混戦
神戸淡路鳴門自動車道から一般道へ移り、建設中のマンションや一戸建てが並ぶ中を通り抜け、田んぼが広がる山裾へと進みいよいよ
「報告します!」
「なんだ」
止み間のない雨の中、先頭の兵員輸送トラックから走ってきた伝令に向け
「ハッ! 目的地新皇居へと至る山道付近にバイクの集団がたむろし、通行を妨げております!」
「なんだと?」
キビキビとした敬礼のあと、顔にかかる雨にも表情を動かさずに述べる伝令に対し、指揮車に同乗していた
今回の任務では、総指揮を第三十六普通科連隊司令官である川口が執り、現場指揮を野元が行うと定めていたので、野元の発言は越権にはあたらない。
「短絡的な妨害行為か? それとも、敵性の一団と判断できるか?」
前者は自衛隊の演習というものへの妨害行為かどうかの可能性で、後者は新皇居奪還任務の駆逐対象である可能性なのかの問いである。
野元の質問に伝令は一瞬の逡巡を挟んで答える。
「敵性はないと思われます! ですが、抗議団体や反対組織とは思えません!」
「ならば説明と説得を行って、通行できるようにしろ!」
自衛の組織でありつつも軍事力と捉えることのできる兵装を保持している自衛隊は、今回のような任務にあたる際に小規模ながら抗議や批難を受けることがある。
平時であれば基地や駐屯地にまで押しかけられる事はないが、演習や派遣などで活動しているさなかに、メガホンや横断幕で独特な主張が耳目に触れることがある。
特に、今回のように自衛隊法改正案などが議論された際には、そういった行動は苛烈に行われる。
こういった場合に際してのマニュアルも存在し、自衛隊という性質上穏便な手段を取ることになっている。
「失礼いたします!」
「指揮の途中だぞ!」
「申し訳ありません! 牛内ダムに向かった中隊より、緊急の報告でありました!」
指揮車に同乗している通信兵の割り込みを叱った野元だが、通信兵の告げた緊急性に言葉が出てこず、思わず川口と伝令と通信兵を見回してしまう。
仕方なく川口が代弁してやる。
「君は少し待て。どういう通信だ?」
伝令を待機させた川口に促され、通信兵は応える。
「ハッ! 牛内ダムへ進行を試みたところ、進入路にバイクの集団を発見。退去に応じず進行を阻まれているとのことであります」
それを聞いて今度は川口が野元を見やった。
「何かの団体の抗議でしょうか?」
川口の視線を受け、野元は判断付きかねた気持ちを率直に問うた。
規模の大小に関わらず、こうした抗議団体や活動家は存在するが、デモや街頭演説のような行動をとっても進路を封鎖するような実行団体は珍しい。
日程や進行ルートが予め明かされていればこうした抗議は想定できるが、今回の任務はまだ公に明かされてはいない。
「……敵性がないということは皇居に集まっている若者でもないということか。ともあれ、我々は任務を――」
野元の問いに応じていた川口だったが、その途中に爆発音とも破裂音ともつかない音が鳴り響き、発言を中断して車外へ目を向ける。
相変わらずの降雨の中、遠くに鳥が舞っていた。
川口だけでなく野元も伝令も通信兵も、先程の破裂音の原因を探すように道路脇の山林の上空へ目を向けていた。
「……ちょうどアチラから聞こえましたな」
「この雨では鳥も飛びづらそうだな」
「周辺で雷が鳴った様子はありません」
気を利かせたのか通信兵が雷雲の有無を見てくれた。
「……皇居の方角ですね」
「そうなのか!?」
ポツリと呟かれた伝令の言葉に川口は叫び、慌てて車外へ飛び出した。
両手をかざして雨を避け、まだ空を舞っている二羽の鳥を追う。
「どうされたのですか」
「……あれは、鳥じゃないぞ」
「まさか?」
「人間が、空中戦をやっている」
降り続く雨の中、空中に対峙していた二つの影は、川口が目を凝らして観察したタイミングでぶつかり合い、犬猫の対決か時代劇のチャンバラを連想させた。
川口の言葉が信じられず、野元も車外に出て同じポーズで空を見上げ、言葉をなくした。
待機させられていた伝令もポカンと口を開けて呆気にとられている。
「……急ごう。妨害しているバイクをなるべく穏便に排除して、現地に向かう」
「は、しかし――」
