてみるが、見えてはいてもしっかりと見定められたわけではないので、和風な白い装束とたなびく長い黒髪というイメージしか残っていない。

「いかんいかん。女より仕事が先や」

 横道にそれてしまった思考を自分の任務へと引き戻す。

 傍らに落ちていたスプリング銃を二丁拾い上げ、気絶している仲間の装備からゴム弾のカートリッジを持てるだけ持つ。

 もう一度周囲を確かめ、雨の中を正門に向けて歩きつつ、外苑へ連絡を取る。

〈川崎や! 外苑はどないなっとる? もうすぐ本物の自衛隊が来よるぞ!〉

〈ああ、大将。今は静かっすね〉

〈なん? そうなんか? 武装した奴が三人来たんとちゃうんか?〉

〈なんか、急に林の中に引っ込んで、攻撃もやんでます〉

 通話の内容を訝しみながら歩く川崎だが、これは好機とも思えた。

〈ほな、今のうちに全員正門まで戻ってくれ〉

〈え! 正門まで? まだ弾もあるし誰もリタイアしてませんよ?〉

〈無駄撃ちしてへんのは百点や。けど、さっきも言うたようにもうすぐ自衛隊が来る。空飛んでる連中は自衛隊と別口やさかい、戦力が分散しとるんは後々に響く。ちゃうか? 自衛隊が一個連隊で来るんやぞ? キングが障壁を張られへんぶん、戦力差も考えなあかんねーかれ〉

