やっぱり付き合うってどういう感じかよく分からない

 俺は決心すると、翌朝早く起きて学校へ向かった。校門をくぐると教室ではなくグラウンドへ向かう。そこではサッカー部がいつもの通り朝練を行っていた。

 その中に一人、「動きが悪い」「そこもっと走れ」などと指示を飛ばしている大柄な男がいる。身長は百八十以上、体格ががっしりしていてサッカーというよりはラグビーのイメージ。おそらくこいつが竹島だろう。邪魔するのも悪いので俺は練習を眺めながら終わるのを待った。と言っても心の中はこれから竹島に話しかけることでいっぱいだったが。


「お前、何か用か?」

「うあっ」


 不意に野太い声で話しかけられ、思わず声を上げてしまう。横を見るといつの間にか竹島が横に立っていた。まあ、恋する乙女でもないのにサッカー部の練習をぼーっと突っ立ってみている男がいたら不審だよな。しかし向こうから話しかけてくるとは逆にチャンスではないか。俺は意を決して口を開く。

「先輩、内海に告白するって本当ですか?」

「ああ? 誰だそんなこと言ったのは」

 先輩はドスの利いた声で俺を威圧する。その目も心なしか、怒りに満ちていた。足が震えて思わず逃げ出したくなるのを必死にこらえる。

「う、噂で聞いただけです。た、ただ俺は内海と付き合っているので……」


 よし、何とか言ったぞ。これでどうだ。一体どんな罵声が飛んでくるのか、と思いながら顔を上げる。すると先輩はきょとん、という擬音がしそうなくらいに首をかしげた。あれ、何だこの雰囲気は。

「内海には興味ねえよ。俺が告るのは杉原だ」

「杉原?」

 今度は俺が首をかしげる。すると竹島はぐいっとあごをしゃくった。その先にはグラウンドの片隅で練習している野球部の姿があり、一人だけマネージャーと思しきジャージの女子が混ざっている。

 どこかで見たことあるような……てあれは内海とギャル子と一緒にご飯を食べていたジャージ子じゃねえか! あいつが杉原か!


「全く、誰だ適当なことを言ったのは。この噂が杉原の耳に入ったらどうしてくれるんだ、くそ」

「誠に申し訳ございませんでした」

 俺は思わず竹島に深々と頭を下げる。勘違いして告白を牽制するするなんて、なんて恥ずかしいんだ。穴があったら入りたいとはまさにこのことである。

「あ、ちなみに三好からそのことは聞きました」

「またあいつか。いい加減教育が必要だな」

 こればかりは自業自得だな。教育を受けてもらおう。そんなことを思いつつ俺は逃げるようにその場を離れた。


昼休み

 珍しく内海の方から昼食に誘うラインが来たので俺はパンを持って屋上に向かった。もしかして朝の件が内海の耳に入ったのだろうか。俺は二重の意味でドキドキしながら階段を登る。するとそこには内海が先に待っていた。

「先輩、竹島先輩に『俺の女に手を出すな』て言ったんですか?」

 その言葉を聞いて俺は心臓が止まりそうになる。そんなキザな台詞は言ってないが、と言おうとしたが、内海が真剣な眼差しで俺のことを見つめているのに気づいて黙ってしまう。


「知ってるのか」

「はい。朝、竹島先輩が来て、『変な噂が出回ってるようだから、もし聞いたら否定してくれ』って。そのとき、私にだけこっそり教えてくれました」

 余計なことしやがって。

「悪いな、勝手なことして空振りして」

 が、俺の言葉に内海はやや口調を荒げる。


「何言ってるんですか。もし竹島先輩が本当にすぐ暴力を振るうような人物であれば先輩も危なかったかもしれないんですよ。それ本当に分かってます? ていうか何でそんなことしたんですか」

「いや、内海も俺と付き合ってることバレない方がいいかなって」

 俺の言葉に内海はため息をついた。


「そんなことないですよ。私はただ、先輩がそういうので騒がれるのが嫌かなって思ってただけです。別に先輩と付き合っているのがばれてもデュエリストがばれるとは限りませんし」

「何だ、そうだったのか……」

 俺は脱力した。


「そうですよ。大体そう思うなら一言聞いてくれれば良かったのに」

「いや、出来れば内海の耳に入れずに解決したいって思ってさ」

「え……///」

 内海の顔がぽっと赤くなる。


「どうした?」

「いえ、素で先輩のこと格好いいなと思いまして」

「……やめろ内海、そんなことストレートに言うな」

 今度は俺が赤くなりそうだ。しばらくの間、俺たちはお互いの顔を見られなくなる。少しして、その状況を打破するために俺は扉に鍵を差し込んだ。が、ドアを開けようとすると内海が俺の制服の裾をつかむ。


「先輩」

「何だ?」

「こ、これから、二人のときは内海じゃなくて葵って呼んでもらってもいいですか?」


 内海の低い声が俺の身体に染み渡るようだった。俺の心臓が再び跳ね上がる。普段なら照れ隠しに「じゃあお前も先輩じゃなくて“昭”て呼べよ」とか言うところなのだが、そんな言葉も出てこない。きっと内海は真っ赤になっているのだろうが、俺も緊張のあまり振り向けなかった。

 それでも俺は絞り出すようにしてその名前を口にした。


「葵」

「はい、何でしょう、昭先輩♪」



一応これで完結ですが、もしかしたら単発の話などを投稿するかもしれません。

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可愛くて俺のことが好きだけど策士な後輩に嵌められて付き合うことになった件 今川幸乃 @y-imagawa

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