全くそういう意図ではなかったんだが

 昼休み。俺は素早くパンを買って屋上へ続く階段へと向かった。屋上は普段立ち入り禁止になっているため、近くには誰もいない。時々不良がさぼったりたばこを吸ったりしているのでほっとする。


 俺が少し緊張しながら待っていると、下から足音が聞こえてくる。内海は弁当の包みを抱きかかえて、きょろきょろと周りを見ながら上がってくる。

「悪いな、急に誘って」

「別にいいですけど……事前に言ってもらえれば何か作って来たのに」

「まじで? じゃあまた今度一緒しよう」

「は、はい」


 そんなことを言いつつ、俺は兄貴にもらった鍵で屋上のドアを開ける。金網に囲まれているのでそこまでの解放感はないが、誰もいないので広々としている。俺は念のためドアに鍵を掛けなおす。


「ここに寝っ転がってごろごろしたい」

「下コンクリートですけど」

「芝生か何かだったらなあ」

「ところでどの辺で食べます?」

「せっかくだから真ん中で食べよう」


 俺も一応屋上で食べるということでレジャーシートだけは用意してきた。昔家族でピクニック行ってきたとき用のやつだから二人だと何かでかい。俺は一番中央に近いところにシートを敷くと、腰を下ろしてさっき買ったパンを取り出す。

「先輩、レジャーシートを用意出来るならお弁当も用意出来たんじゃないですか?」

「俺は別にパンでいいんだよ」

 食事にそんなにこだわりはないからな。パンも慣れればおいしいし。俺が焼きそばパンをもしゃもしゃ食べていると、内海は自分の弁当を食べながらこちらをちらちら見てくる。


「焼きそばパン食べたいのか?」

「違います。パンばかり食べてないでおかずが食べたくないか気になっただけです」

「別にそういうつもりでは」


 そりゃ食べたいか食べたくないかで言えば食べたい。だが、無理に誘った上におかずまでもらっては悪い。でもせっかくだからな。


「交換するか?」

「仕方ないですね」

 俺はパンをちぎって渡す。

「うん、いつもの焼きそばパンです」

「そりゃそうだろ、購買のだからな」

「ですね。じゃあ私の唐揚げもどうぞ」

 そう言って内海が弁当箱を差し出したところで俺たちは気が付く。パンを食べている俺は当然箸を持っていない。その事実を知って内海は戦慄した。


「まさか先輩がそんな恐ろしい陰謀を企んでいたとは……でももうパンを受け取ってしまった以上どうしようもないですね」

 内海は唐揚げを箸でつかむと俺に向かって差し出す。

「ごめん、全くそういう意図はなかった」

「……それはそれで失礼では?」

「そうなのか」


 そう言いつつも内海は箸を俺の口元に近づけてくる。が、やはり恥ずかしくなってきたのか、だんだん視線は俺から外れていく。


「えいっ」

「痛っ、外れてる、今箸がのどを突きさしそうになったぞ」


 内海は最終的には俺からしっかりと目線をそらしながら箸を俺の顔に近づけたため、箸は盛大に空振りした。

「そんな! じゃあ先輩はきちんと先輩の顔を見ながらあ~んをしろって言うんですか!」

「そうだ!」

 言い方に著しく語弊があるような気はするけどな。箸の先端部分がのどに当たるとまあまあ痛い。

「何たる屈辱……でも焼きそばパンはすでに私の胃袋の中……」

 しばらく内海は葛藤してたが、観念して再度の「あーん」を試みてくれた。

 ちなみに唐揚げが俺の口の中に無事入っていくまであと三回ぐらいのトライがあったことをつけ足しておく。


「さて先輩、先ほどは屈辱を味わわされましたが負けたままでは終わりませんよ」

 そう言って内海はデッキを取り出す。全くそういう意図はなかったが確かにここは誰の目もない絶好のスポットだ。となれば受けて立たない理由もない。

「返り討ちにしてくれる」


 その後無事内海を返り討ちにした俺は昼休みが終わる間際に教室に戻った。するとそこには神妙な顔をした三好が待っていた。

「なあ、もしかして今内海とどこかでひっそりとご飯食べてきたのか?」

「違えよ!」

 何も違わなかったが。今までずっと教室の片隅で昼ご飯を食べていたから昼休み教室にいないだけでそう見えるのだろう。すると三好はなぜかちょっとだけほっとした顔をする。


「そうか、やっぱり二人は別に付き合ってる訳じゃないんだな」

「だからそう言ってるだろ」

「いや、サッカー部の竹島先輩が内海に告白しようとしてるって言っててさ。もしお前が付き合ってるなら一応そう言っておこうかと思ったんだが、そうじゃないならいいってことだな」

「お、おお」

 俺はそのときかなり動揺していたが、三好の方も焦っているのか気づかないようだった。


「だけど竹島先輩、悪い噂があってさ。中学の頃、告白を断った後輩を呼び出して暴力を振るったらしい」

「まじで?」

「知らん、噂だからな。まあ、そういうことなら俺は傍観に回るか」

 三好がそう言ったところで五限の先生が教室に入って来たので話題は終わりになった。一番気になるところだけ聞かされて会話がぶつ切りにされた俺は気が気でなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る