その策、実は不要だったのでは?

「そろそろ出ましょうか」

 俺たちがご飯(と内海はデザート)を食べ終えた後、ようやく内海は言葉を発する。俺は無言で頷いて立ち上がる。ちなみに内海は流れるように先に会計に向かい、自分の分だけを支払った。やはりしっかりしている。

「さっきはすみませんでした」

 店を出ると内海はぺこりと頭を下げる。

「まあいいって。どんなにおもしろい映画でも合わなかったら眠いのは仕方ないからな」

 内海は何かを言いかけたが、諦めたような顔をして口をつぐんだ。


「……。まあそれはいいです。ところで先輩のプランだとこの後は解散ですか?」

「そうだな。でも最後に出来れば次回の約束とかもしたいな」

 俺の何気ない言葉に内海はそれだ、とばかりに頷く。どうしたんだ。

「いいですね! 会ったときも言いましたが、やっぱり先輩の服装はだめだめです。今度一緒に服を買いに行きましょう。じゃあ来週の土曜でどうですか!?」

「いいよ、俺特に予定とかないし。でも悪いな、デートの練習だけでなく服までついてきてもらって」

 不意に俺は申し訳なくなってきた。内海はただのカードゲーム仲間の俺のために映画代も夕飯代も奢られる訳でもないのにデートの練習に付き合ってくれた上、まだ手伝ってくれるというのだ。


「いいですよ別に。私は好きでやっているのでそれは気にしないでください」

「そうか。それは奇特なことだな」

「……。それで最後なんですが、ここの展望台に行きませんか?」


 ミラポの屋上は子供用のミニアトラクションパークみたいになっているのだが、その中に小さな塔が建っており、そこからならこの付近の街が見渡せる。そんなに大したところではないが、確かにデートの締めにはいいかもしれない。それにこの時間なら夜景がきれいかもしれない。


「それはいい案だな」

 そんな訳で俺は内海に続いてミラポのエレベーターに乗る。何か最後は内海に主導権を奪われている気がするが大丈夫だろうか。いや、これは練習だから。先輩との本番の時はちゃんと今の行動を俺からしよう。

 ふとそこで俺は気が付く。何か先輩とのデートの風景がいまいち思い浮かばないのだ。やはり俺の恋愛経験が足りないからなのだろうか。それとも……


 エレベーターを降りて屋上に出ると少し肌寒い風が俺たちの肌に吹き付ける。内海は春っぽい恰好をしてきたため少し寒そうだ。仕方がないので無言で長袖のシャツを内海の背中にかけてやる。

「……え?」

 内海は驚いたようにこちらを見る。


「いや、寒いかと思ってな。余計だったか?」

「いえ、そんなことは。ちょっと驚いただけです、あ、ありがとうございます」

「何か急にしおらしくなったし顔も赤いけど風邪とかじゃないよな?」

「……私はいつも健気でしおらしくて可愛いですが?」

 今さっきの態度から一転、急にいつもの雰囲気に戻る。

「お、おう?」


 健気でしおらしい奴は自分でそんなこと言わないんだよなあ。まあ可愛いのは否定しないが。さっきも俺のシャツをかけられたとき、ちょっと不意を突かれてこちらを見上げてきたときの表情とか可愛かったんだけど。内海じゃなかったらドキッとしてたかもしれない。


 そんなことを考えている間に俺たちは展望台に到着する。昼間は混んでいたが、案外展望台は空いていた。眼下に広がる夜景はそんなに大層なものではなかったが、これを独占していると思うと少しテンションが上がる。


「……先輩」

「ん、何だ?」


 不意に内海が上目遣いで俺に呼びかける。何というか、いつもと違って少ししおらしい雰囲気だ。やっぱり体調が優れないんじゃないだろうか。


「デートの練習もそろそろ終わりです。最後にもう一つだけやることがあると思いませんか?」

「……」


 内海の言葉に俺の心臓がどきん、と跳ね上がる。そう、何となくそんな気はしていた。デートの最後に微妙とはいえ夜景の消える場所まで来て「景色きれいだねー」と言って何もなく帰ることなどあると思うだろうか。いや、そんなことがあってたまるか。


 もちろん俺は初回のデートから勝負に出る予定ではなかったのだが、確かに内海とのデート練習を何度も繰り返す訳にはいかない。次回はデートというよりは純粋な買い物だろうし。となれば確かに今回やっておくべきだろう。


 とはいえ急に言われても何も考えてないな。というかそもそも先輩と何の絡みもないからな。ある程度交流があってから初めて告白というものは行われるべきだ。


 となれば今は告白の内容そのものというよりは精神的なことについての練習だと割り切った方がいいだろう。あれ、そんなことを考えていたら急に緊張してきたな。そりゃそうだ、告白なんて俺の人生において初めてだ。入試じゃなくて模擬試験でも緊張するように、練習だとしても緊張する。しかも告白は入試より緊張すからな(俺調べ)。