 新宮北側の区画から中央の区画へ移る中門を潜りながら、通話の相手がサバイバルゲームの考え方から脱していない事に気付き、川崎はあえて軍隊ぽくまくし立ててやる。

 そもそも外苑に五十人程しか配置しなかった理由は、智明の障壁頼みの守り方だったからだ。ゴム弾で武装した素人が陸上自衛隊一個連隊千人に敵うはずはない。

〈……了解〉

〈頼む!〉

 やや声のトーンが下がった班長の返事に不安がよぎったが、指示のタイミングとしては今しかない。

 指示を出し終えた川崎の次の役目は、仲間が早急に引き上げられるように正門の封鎖を解き、迎えに出てやることだ。

「…………ん? なんや?」

 中央の区画を貫く大路を南へと突っきろうとした川崎の視界に、使っていない施設の影から空へと飛び上がる影が映った。

 ――さっき空飛んどった奴か! こんなとこで羽でも休めとったんか?――

 忍び足でその施設に近付きながら、くだらないツッコミを入れて自らで薄く笑う。

 飛び立ってしまった後には何もないにしても、何か仕掛けられていたり仲間がいる可能性があるから、見なかったことにはできないし放置できない。

「…………あっ!」

 背中を壁につけて壁伝いに歩を進め、角から顔を出すと軒下に人影が見えた。

 先程空へと飛び立った人物の防具と同じ防具を身に着けているから、仲間と見てまず間違いない。

 なるべく物音を立てずに肩から銃を下ろし、カートリッジの装着と安全弁の解除を確かめる。

 人影がまだ居座っていることを確かめ、スリーカウントの後に飛び出して距離を詰め、銃口を突き付ける。

「動くな! 動いたら撃つ!」

 川崎の恫喝に、だが防具に身を包んだ人物は驚いたふうもなくゆっくりと川崎に振り返った。

「よお。川崎さんじゃん」

 聞き覚えのある声に川崎の方が慌ててしまう。

「お前、テツオか? ……ウエッサイの本田鉄郎ほんだてつおか!」


〈瀬名さん〉

〈あん? どうしたー?〉

 更地から山林へと入り込んだ木の幹に背を預け、今のうちにと携帯食を口に含んでいた瀬名は、不意に名を呼ばれてのんびりした返事を返した。

 チョコレートでコーティングされたクラッシュナッツはキャラメルの香りと甘さで瀬名の緊張感を緩めてくれている。

 その緩み方が気に入らなかったのか、瀬名を呼んだ相手田尻はやや語気強く責めてくる。

〈なんか変ですよ。緩んでる場合じゃないですって〉

〈分かってるよぅ。何がどう変なんだ?〉

〈壁とか門から人影がなくなってます〉

〈なんなら門閉じられてますよ〉

〈なんだとー?〉

 田尻のあとに紀夫までが変化を告げてきたので、瀬名は体を捻って木の幹から更地の方へ顔を出す。

 雨で見えにくかったが、確かに紀夫の言う通り先程まで弾除けで立てかけられていた木板は取り払われ、鈍色にびいろの門扉がキッチリと閉じられていた。

〈こりゃあ、俺らがクーリングタイムに入ったタイミングで奥に引っ込みやがったな〉

 テツオとの会話の中でやけっぱちなジョークから次の行動を準備していたが、それはあくまで相手が外塀に張り付いていての作戦だ。

 相手が撤退、もしくは瀬名たちをおびき寄せるような考えであると、そこに飛び込んで行くのは危険を伴う。

 ――行くか? どうする?――

 一瞬の逡巡が瀬名を支配したが、背後から自衛隊が迫っているということを思い出し、腹を括る。

〈田尻、紀夫。冷却は終わったなー?〉

〈ウッス〉

〈よし。んじゃあ、リーダーの作戦通り壁超えてアイツらをやっちまうぞ〉

〈ウッス!〉

〈ただし! アイツらの向かう先へ追い込む感じにする〉

〈お、追い込む? っすか?〉

〈さっきテツオさんとは自衛隊との挟み撃ちにするみたいに言ってなかったっすか?〉

 行動指針の変更に即座に問い返してきた二人に、瀬名は『真面目だなー』と思いつつ、理由を説明する。

〈臨機応変ってやつだよ。いいか? 門とか壁から離れたってことは、退却とか防衛ラインの立て直しとかの命令があったってことだ。そんな連中の前に立ちふさがったら、死に物狂いで戦っちまう。そういう連中はな、怖いんだよ。チームの縄張り争いでも決死隊とか愚連隊は油断できないんだ〉

 WSSウエストサイドストーリーズが結成されて三年弱。瀬名の脳裏には昔馴染み数人で立ち上げたバイク遊びのチームが、レースやケンカを経て今の規模になった経緯が思い起こされた。