「説明を行い、威嚇を行っても応じない場合は実力行使もやむを得ん。ただし、不必要な暴力と発砲は禁止する!」
「ハッ!」
「牛内の別働隊にも伝えよ!」
「了解しました!」
川口の言質をとった野元はより細かな指示を発し、伝令を原隊に走らせ通信兵にも令を下した。
「川口一佐」
「ん? む、分かった」
指揮車へ乗り込もうとした野元は、まだ熱心に空舞う影を追っていた川口に声をかけ乗車を促した。
二人の間で起こった激しい音に、智明は真への警戒レベルを高めた。
「へえ。面白いもの持ってるじゃないか」
防具の一部だと思っていた金属色の手甲から、攻撃力のある何かが発射されたことは分かったので、智明は楽しむような明るい声で真にそう告げた。
対峙する真は不敵な笑みを浮かべて応える。
「そっちの大道芸に見合ったもん用意しとかないとな。丸腰とか失礼だろ?」
「向こう見ずに突っ込んでくるだけかと思ったけど、そこまで馬鹿じゃなかったんだな」
冗談混じりに真を嘲る智明だったが、内心はそこまで馬鹿にしているわけではない。
西淡湊里の貯水池で水素爆弾様の爆発を起こし、智明と真が袂を分かってから十日近く経つ。
その間に智明は川崎と山場を味方につけて人数を集め、川崎の手配でそれなりの武器や防具を揃え、独立の声を上げることで一つの組織を立ち上げることが成った。
対して真は、超常的な能力もなしに智明の障壁を揺さぶるような武器を得、少人数ながら前後に分かれて明里新宮に攻め入る仲間や同士を連れてきた。
智明がここまでしてのけたのは超常的な能力があったからであって、真がそこまでのお膳立てをやってのけた筋道が見えず、その真相は無視できない。
「ハッ! お前がそこまで俺の事を単細胞に思ってたとはな。見くびるんじゃねーよ」
啖呵を切る真に智明は油断のない視線を返す。
今更ながら真の装備を詳しく見、そのポテンシャルを測っていてふっと不安がよぎった。
――まだ他にも隠し玉があるんじゃないか? 昨夜の夢には
城ヶ崎真という幼馴染みを知っているからこそ、真と修験者は縁遠いものだと思えるし、武器や防具をどうやって入手したのか見当もつかない。
そもそも真が
空中に浮遊したり飛行していることさえとんでもないことのはずだ。
「……そうだよな。俺がこんなことになってるくらいだ。お前が空飛んでたり、どっかから武器を調達してきたことくらい、どってことないよな」
動揺や警戒で判断を誤らないために智明自身を諌める言葉だったが、真の耳には違って聞こえたのかムッとした返事が返ってくる。
「上から言ってるんだか、見下してるんだか、何にせよお前が、俺を、『お前』呼ばわりすんじゃねーよ」
そう言って右手を突き出し、真は射撃態勢をとる。
「俺の障壁をどうにかしてから言えよ!」
智明は瞬間的に光を纏い、わざと周囲の空気を押しのけるように障壁を張り直して真に圧を与える。
「くっ! うおっ!?」
智明の意図通りに突風にも似た圧力に真の体が押し揺らいだ。そこへめがけて手足の挙動なしに空気の塊をぶつけてやると、真は驚きの声を発しながら数メートルほど落下した。
「どうした? もう始まってるんだぞ?」
油断なく真に狙いを定め、智明は空気弾を連射する。
落下した体を留めたばかりの真に、最初の二発は命中したが、そこから真はジグザグ飛行をして軌道を読ませなかったので命中はなかった。
それでも智明は散発的に空気弾を放っていったが、頭の真ん中を針先でつつくような刺激を感じた。
心の声や意識にも人の声の様な色や雰囲気があって、何人かならば指定受信のように限定して意識を向けていられる。
川崎から自衛隊出発の報を受けた要領だ。
「チッ。こんな時にか」
思わず舌打ちが出たが、攻撃の手は緩めずに頭に響いたサインの主に
《今、結構忙しいんだけど》
《そうみたいやな。せやけどもっと忙しくなる報告やねん》
応えたのは諜報活動に当たらせた
《手短に言ってほしいな》
ジグザグに飛行し急ブレーキや急加速を思い付きで繰り返す真に攻撃しながら訴える。
《大体想像つくやろ。今、自衛隊がウエッサイを捕まえてどかして、坂上がってこうとしよるぞ》
《このタイミングで? うおっ!?》
