映画は座ってさえいれば失敗しないらしいが

 俺たちが映画館に入ると間もなく場内は暗くなり、他の映画の宣伝が始まった。俺は飲み物とポップコーンをひじ掛けに配置して準備を整える。

 そこで俺はふと左に座る内海の右手が無造作にひじ掛けの上に置かれているのに気が付いた。それだけなら単に手を置いているだけなのだが、手のひらが意味ありげに上向きになっている。普通ひじ掛けに手を置くときは手のひらを下にして置くはずだ。

 何だ、これは何かを要求しているのか? 実はデートのとき男は女に何か渡すべきものがあるのを俺が何も知らなくて、内海はさりげなく要求しているのだろうか。それとも、実はこのデート練習は有料で教習代金を請求されているのだろうか。何でこのタイミングで請求されているのかは謎だが。


 何だろう、と思っているとスクリーンは宣伝から劇場の注意に変わる。確か俺の携帯はサイレントマナーにしていたはずだが一応確認するか、と思って画面を開くと、一件のラインが来ていた。


『手を繋げ』


 何だ、そういうことだったのか。それならそうと言ってくれれば……てえええええええ! 俺は降って湧いた難度の高いミッションに驚愕した。というか映画館じゃなければ危うく叫ぶところだったかもしれない。

 傍らを見ると内海は変わらずに無造作に右手を置きながらスクリーンを見つめている。どうせ俺にはそんなことは出来ないという侮りだろうか。それとも俺には何をされても気にならないということだろうか。

 いいだろう、そこまで言うなら(※何も言ってません)手ぐらい握ってやる。俺は意を決すると左手を伸ばしてひじ掛けに置かれた内海の右手を握りしめる。


「ひゃいっ」

 かすかに、本当にかすかにだったが左から声がしたような気がした。思わず内海の顔を見たが、すでに劇場は暗転しており表情は見えなかった。


 上映終了後。スタッフロールが終わって劇場が明るくなると、ようやく終わったという気分になる。スタッフロールが始まった瞬間出ていく人もいるが、俺は余韻を楽しむタイプである。いや、単に長時間座っていて動きたくないというのもあるが。


「いやー、俺こういう大ヒット作って何となく食わず嫌いしてたんだけど、意外と悪くないんだな。特に最後に主人公がヒロインに会いに行くところなんて分かってはいたけどつい感動しちゃった」


 『天地の子』は普通の高校生だと思っていたクラスメートが恋に落ちたと思ったら、お互いが天使の子と土地神の子だったことが分かり、お互いの一族に「あいつだけはやめろ」と止められるも、最後はやはり恋心に突き動かされて会いにいくというありがちなストーリーである。しかしありがちなストーリーでも細やかな心情表現がされており、特に最後の再会シーンは胸が熱くなってしまった。


「え、あ、うん、そうですね、すごい感動しました!」

 が、なぜか上映が終わった後の内海は上の空だった。そんなに感動したのだろうか。が、すぐに内海はこほん、と意味ありげな咳払いをする。何だろう、俺は何かまずいことをしたのだろうか。


 そう思ってふと伸びをしようとして気づく。そう言えばずっと手を繋ぎっぱなしだった!

「ああ、ごめん、これじゃ立てないもんな」

 俺は慌てて手を離す。

「もう、おかげで全然映画に集中出来なかったんだけど」

 内海は小声でつぶやくがいまいち聞き取れない。

「何か言ったか?」

「べ、別に何も言ってないですよ。そ、それよりも早くご飯に行きましょう。お腹が空きました」

 なるほど、お腹が空いたから上の空だったんだな。俺は納得した。


「それで夕飯の場所はどこか決まってるんですか?」

「ああ。ミラポのサイゼ……」

 そこで俺はふと良くない雰囲気をみ感じた。瞬間的に内海の表情が変わる。これはまずい。これはプレミを後ろから見ているときの表情だ。ということは何でもいいから別な何かに変えなければ。

「……の隣にあるおしゃれな喫茶店だ」

 どうでもいいが、今俺が使ってる技術はインチキ占い師とかが使ってる話法と一緒な気がする。

「いいですね、実は前から気になってたけどなかなか普通の時には行きづらかったんです」

 内海の表情がぱっと明るくなる。確かにちょっとおしゃれだけど高い店とかって一人で何もないときには経済的にも入りづらいよな。


 そんな訳で俺たちは『ゴールデンスランバー』に入った。木目をベースにしたちょっとおしゃれな内装で、壁にかかっているメニューにも長いカタカナの飲み物とかもあるが、ショッピングモールの中にあるからか、比較的色んな年齢層の人が入っており少し安堵する。かかっている曲も普通のJ-POPで安心した。


「意外と普通のところだな」

「そうだね」

 メニューを広げると、オムライスやカレーライス、サラダなど洋食っぽいものもあった。もっとも最初の一ページ以外は全部スイーツと飲み物ばかりだが。

「決めたか?」

「うん……私はこのふわふわ卵オムライスのケーキセットで」

 めっちゃがっつりだった。

「俺はカレーライスとコーヒーで」

 注文が終わると、俺は少し困る。何せ今まで内海とはカードの話しかしてこなかった。が、デートの練習でその話題を選ぶことは出来ない。いや、思い出せ俺。一体何のために映画を見たんだ。話題作りのためではないか。


「内海は映画どうだった? 俺はちょっと主人公がリア充過ぎてあんまり共感出来なかった」

 何せ奴は学校でバンドとかやってるからな。が、俺のごく普通の質問になぜか内海は動揺を見せた。

「え、あ、うーん、そうだね、ちょっとリア充過ぎるよね!」

 様子がおかしい。これは何かを誤魔化しているときの顔だ。ちなみに自分のターンにコンボを回していて手札が実は一枚足りないことに気づいたときとかにもこの顔になる。大体、内海はリア充じゃないのか。


「内海はヒロインの子、どう思う?」

「えーと……うーん、笑顔が可愛い?」

 内海の返答は要領を得ない。しかも明後日の方向を向きながらしゃべっており、必死でお冷に口をつけては時間を稼ごうとしている。そんな内海を見て俺はある疑念が芽生えてくる。


「なあ、もしかして内容全然覚えてないんじゃないのか」

「ふぇ!? ぜ、全然そんなことはなくて、決して上映中手を握られていて集中できなかったとかではなく……」

 内海は顔を紅潮させてあたふたと手を振っている。ははーん、やっぱりこれは相当恥ずかしいことがあったに違いない。ということは俺の予想は当たっているな。


「お前まさか寝てなかっただろうな……痛っ」

 急にテーブルの下で足を踏まれた。

「何でだよ、上映中寝てる方が悪っ、痛っ、やめろ、やめろって」

「先輩のことなんて知りません!」

 それきり内海が沈黙してしまったので俺たちは黙々と食事を食べた。何でこうなるんだ。理不尽極まりなくね? と思ったが適切な話題を考えるのも大変だったので俺はこれ幸いとご飯に集中したのであった。

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