 まだチームに入って一年経たない田尻と紀夫は、血に塗れたWSSの創設期を知らない。

 かじった程度であったが、創立メンバーが格闘技道場に席を置いた経験がなければ、連日のように拳を振るわなければならなかったあの時期を生き延びれなかったろう。

〈窮鼠猫を噛む、すか〉

〈まあそんなとこだなー。さて、時間だ〉

〈ウッス!〉

〈いいか? 狙うのは足元だ。空からも地上からも、相手の足元の地面を狙うんだ。攻撃してるように見せて追い上げる感じだ〉

 ゆるりとエアジャイロで浮き上がる瀬名に続き、右手の林から田尻が。左手の林から紀夫も空中へと浮き上がる。

〈ああ、サッカーでフォワードを前へ走らせる感じっすね?〉

〈そういうことだ〉

 サッカー部経験者らしい紀夫の理解の仕方に同意してやる頃、外塀を越えた瀬名の目に敵の背中が見えた。

「来たぞ! 入って来た!」

「走れ! 走れ!」

「こっち来んなボケェ!」

 木々の隙間から瀬名たちの姿を認めたのか、後ろを振り返りながら緩斜面を一団が駆け上がっていく。

〈田尻、紀夫。俺は空からやるから、お前らは地上から頼む〉

〈ウッス!〉

 複数同時通話で指示を出し、瀬名はその言葉通りに木々の少し上を飛行しながら散発的にエアバレットを撃ち込んでいく。

 エアジャイロの噴射圧のせいか、エアバレットの煽りを受けたのか、木の葉や枝に溜まった雨水が細かな飛沫を立てる。

 引き際でありながら余裕のある敵も居て、何発か撃ち返されたが全て防具が弾いてくれた。

 ――ほら走れってば。急がないと自衛隊が来ちまうぞ――

 言葉にしてしまうと弱いものイジメに聞こえてしまうが、瀬名の本心はそうではない。

 先程のテツオとのやり取りでは明言されなかったが、テツオの発した『拮抗か膠着状態でいい』という指示には汲み取るべき思惑がある。

 ――お前らが安全なとこまで逃げてくんなきゃ、俺らの退路が無くなるんだよ。お前らだけじゃなく、俺らも警察と自衛隊の厄介になれないんだからな――

 非合法のナノマシンを使用していることや、危険性の高い武器を使用していることなど、叩けばいくらでもホコリが出てくる。

 そしてなによりもびしょ濡れの服を一刻も早く着替えたいのだ。


 鬼頭優里は動かずにただ真っ直ぐに立っていた。

 気合の声とともに飛び出し、放たれた矢のように一直線に向かってくる藤島貴美をただ待ち受ける。

えいっ!」

 間近まで迫った貴美が裂帛れっぱくの一声とともに付き入れてきた手刀は、しかし優里の胸先数十センチでその動きを止める。

しゅっ!」

 目に見えぬ壁より先に入り込めぬと悟ったのか、手刀を引いた貴美は優里の脛を狙って左足で下段の蹴りを放つも、やはり優里の体には届かない。

っ!」

「無駄です」

 左足を引いた貴美が左拳を突き入れようとするも、繰り出される間に優里は一方的に断じた。

 その通りに貴美の拳は不可視の壁を叩き、貴美は後方へと飛び上がり、トンボを切って元の位置へ膝を付いて着地した。

「……高橋智明と同じことが出来る、ということか」

 自らに言い聞かせるように呟かれた貴美の言葉は、智明の能力を見聞きしたように聞こえ、「なんで知ってるん?」と優里は聞き返したかけた。が、あえて取り合わないことにした。

 貴美からは智明の起こした騒動以外の理由で優里を探していた気がするからだ。

「そうです。だから、無理せんと引き上げてくれたらなって思ってます」

「それは、出来ない」

「なぜ?」

「それは…………私の役目なのだから」

 明らかに貴美は出かかった言葉を飲み込み、立ち上がって先程と同じ構えを取る。

 優里は変わらず真っ直ぐに立ったままだが、右手を差し伸べて貴美に手の平を向けて告げておく。

「私は戦うとか、ケガさせるとかはしたくない。けど、本当のことを話してくれへんかったら、今の私の決心は曲げられへん。モアとの約束は今の私の全てやから」

 ハッキリと主張した優里に、貴美は床に目線を落として少し考えを巡らせたようだ。

 そのまますくと立ち上がった貴美が顔を上げると、怒りのこもった目で優里を射抜く。

「……マコトの前で同じことが申せるか?」

 突然の厳しい言葉に優里は動揺する。貴美の口調だけでなく城ヶ崎真の名前が出たことが大きい。

「……今、コトが関係あるん?」

 震える声をなんとか抑えて問うた優里だが、貴美は冷たく答えた。

「優里殿を連れ戻してほしいと頼まれている」

「コトが? …………なんて今更な……」

 優里には真の誤った勘繰りが予想できたし、真の智明への感情からそういった表現になったのかもしれないとも予想できた。

 しかし、自分を救い出そうと考えた真の真意は、優里からすれば遅すぎる気遣いや優しさで、その部分が思わず言葉として出てしまった。

 気遣ってくれた嬉しさと、幼馴染みとしての友情や絆を感じる反面、誠意を欠いた真の言動や行動を思い出してしまって悲しくなり、またこういった頼み事を優里の知らない女に頼んだことが腹立たしくなった。

 だから優里は真正直に言葉にして貴美に投げつけてしまう。

「……私はコトの所には行きません。今コトに優しく気遣われても、私がコトに振り向く事はないと伝えてください」

 優里は強く断言し、差し出していた右手を斜め下へ払ってその意思の固さを示す。

「私に言伝ず、自らの口で伝えるがいい」

「そのつもりはありません」

「トモアキにたぶらかされたか」

「モアの事を悪く言わんといて!」

 カッと怒りが膨らみ強い言葉になる。

 だが貴美からも厳しい言葉が返ってくる。

「なら、マコトの事も悪く言うな!」

 貴美の口調の変化と語気の強さに、優里の気持ちが少し怯む。

 その優里を見て貴美は素早く印を結び、力強く両手を突き出す。

っ!」

 貴美の両手から瞬間的に強い風圧にも似た力が発せられ、優里の上半身に熱を帯びた衝撃がぶつかり優里の体はホールの柱に叩きつけられた。

「うっ! ――あぅっ!」

 声とも息ともつかぬ音を発して優里はゆっくりと床に横たわった。


 本宮三階のベランダから飛び立ち大屋根へと降り立った智明は、まずグルリを見渡して真の姿がないことを確かめる。

 ――俺を探してどっか行ったのか? それともこの隙になんか仕掛けてんのか?――

 真が未知の飛行手段や未知の武器を用意してきた事を考えると、ついつい智明の用心深さと考え過ぎなところが出てしまう。

 ――まあ、いいや。真は俺がなんとかすればいいだけだから。それよりは自衛隊の動きだ――

 智明は油断なく辺りに目を配りながら、頭の中では意識の目を幾つか飛ばした。

 自分の立っている本宮の大屋根から八方に伸びていく意識の目は、まず北側の外周で昏倒しているバイクチームの面々を見つけ、次に南側の外苑からほうほうのていで本宮へ戻ってくる仲間と、それを追い立てる防具の男達を見た。