山場から自衛隊の接近を告げられ、動揺して動きが止まったところへ真からの攻撃を受けてしまった。障壁があるので負傷はしていないが、風船の中に居るようなものなので障壁が受けた衝撃は僅かだが智明に伝わる。
《山場さん、ありがとう。なんとかするよ》
《ほな、他の仕事片付けるわ。報告に帰ってくる場所、守っといてや》
山場の小馬鹿にした他人事の言葉が返ってきたので、智明は返事をせずに伝心を終えた。
その間にもう一発、真から攻撃を受けたので智明も空中を左右に移動して真の狙いを外す。
――目の前に真が居ちゃ、伝心に集中できない。川崎さんは本宮周辺に居るからか外苑の更に向こうまでは見えてないし――
空中を上下左右に移動しながら空気弾を放ち、真から放たれる攻撃を避けながら、智明の思考は今為すべきことでいっぱいになる。
――クソッ! 集中できねぇ!――
真へと放った空気弾二連射は、智明が想定していた威力より弱く、エネルギー切れを感じて思わず毒付いてしまう。
智明の身に宿った力は、人間の能力を圧倒的に超えた力だが、そのエネルギー消費は激しく連続使用となるとすぐに空腹を感じてしまう。
「これならどうだ!」
真を惑わせるために思わせぶりなセリフを吐き、智明は瞬間移動で一時的に姿を消した。
「なかなかやるじゃないか」
皇居外周に築かれた囲いを飛び越え、防衛のためにいたであろう一団を蹴散らした後、
先程の呟きは、雨中でありながら超能力者と対等に戦っているように見えた真への賛辞だ。
――一人で突っ込むなって話はないがしろだけどな――
先日話したチーム戦や仲間の話はどこへやらで、遠目に見てもエアバレットは連射され続けているし、智明の攻撃をかわすためかエアジャイロも酷使されている。
「ん? どこ行った? 消えた、か?」
思考が横道にそれた拍子に、見上げている視界には真一人だけしか居なかった。
貴美の予報通りやや雨足が強まってきたようだが、そのせいで見失ったわけではなさそうで、真は智明を探して空中を彷徨って見えた。
〈真。今真下に居るんだが、どんな状況だ?〉
〈テツオさん? さっきまで智明と撃ち合ってたんですけど、瞬間移動かなんかで消えちゃったっす〉
〈テレポートか。ホント厄介だな。とりあえず、そろそろクーリングタイムだろ。一回降りてこい〉
〈…………ウッス〉
エアバレットもエアジャイロも使用の度に内部に熱が発生するため、連続使用で内部を傷めない為に冷却を行わなければならない。
その指摘を受けた真は、智明を追いたい気持ちとテツオに従うべき気持ちとを戦わせたようで、返事までに少し間があった。
――ま、若いからな――
真はまだ十五歳だ。即時的な結果を求めたがるのは仕方ないと理解しつつ、葛藤があったことを隠せないことに年下の可愛さも感じる。
〈瀬名。そっちはどうだ?〉
〈俺は休憩中だぜー。田尻と紀夫でもたせてるとこだ〉
真がテツオの元へ降りてくるうちに南から迫っている瀬名の進捗を確かめてみたが、突破には至っていなかったようだ。
〈突破しろとは言わないが、なんとかならないか?〉
〈相手が生身って考えたら、威力を上げれなくってなぁ。あと、雨のせいで弾ぁ弱くなっちまってるぞ〉
〈やっぱそーだよなー〉
今回ばかりは右腕と頼るチーム幹部でもテツオの注文には答えられないようだ。
加えて、事前の説明でもあったようにエアバレットとエアジャイロは雨や水に対してその能力は著しく減衰するようで、真と智明の戦闘でもその様子は見て取れていた。
テツオは更に懸案事項を差し向ける。
〈てかさ、そろそろ自衛隊が着く頃だぞ〉
〈…………そんときゃ壁飛び越えてアイツらを挟んじまおうかな、なんてな〉
よっぽど疲れているのか、瀬名らしくないやけっぱちなジョークが返ってきた。が、テツオは面白い考えだと思った。
〈それ、いいな。どうせもうすぐ田尻と紀夫もクーリングタイムだろ? 一回引っ込んで全員で飛び越えたら楽しいことになるんじゃねーか?〉
囲いを盾にされている為に攻めにくいのであれば、飛び越えて囲いを取っ払ってしまおうという考えだ。出発前の情報通りならば自衛隊が到着してもおかしくない時間だし、自衛隊が攻めてくれば瀬名たちと戦っている連中は前後から攻撃を受ける形になる。
拮抗している局面は大きく変わるに違いない。
