第9話「桜吹雪の舞う道で」
「ん、戻ったか」
優美子が入口で二人を出迎えた。
「うん。てか姉ちゃんも様子見てたんだろ?」
「まあな。だが俺が会ったらまずいかと思って、出なかった」
「流石姉ちゃんだね。良い判断だと思うよ」
「あの、どういう事ですか?」
香織が首を傾げながら言うと
「ああ。俺はあの人の彼女さんと瓜二つらしいんだ」
「最初姉ちゃんを見た時、本人が生き返ってきたのかと思ったくらいだったって。だから姉ちゃんと会ったらまた思い出して、辛くなるかと思ったんだよね」
「そういう事だ」
「へえ、優美子先輩とそっくりだったんだ。きっと綺麗な人だったんだろな~」
「まあいいではないか。さて、中に入ろう」
「あれ? どうしてそっちにいるの?」
中に入ると、少年少女達がさっきまで前野がいた個室にいた。
「シューヤが鼻血を出したんで、こっちに移動したんです」
ユカが顔を真赤にして寝ているシューヤを介抱しながら答えた。
「……何があったの?」
するとチャスタが無言で席を指さした。
「オイ、こんな短時間でどうしてこうなった?」
優美子が呆れながら言う。
そこには下着姿の美咲と美幸に抱きつかれて、デレデレになっている健一がいた。
どうやら彼も飲まされたのか相当酔っているようで、二人の胸や腰をベタベタ触りまくっている。
「うん、死ね」
隆生は健一を睨み
「この変態、死にさらせ!」
香織は中指を立てて叫んだ。
「しかし健一君があそこまで酔うとはな」
「そういやそうだ。あいつが酔ってる姿なんて見た事なかったよ」
「あれ、そうだったんですか? あたし以前一緒に飲んだ事ありますけど、ベロンベロンになってましたよ」
香織が意外そうに言う。
「で、あれと同じようにされたの?」
隆生が健一達を指して言う。
「あそこまではされませんでしたけど」
そう言って香織は顔を真っ赤にして口元を押さえ、無言になった。
「うん。ぶっ殺そう」
隆生が指をポキポキ鳴らしながら言うと
「やめてやれ。それで、本当に他に何もされなかったのか?」
優美子が心配そうに香織に言う。
「ええ。その後あいつは力尽きました」
「そうか。もし何かされていたら、どうしようかと」
「されてもよかったですけど」
「……やっぱぶっ殺していい?」
隆生が握り拳を作って言う。
「だからやめてやれ。さ、あれはほっといてこっちで仕切り直すか」
優美子がそう言うので隆生はあっさり引き下がった。
その後、この店にはカラオケもあったので、歌いたい奴は歌えとなった。
「~~~♪」
隆生は上機嫌で下手なこぶしを利かせ、演歌を歌っていたが
「優美子先輩って、音子先輩とは卒業後も交流あったんですか?」
「いいや。去年偶然再会して、そこからまた連絡を取り合うようになったんだ。しかし本当に広いようで狭いな、世間は」
「そうですよね~」
誰も聞いちゃいなかった……。
「あのさ、隣の様子見たら、美咲さんと美幸さんが下着脱ごうとしてたよ」
チャスタが顔を真っ赤にしながら言うと
バタッ
「シューヤがまた鼻血出して倒れたー!」
ユカが叫びながらシューヤを介抱し
「止めに行くか」
「ええ。ぶっ殺す」
優美子と香織が立ち上がると
「ちょっと待って。僕が行ってくる」
歌い終わった隆生がそう言うが
「ダメだ、お前どさくさ紛れに二人の裸見る気だろが」
優美子が隆生を睨みながら言う。
「じゃあ、見なきゃいいんだろ?」
「そんな事出来るのか?」
「うん。そりゃ」
ガァーン!
「え、今の音って何? ……あ」
香織が健一達の個室を見ると
「どうした?」
優美子がその後ろから尋ねる。
「あれ」
「……ああ」
どうやら金ダライが頭に当たったらしく、目を回してのびている三人がいた。
「キャハハ、どうだね僕のマジックは~?」
隆生も少し酔っているのか、上機嫌で笑いながら言う。
「いつの間に仕込んであったの? ……いや、霊能力者がそこにいるんだから、隆生さんが超能力者だと言われても信じてしまいそうだわ」
香織がボソッと呟いた。
てかそれ、ある意味正解。
そして、宴もたけなわ?となり
「今日は本当にありがとうございました」
店長が隆生達に礼を言う。
「はい、てかご迷惑おかけました。主にこの四人が」
そこには優美子がふらつく美咲、ユカが同じくふらついている美幸に付き添い
「あ~、もう飲めな~い」
ミカに肩を貸してもらっている香織は、もう完全に出来上がっていた。
店員にまで絡むほどに。
「しかしこの娘、いつの間に飲んでたんだ?」
隆生が首を傾げながら言うと
「さっきウオッカ頼んでましたからねえ。まあ、翌日に響かない程度には回復させましたので」
店長が小声でそう言った。
「どうも。あの、こいつは歩けるようにできないのですか?」
隆生が酔って寝っ転がっている健一を指差しながら言うが
「健一殿に力を送ったら逆に酷くなりそうだったので中止しました。疲れていたのでしょうね」
「うーん、しゃーない。僕が家までおぶって帰りますよ。そんなに遠くないし」
「あ、じゃあオイラが後ろから支えるよ」
チャスタが手を上げて言う。
「うんお願い。シューヤはミルちゃんを頼むね」
ミルはシューヤの背中におぶさって、スヤスヤ寝ていた。
子供はもう寝る時間であるので。
「う、ミルちゃんって見た目通り、結構……」
シューヤがなんか顔を真っ赤にしている。
「ん? 重いの? それとも背中に当たってるものが」
隆生がそう言うと