 更に北西と南西では、舗装路を塞いでいるバイクを脇に寄せている自衛隊の姿があった。

 ――どこのチームだ? って、ウエストサイドしかないか。真が関わってるチームならそこだよな――

 十日ほど前に淡路連合の集会に紛れ込んでしまった時の事を思い出し、智明は自分の勘の悪さを嘲笑わらった。

「勘繰ってたのが馬鹿らしいぜ。真が遊んでたのがWSSウエストサイドストーリーズなら、H・Bハベったのも変な武器も推進装置も、全部ウエストサイドのバックアップならこんなシンプルな話はないじゃないか」

 川崎からは、淡路連合の四チームにH・Bの『タネ』を提供しているのはフランク・守山という偽名を使う謎の人物と聞いている。

 未成年に非合法の『タネ』をバラ撒いているのだから、WSSが求めれば未知の武器くらい融通できるだろう。

 実際、フランクなる人物は川崎の要請で、智明の元に武器と防具を授けてくれている。

 と、状況把握を終えて引き戻していた意識の目に、地上から舞い上がってきた人影が映る。

「よお。逃げたかと思ったぞ」

 大屋根の棟に立つ智明に対し、軒に降り立った真は軽い口調で智明を煽る。

「お前こそどこ行ってたんだよ」

「雨に濡れて体が冷えたからな。ちょっとトイレに、な」

 雨に加えバイザー越しで真の表情は見えなかったが、声は冗談混じりで笑いを含んで聞こえた。智明からすれば『真らしいその場しのぎ』に聞こえた。

「そうか。俺は退屈だからおやつタイムだったわ」

「ハッ! んじゃ、腹ごしらえはできたって事だな!」

 智明は馬鹿正直に自分の行動を晒してしまう性格を悔やみつつ、強い語気とともに右腕を持ち上げた真に対して瞬間的に障壁を張る。

「ぐっ」

 真の手甲から雨を押しのけて迫る不可視の弾丸は、すんでのところで智明の張った障壁で無効化する。しかし先程よりも勢いや圧が強まっていたのか、障壁ごと智明の体が揺さぶられた。

 先程の空中でのやり取りほどではなかったが、真の攻撃に押し負けまいと障壁をコントロールする。

 だがこれで一つハッキリしたことがある。

 真の攻撃に合わせて、天から降り注ぐ雨粒が円形に押しのけられているのが見えた。

「なるほどな。空気砲を使ってたのか」

 これで智明の空気弾と真の攻撃が相殺したことも説明がつく。

 同じ性質の物が似た力で真正面からぶつかりあえば、互いに打ち消し合って当然だ。

「チッ。……雨なのが失敗の元だな。晴れてたら分からなかったろ?」

「かもな。……けど、逆はどうだ? 俺の攻撃を分析できてるか?」

「……まあ、だいたいはな」

「はは。相変わらずだな」

 真の強がりとも負け惜しみともつかないはぐらかし方に、智明は思わず笑ってしまった。真が智明の攻撃を見抜いているなら相応の対処があるだろうに、瓦屋根に立つ真にその様子はない。