 いかん、緊張しすぎて頭の中が変な感じになってきている。いったん深呼吸しよう。それから手に人という字を書いて飲み込むか。あれ、手が震えて人という字がうまく書けないんだが。


 これはあれだな、きっと羽織っていたシャツを貸して寒いから震えているんだろう、よし、さっさと終わらせて帰ろ……危ない、危うく軽いノリで告白してしまうところだった。お前、どこの世界にこんなノリで告白する奴がいるんだ。


 よし、とりあえずまず落ち着いて台詞を考えよう。やはり好意は宣言しないといけないし、付き合って欲しいということも明らかにしないとな。とりあえず最低限その情報は入れよう。好きだ、付き合ってくれ。意外と悪くないのでは? よし、試しに声に出してみるか。



「好きだ、付き合ってくれ」

「……///」


 俺の言葉に、内海の表情が変わる。少しの驚き、戸惑い、恥じらい、そして喜び。ていうか口に出てるじゃん! ああああああああ、何てことだ! などと心の中で呻いていると。



「分かりました、付き合いましょう」

「……は?」



 俺は本来ありうべからざる返答に耳を疑った。が、先ほどまで動揺していたはずの内海はなぜか満面の笑顔を浮かべている。これは……紛れもない勝者の笑みだ。むしろ今は俺が動揺している。なぜだ、というか何が起こっている?


「これからよろしくお願いしますね、先輩」

「いや、よろしくお願いしますじゃないが。だってこれ練習だろ? 何で了承されてんの?」

「デートは練習と言いましたが、告白の練習をするとは一言も言ってませんが?」


 やられた。俺は愕然とする。だが、そんなことがあってたまるか! 俺は泡を食った。人生でここまで慌てたのは初めてだ。高校入試に遅刻しそうになったときもここまでは慌てなかった気がする。


「待って、今のなし! 今のはあくまで練習だから!」

「やだなあ先輩、先輩はモンスターを召喚した後『神々の宣告』で無効にされたら『待って、今のなし!』て言うんですか? それはちょっと卑怯じゃないですか?」

「いや、卑怯なのはお前だろ!」


 何て恐ろしいことを企んでいるんだ。さすが一学年下なのに俺のライバルになるだけはある。

 カードゲームは一対一なので究極的には相手のデッキとの読み合いで勝負が決まる。どんな強いデッキでも、メタを張れば大体攻略出来てしまうことが多い。そんな読み合いを毎日のように続けてきた結果、こんな化物を育ててしまったというのか!?


 が、そこで俺はふと大前提について疑問を覚える。確かに練習だと思っていた告白を了承されたのは嵌められているが、普通の人は俺から告白されても別に嬉しくはないだろう。俺を嵌めてでも告白させたということは。


「というか、お前俺のこと好きだったのか?」

「……はい」

 先ほどまでの笑みはどこへやら、内海は顔を真っ赤にしてこくりと頷いた。


 可愛い。


 そんな内海の表情を見てしまったら、俺は細かいことはどうでも良くなってしまった。過程がどうであろうと、俺に好きな人がいようと、今このときの内海の抱きしめたくなるような可愛さに比べれば全てどうでもいいのではないか。さっきまで俺を嵌めてドヤ顔をしていたあの内海が、今は好意と羞恥の間で頬を赤らめて小動物のように小さく震えているのだ。これを上回る可愛さが世の中にあるのだろうか。

 というか俺のあれは今思えば恋愛未満だったような気がする。その証拠に今のどきどきした気持ちに比べれば先輩を見た時の気持ちなんて屁みたいなものだ。


「ま、まあ仕方ないな。一度宣言してしまったことは取り消せないからな。いいだろう」

「え、いいんですか?」

「いいよ」


 まさか勢いで押し切れるとは思っていなかったのだろう、内海は逆に困惑している。こいつ策を弄してくる癖に防御力は低いんだな……と思ったところで俺の中に電撃が走った。


 思えば今日の内海には色々と不自然なところがあった。そもそもなぜデートの練習などわざわざしてくれたのか。なぜ気合を入れた私服だったのか。諸々の代金を割ってくれたのはきちんとした性格だからではなく俺に図々しいと思われたくなかったからではないか。映画の内容が頭に入っていなかったのは俺がずっと手を握っていたからではないか。


 そりゃ寝てたとか言ったら足踏まれるわ。何で次の買い物の約束を取り付けてきたのか。その他情緒不安定だったところがいくつかあった気がするが、この事実を知ってしまった今では全て説明がつく。


 全てを理解した俺は同時にどうしようもない羞恥に襲われた。今思えばこんなにあからさまに好意に晒されていたのに何で気が付かなかったんだろう。いかん、気が付いたら恥ずかしくなってきた。……とりあえず、今までのことは全部気づかなかったことにしておこう。


 その後俺たちは一時間ほど、何を話していいか分からないまま、とはいえ別れるのも惜しくて何となく夜景を眺めた。お互い特に言葉を発する訳でもなかったが、それでも不思議と居心地は悪くなかった。

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