「言わないでください、考えないようにしてるんだから」
シューヤが隆生を睨みつけながら答える。
「ごめん。健一達を送ったら姉ちゃんが交代してくれるから、それまで耐えて」
「は、はい」
「すみません。お手伝いしたいですが、店員も私も後片付けがあるので」
店長が申し訳なさそうに言う。
「いえいえ。それではこれで」
隆生達は店を後にした。
「家はこっちで合ってます? って、やめい」
「はい~。お店のすぐ近くです~。っていいでしょ~」
美咲はまだ上機嫌で時折優美子の胸を触ろうとし、優美子はそれを払いのけるという事を繰り返していた。
「優美子さん、香織さんはどうしますか?」
ミカが香織を支えながら尋ねる。
「ホテルに確認したら丁度隣の部屋が空いていたので取っておいた。そこに寝かせよう」
「うわあ。先輩に抱かれちゃう~。でもいいか~」
香織が上機嫌で笑いながら何か言った。
「アホか」
「美幸さんはまだそのままですね」
ユカがそう言うと
「おそらく明日の夕方までは解けんだろう。それに本人が健一君達の家に泊まりたいと言ってるし、美咲さんもいいと言ってるからなあ」
「はい~。三人で仲良く致します~」
「ええ。仲良くします」
何か二人共涎を垂らしていた。
「……まあ、健一君がアレなら、大丈夫だよな」
「いえいえ、寝ててもやりますよ~」
「はい。しないままあの世に帰りたくないですし」
優美子は何も言えなくなった。
「うう~」
隆生におぶさってる健一は、気持ち悪そうにしていた。
「大丈夫かよ。明日も店やるんだろ?」
隆生が尋ねる。
「明日は、店休日だよ」
「だからやたら飲んだのか」
「うん。楽しかったよ」
「まあね。なんだかんだ言っても、良い一日だった」
「だね。あ、兄ちゃんにおんぶしてもらったの、久しぶりだ」
「うん。小学生の時以来かな」
「あの時はよく兄ちゃんにおんぶしてとせがんでたよ」
「そう、健一は甘えん坊だったよな。歳一つしか違わないし、背丈だって殆ど差がなかったのにせがむのは僕にばっかだった。うちの父さんだっていたのに」
「あ~、あの時はただ甘えてるつもりだったけど、今思うとさ、兄ちゃんなら僕が関わっても絶対いなくならないっていう安心感があったんだ。根拠は何もないけど」
「そっか……」
いつの間にか他の皆が、ただ静かに二人を見つめていた。
「なあ、健一」
「ん?」
「もう誰も居なくなったりしないぞ」
「うん」
「長い間辛かっただろ。ホントよく頑張ったな」
「うん」
「ごめんね、僕は何も出来なかったよ」
「ううん、そんな事無いよ」
「え、そうか?」
「そうだよ。兄ちゃんにおんぶしてもらってるとホントに安心出来た」
「今も?」
「うん。あの時より大きな背中で、安心できる」
「よし、それならついでにあの時のように、あれ歌おうか」
「うん、お願い」
「じゃあ」
隆生が口ずさんだそれは、ありふれた子守唄だった。
だが健一はおろか、そこにいた皆にも何故か胸に深く響くように聞こえた。
「むう、何か妬けちゃいます~。私とすら離れようとしてたのに」
美咲が膨れっ面になり
「うう~、やっぱ隆生さんにしよっかな~、でも怒ったら怖いし~」
香織は何か呟き
「隆生さん、ありがとうございました。健ちゃんの事、章と紬ちゃんの事も」
美幸はそうっと隆生に向かって頭を下げた。
そして翌日
「じゃあここで。今度はそっちが大阪に来てよ」
隆生は見送りに来た健一達に言う。
「うん。またね」
健一、美咲、美幸が手を振って見送った。
「じゃあね。あたしはお祖母ちゃんの家に行くから」
香織は隆生達とは反対側のホームへと歩いて行った。
「姉ちゃん、またなー」
チャスタがその背中に向かって言うと、香織はそのまま右手をあげて振った。
その後、健一達は人気のない公園を歩きながら話していた。
「会えて嬉しかったよ、みっちゃん」
「私も。美咲さんともこうして話せて、楽しかった」
「私もですよ~。あ、今度またお願いして、見えるようにしてもらえないかな~?」
美咲がそう言うが
「それは無理よ。私はもう来る事が出来ないもの」
「え、何で?」
健一が驚きながら言うと
「あのね、私はあと一年くらい経ったらまた生まれ変わらなきゃいけないんだって。だからあと一回だけなら、この世を見てきていいって言われたの」
美幸がそう言った。
「そうですか~。じゃあ、うちの子に生まれて来てくださ~い」
美咲がそんな事を言うと
「そうですね。二人がよければそれで」
それを聞いた美幸が笑みを浮かべる。
「え、それって自由に決められるもんなの?」
健一がまた驚いて尋ねると
「普通は決められないんだけど、私は希望があればその通りにしてあげるって言われたの」
「そっか。うん、待ってるよ」
「ありがと。あ、そろそろ時間みたい」
美幸の体が透け始めた時、桜吹雪が舞い
- じゃあ、またね -
それにかき消されるかのように、美幸の姿が消えていった。
「ありがと、みっちゃん……さてと、また明日から頑張るとするか」
「ええ~」
健一と美咲は手を繋ぎ、桜吹雪が舞う道を歩いて行った。
その頃、隆生は電車の窓から見える桜吹雪を見ていた。
隣では皆がそれぞれ行った場所の事を話している。
「また来るね、僕の第二の故郷」
隆生は流れ行く景色を見ながら、そう呟いた。
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