 対して、智明には空気弾以外の攻撃手段が幾つもあるが、以前のように水素爆弾様の爆発を起こすことは智明自身が封じている。

 無差別で広範囲な攻撃は防ぎようがなく、無意味で後味の悪い結果しか産まないし、智明のエネルギー消費も大きい。

 そういった智明の事情があるとはいえ、真の言い様は強がりや負け惜しみとしか見えない。

「けどな、まだコイツのマックスの攻撃力は見せてないからな」

「へえ。面白いな」

 自信有りげに言った真を煽るように言い返したが、智明からすればやり過ぎぬように加減していることが真に伝わらないことが歯がゆい。

「けど、『じつ』が伴わなきゃな!」

 ずっと真に先制させていた攻撃を、虚をついて今度は智明から仕掛ける。

 素早く両手を脇に引き付け、叫びとともに押し出す。

 先程までと同じ空気弾だが、二つ同時に生み出して二方向から真へと迫らせる。

「うおっ?」

 智明の挙動と雨のせいで空気弾の発射を悟ったのか、一声あげて真は後退して上空へと舞い上がる。

 だが真が立っていた場所を通り過ぎた空気弾は智明の操作で宙空を舞う真を追跡する。

「マジか!」

 追尾してくる空気弾に気付いた真は、背面飛行やジグザグ飛行・キリモミ飛行を交えて振りきろうとするが、智明の巧みな操作で空気弾はジワジワと真に追いすがる。

「真! 往生際が悪いぞ!」

 実を言えば意識だけで空気弾を操作することは難しいため、智明は手を使使うことで空気弾を細かく操作している。それだけ操作に集中を要するため、思わず逃げ回る真に愚痴を浴びせた。