〈無茶いうねー。アイツらをぶっ倒したら、そのまま自衛隊とやることになるじゃねーか。マジかよリーダー?〉
〈そこまで言わないって。足止めか膠着状態でいいんだよ。それよりも自衛隊とアワボーに挟まれる方がキツイだろ〉
〈そりゃそうだ。分かったよー〉
〈頼む〉
通話越しでもわかる瀬名のニヤリとした笑みを感じ、信頼ゆえの無茶振りをしてテツオは通話を終える。
そこへ真が降りてきて、緊張が溶けたのかその場に座り込んでしまう。
テツオと真が居るのは、『目』の字に区切られた真ん中の区画で、最奥の本殿に近い寮のような建物の軒下だ。
「疲れたか?」
「ちょっとだけ。飛びながら攻撃とかはそうでもないっすけど、やっぱり避けるのが神経使うっすよ。智明がどんくらいの強さで撃ってきてるのか分かんないっすから。さっきエアバレットの真ん中くらいのと打ち消し合いましたからね。そんなの何発も当てられたらさすがに無事じゃすまないから」
これまでの発言に比べれば、真にしては慎重で冷静な判断をしていて、テツオは少し光明が見えたように思う。
「障壁だっけ? 空気の壁みたいのは結局破れなかったんだな」
「雨だし、まだ全開じゃないですから」
「けどアイツの攻撃は見えてるんだろ? ここから見てて、何発か避けてたように見えたぞ?」
エアジャイロが雨を吸い込んで速度が出せなかったり、エアバレットの威力が落ちて弾道が見えたりと雨天のデメリットばかり目立ったが、智明の攻撃や障壁も雨が幸いして目に見えるなら、これはメリットであり好機だ。
「まあ雨のお陰で見えなくはないですけど」
「そいつを利用しよう。こっから見てる方がトモアキの攻撃は結構見えたんだ」
思い付いた作戦を早く試したくてテツオの顔はハツラツとした自信の笑みに染まる。
「どうするんすか?」
「こっちもチョウノウリョクを使うのさ」
テツオの言葉の意味がわからず、真は小さく首を傾げた。
「俺とお前が連携して、瞬間移動したように見せるんだ」
新皇居本殿の玄関は、貴美の腕力でも割に軽やかに開き、自分が通れるだけの隙間を開けてスルリと体を滑り込ませる。
追手や伏兵がないことを確かめ玄関の扉を閉じると、雨など降っていないかのように屋内は一気に静まり返る。
灯りが点けられていないので玄関ホールは薄暗かったが、玄関の左右と天井付近の明り取りから入る光で、ホールの左右の壁と正面奥の階段までの距離感は把握できた。
右の壁面を見、左の壁面を見、深呼吸をしてから姿勢を正し、貴美は正面へ視線を戻し、ホールを天地に貫く柱を見やる。
薄闇に柱両脇に湾曲した階段が設えられ、その階段はバルコニー状の通路となって両側の壁まで伸びていた。
貴美はこれまで掘っ立て小屋同然の
だがそれらを凌駕する新皇居の規模に、正直気圧されてしまっている。
「イザナギと、イザナミ……」
屋内の暗さに目が慣れてくると、柱両脇の階段の頂きに掛けられた絵画が見て取れ、思わず声が漏れた。
貴美が修行をしている修験者の一派は、諭鶴羽山とイザナミを信奉している。なればこそ語り継がれてきたイザナミの形容から、絵画の女神をイザナミだと判別できた。
――この重い雰囲気や重圧は、戦いという重さではなかったのだな。そうか、ここは正しく皇居で天孫の末裔の居所であったか――
想いは心の中に留め、貴美は印を切って
淡路島へと戻ってくる道中、淡路島へと近付けば近づくほど首から肩にかけて何かがのしかかる重さがあった。装束に着替えてなお重々しい雰囲気は、てっきり雨のせいか戦いという状況のせいだと思っていたが、違ったようだ。
「――ようこそ、って言うてええんかな」
瞑目し、心を落ち着けていた貴美に、不意に声がかかった。
目を開けて声の方を向くと、バルコニー左手の扉が開かれ女が立っていた。
「貴方は、イザナミ?」
薄暗い部屋に居ながら神々しい白い輝きを纏って見えるのは、決して女が白いドレスを着ているからではないだろう。
ましてやイザナミノミコトであろうはずもない。
かの女神は肉体を失い、黄泉へと墜ちた際に醜い姿へと変わり果て、約束を破った愛する人に
その女神がこうも若々しく神々しい佇まいで現れるだろうか。
女はイザナミの絵画の下まで歩んでから貴美に応える。
「私は
