屋上の鍵はラブコメの必須アイテム
その日の夕方、家に帰った俺は悩んでいた。付き合った男女はどうあるべきなのだろうか。やっぱり学校でも明かして校内で一緒に過ごした方がいいのではないか。俺は帰宅するなり兄貴の部屋の前に向かう。内海を除けば一番何でも話せるのは兄貴だ。
「兄貴は男女が付き合ったらやっぱり周りに明かして堂々と付き合った方がいいと思うか?」
「地獄に落ちろ」
兄貴の答えは辛辣だった。何でも話せるとは言ったが、いい知恵をくれるとは言っていない。
「そんなこと言わないでくれ。他に相談できる相手がいないんだって」
「俺を相談できる相手にカウントするな。ていうか恋人が出来たら公開しないといけないなんて陽キャの考え方だぞ」
「それは確かに」
まあそもそも陰キャは恋人が出来ないがな。
「相手が誰か知らないし知りたくもないが、日陰でつつましく付き合う。そういう形があってもいいんじゃないかって俺は思うけどな」
「でも、公開出来ないってことはこそこそしないといけないってことだろ」
「まあな。だが相手とずっと一緒にいないといけないっていうのは先入観じゃないか? 別にお互いそれでいいならいいが、そのために相手の都合を踏みにじるのはよろしくないだろ。俺の彼女もなかなか画面の向こうから出てきてくれないしな」
リア充も色々大変そうだし、オタクバレしてクラス内交友関係にひびが入っても困るか。
それならどっか一緒にいてもばれなさそうな場所でも探してみるか。そう言えば兄貴は一応藤見高校の先輩にあたる。
「兄貴は藤高で他人に見られずにお昼が食べられそうなところどこか知ってるか?」
「トイレの個室」
「そういうことを聞いてるんじゃねえよ」
というか兄貴の知りたくない青春の一ページを知ってしまったんだが。
「お前、もしかして学校内で皆に隠れて彼女とイチャイチャしようとしてるのか?」
そう表現されると恥ずかしいけどその通りである。
「今の会話の流れからそれ以外の可能性があったか?」
「分かった、そこまで言うなら俺がこっそり複製した屋上の鍵をやろう」
基本的に屋上は施錠されており、鍵は職員室に保管されている。つまり、鍵さえ手に入れれば貸し切り状態になるというわけだ。こっそり複製、というところからそこはかとなく違法性を感じ取ったがそれは気にしないことにした。
「え、本当か!?」
「ああ。俺もさすがにトイレは嫌だったからな。汚いし」
そう言って兄貴は鍵をぶらぶらしながら部屋から出てくる。右手では器用に画面を見ずにソシャゲのレベリングをこなしている。そしてスマホにちらちら視線を向けながら恐るべきことを言った。
「という訳で、三千円だ」
「は?」
「鍵の複製の実費だって」
鍵って一本五百円ぐらいで複製できると思うんだが。
「実の弟から金を巻き上げようとか正気か?」
「うるせえ! 学校で恋人とイチャイチャしようとしてる奴なんて、もう弟とも思わねえよ」
兄貴は本心からそう思っていそうだった。そう思うと、先ほどの相談にまじめに答えてくれただけありがたいとすら思える。それに弟が兄より先に彼女を作ってしまったというのは確かに申し訳なくもある。
「仕方ない、三千円出すから鍵くれ」
「よっしゃ、これでもう十連回せるぜ!」
俺が札を出すと兄貴は小躍りして喜んだ。やっぱこいつ人としてどうなんだ。
翌日、俺はいつもより早めに起きて昨日内海が待っていた辺りで待機していた。俺も暇つぶしにレベリングしていると、駅の方から内海がクラスメイトのギャル子と話しながら歩いて来るのが見えた。俺と話しているときとはまた違う感じで楽しそうにしゃべっている。その様子を見て俺は思わず物陰に隠れてしまう。
会話の内容を聞く限り昨日のドラマの話をしているようだが、なかなか会話は途切れない。どうする、今朝は諦めるか? でも毎日毎日待ち構えているのも怪しいしな。仕方なく俺はスマホを取り出してラインすることにした。
『昨日のところにいる』
歩いていたラインが何気なくスマホを開く。そして焦った表情でスマホをギャル子から隠す。
「どうしたの葵」
「いや、ちょーっと悪質なスパムが来て」
誰がスパムだ。
「ごめん、ちょっと先行ってて。スパムブロックするのに時間かかるから」
「ええ、そんなの一瞬じゃない?……もしかして彼s」
そこまで言いかけたところで突然内海はギャル子を近所の民家の壁に押し付ける。いわゆる壁ドンのような体勢になり、ギャル子は突然の自体に目を白黒させている。
「悪質なスパムだから。いいね?」
「う、うん」
それこそキスしそうなぐらいの距離で迫られ、ギャル子はいつものギャルっぽい雰囲気もどこへやら大人しくなってしまった。内海が離れると少しぼーっとしながら学校へ向けて歩いていく。俺のせいで変なことになってしまい申し訳ない。
一方の内海は盛大なため息をつくと、ギャル子の姿が校門の中に消えたことを確認してこちらへ歩いて来る。
「で、どうしましたか先輩」
ばれそうになったせいか、見るからに不機嫌そうな雰囲気である。俺はこの状況で一緒にお昼食べようって言いだすのか、と思ったがこれで「何でもない」と言うのはもはやただの嫌がらせである。仕方ないか。
「先生に屋上の鍵借りる当てがあったから、昼一緒に食べないかって思って」
「……それをラインすれば良かったのでは?」
内海は唇を尖らせた。確かにそれは盲点だった。だって、
「すまん、ちょっと登校前に一目会いたくてさ。迷惑だったよな」
「……。先輩はずるいです」
それまでのとげとげしい表情が一転、内海は顔を赤らめて目を伏せる。
「だって、そう言われたら許しちゃうじゃないですか」
「ごめん、何か俺の方が恥ずかしくなってきた」
俺の方も遅れてやってきた羞恥に苛まれるのだった。俺たち、いつもこんなことばっかしてるよな。
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