「……このっ!」

 真もただ逃げ回るだけではなく、複雑で予測不能な動きで隙きを作り、散発的に智明めがけて空気砲を撃ってくる。

 さすがに当たりはしないし智明の張った障壁を貫くほどではないが、智明にこの戦闘が長引く予感をさせる。

「うりゃっ!」

「うお!?」

 不規則な軌道で智明の近くを通り過ぎざま、真はスピードを調節して一瞬滞空し、追尾してきた空気弾を智明の方へ蹴るという離れ業を見せた。

 あまりに近かったので空気弾の解除が間に合わず、空気弾と障壁がぶつかった衝撃が智明を驚かせた。

 もののついでで障壁にぶつかってしまった空気弾は解除し、真の追尾は残った方だけで済ませることにしたが、智明は真にはまだ明かしていない細工をしておく。

「クソッ! お前こそしつこいぞ!」

「お互い様だ。さっさと当たれ」

 追尾してくる空気弾が一つだけになったぶん真は回避が楽になると思ったようだが、智明にすれば一つに集中できるのでより執拗な追尾が行える。

 しかし両者とも回避と操作に神経を擦り減らされているのは事実で、互いに愚痴が出てしまう。

「クソッタレ!」

 振り向きざまや切り返しのタイミングで空気砲を撃つ真だが、狙いが定められず当たらないことに罵声がでる。

「攻撃ってのは、こういう事だ!」

 智明が上から目線で叫び、一気に空気弾の速度を早めて真の真後ろまで間を詰める。

 また空気弾に弾き飛ばされる危険を察して急上昇をかける真。

 だが真が進路を変えた直後、電子回路がショートしたような青白い電光が瞬いた。

「のをうっっっ!?」

 真の全身を光が包んだかと思うと、バケツの水に突っ込まれた花火のようなくぐもった音を立てて真は地上へと急降下を始めた。

「瞬間移動は、超能力の、定番、だろ」

 真へと肉迫した空気弾を一瞬で真の進路へ瞬間移動させ、その空気弾に大気中に帯電している微弱な電気を凝集して纏わせたのだ。

 雷ほどの電圧はないが、H・Bハーヴェーによって電子機器化された真の脳には堪えたはずだ。

「これで、飛んだり、撃ったり、できないだろ……」

 真への勝利宣言といきたいところだが、使い慣れない力を使った智明の呼吸も乱れている。

 それでも地上へと落下していった真の状態を確かめるため、智明は本宮の大屋根から浮き上がってゆっくりと地上へと降下していった。


「進入路の確保はどうか!」

 野元は指揮車から半身を出して雨がかかるのも厭わずに声を張り上げた。

 皇居へと続く舗装路を塞いでいたバイクの撤去に普通科一個中隊を当たらせ、もう一個中隊をバイクチームのメンバー達の拘束に当たらせている。

「間もなく完了いたします!」

 付近で檄を飛ばしていた中隊指揮官が答え、野元は「よし」と返して指揮車へ引っ込んだが、続けざまに通信兵へと指示を飛ばす。

「牛内ダムの方はどうなっているか」

「ハッ! 先程、第二中隊の半数が到着し、バイクチームの拘束を行っているとのことです。第一中隊の進入路の確保も間もなく完了の見通しです」

「よし。……川口一佐、拘束したバイクチームは兵員輸送車に乗せて待機させるとして、重迫中隊はこのまま本部中隊と随伴で構わないのでありますか?」

 前部座席の通信兵の報告に納得し、野元は後部座席に腰を落ち着けて今度は隣に座る上官へ伺いをたてる。

 あくまで現場指揮は野元のものだが、総指揮は川口であるし、重迫撃砲中隊の温存を決めたのは川口だからだ。

「うむ。地形や範囲で考えても中隊規模での運用は適さないだろう。ましてや空を飛んでいる相手に迫撃砲を当てるというのも至難の業だ。本部付帯の重迫小隊でことは足りる。……まあ、皇居を倒壊せしめるほど駆逐すると言うなら話は別だがな」

「はは。……了解であります」

 川口の冗談とも本気ともつかない言葉に困惑しつつ、野元はとりあえず返事は返しておいた。

「伝令! バイクの撤去完了! これより登坂開始します!」

 指揮車へもたらされた報告に、再び野元は車外へ顔を出す。

「よぉし! ここから先は戦場と思え!」

「ハッ!」

 堅い敬礼とともに伝令は応じ、原隊へと駆け戻る。同時に通信兵も別働隊へ野元の号令を伝える。

 先陣を切る本部中隊の各普通科小隊は、進路を阻んでいたバイクチーム拘束に兵員輸送車を回したため徒歩での進行となる。

 そのため指揮車以下の後続車はゆっくりとした移動になる。

「……雨が強くなってきたな」

「はい。任務に影響はありませんでしょうが、なんともこう重々しいですな」

 決して緊張感がない訳ではないが、のしかかるような暗い雲を眺めて川口が呟き野元もそれに答えた。

「この先には新しく設けられた囲いと更地がある。その辺りからは周辺監視を怠らぬように命令しておかないとな」

 視線を車外に向けたまま助言する川口に、野元は不安を覚える。

「了解です。……何か起こりそうだと?」

「そうではない。むしろすでに起こっている。この上何かが起こるならば、先に警戒しておく必要があるし、指揮官が戒めておく必要があるというだけだ」

「……はぁ」

「指揮官は最低限指揮される側の心理を汲まねばならん。対象の心理まで読めればこの上ないが、それは時と場合によるからな」

 ようやく野元の方を見た川口は、訓練の時に見せる厳しい表情だった。

「心得ました」

 野元は前日の川口の心境を思い出し、素直に頭を垂れて上官の指導を聞き入れた。

 それからしばらく無線も伝令もなく指揮車の中は無言の時間が流れる。

「……囲いと思われるものが見えました」

 沈黙を打ち破ったのは指揮車の運転を担っていた陸曹で、言葉通りに勾配が緩くなった先に開けた更地が現れその奥に刑務所か研究施設のような高い壁と鉄門が見えた。

「周辺警戒、怠るな。門の開閉の確認。伏兵に注意しろ。……対空監視!」

 自ら無線を使って指示を出した野元だったが、川口が隣りで上を指差したので慌てて指示を追加した。

「別働隊は指示あるまで壁際で待機」

「すみません」

 指示漏れを補ってくれた川口に謝罪した野元に、川口は軽く手を振って打ち消す。

「到着の報告があってからでも良いことを先に済ませただけだよ。間違いじゃないから気にしなくていい」

「はい」

「――開門、可能です! 伏兵の気配、無し!」

 川口と野元のやり取りに滑り込むように無線で報告が入った。

「よし! 開門し、前進! 目標はここから百メートル! 周辺は山林で伏兵の可能性はまだ――、落ち着け! 周辺と上空の警戒をしつつ前進だ!」

 野元が無線で指示を下している最中に遠くで青白い閃光が瞬いた。

 隊員たちの動揺が伺えたので、野元自身の動揺を打ち払うようにやや指揮の声が厳しくなった。

 それでも訓練された隊員たちは了解の旨を示し、金属製の門扉を押し開いて行軍を再開してくれた。

「……雷、ではなかったですよね」

「ああ。音もしなかったし瞬間的な光り方だった」

 川口と野元は、ワイパーで拭われるそばから新たな水滴が飛び付いてくるフロントガラス越しに皇居の方角を眺め、薄気味悪い黒雲が各々の不安の色だと感じ始めていた。


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