「鬼頭優里、昨夜の貴方か? ……失礼。私は藤島貴美。丁度貴方を探していたところ」
微笑みながら名乗った優里に敬服しつつ、貴美も名乗って用向きを伝えた。
「そう、昨日会いましたよね。探してたということは、何か用件があるんやんね?」
貴美に応じてから優里は再び歩を進め、純白のドレスの裾を揺らしながら階段を下りてくる。
「優里殿は、高橋智明が何をしようとしているかご存知か?」
「もちろん、知ってる」
「マコトと仲違いしてまで?」
貴美のその一言にあと三段を残して優里の歩みが止まる。
「……貴美さんは、コトのこと、知ってるんやね」
少し悲しげな目をしてまた歩み出し、階段を下りきった優里は柱の前に立つ。
「……こんなことがなければずっと三人で仲良くできたと思う。ううん、そうできたらずっと幸せなんやろなって願ってた」
優里が左手をもたげて胸を押さえるようにし、反動で手首から肘の方へ滑った腕輪をそっと右手で押さえる。
「幼馴染みだった、と聞いている」
白いドレスに赤い上着を羽織った優里の姿に気圧されつつ、意を決して貴美も柱を目指して真っ直ぐに歩き始める。
「違う!」
貴美がホールの中央まで来た時、優里が強く否定したので貴美の歩みが止まる。
「違う?」
「そう、違う。今だって、幼馴染みやから」
「でも――」
聞きたいことはあるのに貴美はそれ以上を聞けなくなってしまう。優里の表情を見る限り、迷いや悲しみを感じるから。
「……本当は分かってる。いつまでも三人でっていうのは、進学や就職なんかで離れたり会えなくなったりするから。でも、だからって幼馴染みやなくなるなんてことないんちゃいます? 離れてたって、ケンカしたって、今までのことは無くならへん」
胸元に押し当てられた優里の手に力がこもり、貴美へと投げかけている言葉にも強い気持ちが込められているように感じた。
しかし、貴美は優里に答えてやれる言葉を持たない。
これまで友達はおろか家族の絆さえ希薄な生活を送ってきた貴美には、周囲の人々との関わり方や関係性について思うことがなかったからだ。
それでも何かを言ってやらねばと思う。
問いかけに対して答えるのが修験者として救済を担う者の役目だから。
「私は、これまで友人というものを持ったことがなかった。しかし、今回のことで初めて友達を得、愛しい人と巡り会えた。かの人は私を守ってくれると言ってくれた。代わりに戦ってくれるとも。……この騒動を収める為に、優里殿と私で協力できることはあるまいか?」
右手を差し伸べ一歩踏み出して貴美は誘う。
昨夜の智明と優里の親密度は、一般的な幼馴染み以上と思うからだ。
「それは、無理やと思う」
「なぜ?」
間を開けずにハッキリと拒否した優里へ、貴美も間を開けずに問い返していた。
優里は一度瞑目し、再びその瞳を開いた時には悲しげな色はなく、固い決意が表れた厳しい色を見せた。
「モアと私はもう進むべき道を決めてしまった。今辞めてしまえば、バイクチームの人達に何をさせているんやって話やもん。せっかく、せっかくあの内気で優しいモアが淡路島の独立を決めたんやもん。私は、モアを応援したいし、支えたい」
胸元に留めおいていた両手を開放し、綺麗な姿勢で立つ優里に、また神々しい輝きが宿る。
――間違いない。先程見た高橋智明と同じく、優里殿も自ら光を放っている――
そう感じると同時に優里から発されている波動が、強く、早いリズムで貴美に押し寄せてくる。
「致し方なし、か」
長く弱く息を吐き、強く短く吸って止め、再び息を吐く。
手早く印を切り、貴美は両手両足に『気』を宿して構えを取る。
「申し訳ないが、私はこの騒動を収めるお役目で参った。高橋智明の力を封じる障害となるならば、優里殿の力も封じねばならない」
貴美の宣告に、だが優里は変わらずに美しく立ったまま応える。
「ごめんやけど、モアの邪魔はさせない」
「ならば、参る!」
気合の声と共に貴美は飛び出し、一気に優里との間を詰めた。
新宮本宮の三階北側のベランダに身を潜めた智明は、懐に忍ばせておいた栄養補助食を食べながら、周囲の状況把握を行っていた。
「効率悪いけど、備えといてよかったよ」
障壁を張り真と空中で戦ったとはいえ、ここまで消耗しエネルギー補給を行わなければならないとは、正直想定していなかった。
自衛隊との長期戦を想定して念の為にと淡路暴走団と空留橘頭に栄養補助食を配布したが、まさか自分が真っ先に摂取せねばならない事態に陥るとは、自身の見通しの甘さを痛感する。
――そもそも自衛隊じゃなく真が突っ込んできた時点で風向きが変わってるよな。まさか真が自衛隊の先鋒ってわけじゃないだろうけど、このタイミングで自衛隊が来てるのは、俺らにとっては追い打ちとか波状攻撃食らった感じだぞ――
智明のサーチでは外苑の部隊と交戦している三人は、空気砲のような武器を使用していることから真の仲間と考えられた。真を合わせて四人、報告にない方向からも攻められているとしても十人に満たない先発隊など、あまり聞かない。自衛隊としてもそういった工作は取らないとも思える。
となると、たまたま二つの集団が智明を打倒するために時間差で攻めてきたことになり、防戦する側としてはより的確な対処を取らねばならなくなる。
「――となると、散らばってるのは不利だぞ」
真らはまだ素人が強力な武器で攻撃してきているだけと断じられるが、自衛隊はその道のプロで様々な作戦や攻め方の訓練を行っている専門家だ。
恐らく数の面でも智明らの十倍はあると考えられ、外苑・北側の外周・本宮の人員を数えても百名そこそこでは散開している時点で防御力は弱い。
「籠城戦っつっても一週間も持たないだろうけどな……」
川崎が手配してくれた食料は、もってあと四日というところだが、現時点で白旗を振る気にはなれない。
《川崎さん! 川崎さん、自衛隊が迫ってる! 一旦、全員を本宮まで
栄養補助食の個包装を開きながら川崎に伝心で呼びかけたが、返事が返ってこず、意識を強めに発して呼び直したが川崎は応えなかった。
――まずいな――
交戦中か他の事に気を取られているか、気を失っているのか。なんにしても川崎に連絡が付かなければ、外苑や北側の部隊を本宮に引き戻すことができない。
そうなると、智明の仕事としては早々に真との決着を付け、外苑と北の部隊の盾となってそれぞれを導いてやるしかない。
「やりようはあるんだろうけど、加減が難しいんだよな。……いや、待てよ? 弾丸とかレーザーみたいのは出てなかったよな?」
何発か障壁越しに真からの攻撃を受けたが、物理的な攻撃を受けた印象ではない。それでも障壁に包まれている智明ごと揺さぶられるような威力は感じた。
「なるほど? 弾丸や光がなかったし音らしい音も聞こえなかった。てことは、俺の空気弾と似たような攻撃ってことだな」
思い返せば、智明の放った一撃が真の攻撃とぶつかりあい、盛大な破裂音を轟かせていた。
手の内を読む、まではいかなくとも目星がついたことにはそれなりの意味がある。
と、頭の中にチリチリとしたサインが届く。
《川崎さん?》
《……悪い。……なんや小柄な女が襲ってきて、のされてしもたわれ。……すまん》
川崎らしくない弱々しい意識の波が届き、智明に少し不安が生まれる。
《辛そうだね。大丈夫なの?》
《気絶から覚めたとこやよっての。……ワシだけでん
なるほど、と智明は一応の安心をした。
筋肉や骨を金属や樹脂へと作り変えるHDの効果で、人体の耐久力や回復力も上がっているようだ。
《ちょっと安心したよ。起きてすぐで申し訳ないけど、状況はすごく不利なんだ。今戦ってる相手の外側から自衛隊が迫ってるみたいなんだ》
《ホンマにけ? どないするん?》
智明の示した危機に川崎はさすがの瞬発力を見せる。
《一旦、正門の内側まで下がろう。ただでさえ人数や装備で負けてるから、散らばってるより固まった方がやりやすい》
《ん、分かった》
《まだ他にも入り込んだやつがいるかもだから、用心してね》
《よっしゃ!》
すっかり川崎らしい豪快で力強い意思が戻ったのを感じ、不安が取り除かれた気がして智明は伝心を終える。
手の中にあった栄養補助食の包装をポケットへ押し込み、深呼吸を一つ。
「さあ、こっちも再開しようか」
智明はあえて声に出して気合を入れ、本宮三階のベランダから顔を出し、降り止まない雨の中に真の姿を探した。
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