第8話「もう一つの再会と、それぞれの胸の内」

「あ、ユカちゃんとシューヤ君。ちょっと聞いてもいい?」

 美幸が少年少女に話しかけた。


「はい、なんでしょう?」

 シューヤが美幸の方を向いて言う。


「ねえ、二人は恋人同士よね?」

「え、ええ」

「もうちゅーしたの?」

「そ、それは、その、あの」

 シューヤが顔を真っ赤にして吃っていると


「え~から言わんか~い」

 美幸がシューヤの肩を乱暴に揺すった。


「あ、あの、もしかして酔ってます?」

 シューヤが尋ねるが、美幸はそれに答えず

「さあさあ、言わないなら私があなたとちゅーするわよ」

 そう言って口を尖らせると


「ダメ! あの、しました! 数分間ずっと舌を絡めてました!」

 ユカが顔を真っ赤にし、必死になって叫んだ。



「うわ、そこまで言わなくていいのに」

「あの子、必死になりすぎよ」

 チャスタとミカは額を押さえながら言った。


「で、あんたらは?」

 香織がニヤけ顔になって聞くと、二人共顔を真っ赤にして黙り込んだ。



「あらあら。じゃあここでそれ再現して」

「やめんかい。少年少女に何させようとしてる」

 健一が美幸をシューヤから引き離した。


「いいじゃないそれくらい~。私ずっと目が見えにくかったんだもん。だから美少年と美少女のキスシーンとか、あと夜の」

 健一は最後まで言わせてなるかと、美幸にデコピン喰らわせた。


「びえーん! 痛いよー!」

 美幸は額を押さえながら嘘泣きした。 


「ねえみっちゃん、もしかしてお酒弱かったの?」

 健一が尋ねる。

「ヒック、分かんないよ。お酒飲んだの今日が初めてだもん」

「なんだとー!?」


「初めてだったんかい。美幸さんと健一は同い年なんだから、二人が出会った頃は飲めたはずだろ?」

「酔うと危ないと思っていたのかもな。目の事があって」

 隆生と優美子がそう話していると


「ういー」

「は?」

 美咲が何かふらつきながら立ち上がり


「ふええ~ん、私という奥さんがいながら、浮気してる~」

 そう言って健一に抱きついた。


「あ、もしかして美咲さんもお酒弱かったの?」

 隆生がそう言うが

「いや待て、あれを見ろ」

 優美子が指さした先、美咲が座っていた所を見ると


 そこには空のピッチャーが三つ置かれていた。


「そんだけ飲めばそりゃ酔うわー!」

「てかいつの間に飲んでたー!?」

 隆生と健一が同時に叫ぶ。 


「ねえ~、ちゅ~」

「ま、待って。子供も見てるんだから」

 健一は美咲が迫ってくるのを止めようとするが

「あ、ずるい。私も」

「うわあっ!」

 美幸が抱きついてきたので、身動きが取れなくなった。


「姉ちゃん、大丈夫?」

 チャスタがまた香織を気遣うと

「大丈夫よ。てか逆に清々しいわ」

 香織はそう言いながら不貞腐れていた。



「あれ、そういえばミルちゃんは?」

 シューヤがユカに尋ねる。

「さっきまでわたしの隣にいたけど……あ、戻ってきた」

 何故かミルは汗だくになっていて、手で顔を扇いでいた。


「あれ、どうかしたの?」

 ユカが尋ねると

「うん。お外にいた格好いいお兄ちゃんを持ってきて、隣に置いてきたの」

 それを聞いた隆生は大慌てで駆けて行った。



「あの、大丈夫ですか!?」

 隣の個室で店長や店員に介抱されていた、横になっている男性に声をかけると


「す、すみません。駅前の居酒屋でお酒飲んだ後、帰宅途中で気分が悪くなって、この店の近くで座り込んで、しまったんです」

 男性が横になったまま苦しそうに言い

「それをミルさんが見つけてここまで連れてきた後、私に知らせてくれたんですよ」

 店長が男性の背中をさすりながら言った。


「あ、そうでしたか。てっきりあの子があなたを無理矢理攫って来たのかと思って」

「どんなお嬢さんですか。って、え?」

 男性が隆生の顔を見て、戸惑いを見せた。

 隆生も驚きの表情を浮かべる。


「あ、あの。もしかして前野さんですか?」

 その男性は以前東京の板橋で会った、前野隆生まえのりゅうせいだった。


「え、ええ。仁志さんですよね?」

「は、はい。こんな所で会うなんて。あの、この近くにお住まいだったのですか?」

「そうですよ。しかし、本当奇遇……うっ」

 そう言って頭を押さえる。


「あの、大丈夫ですか? お水飲めます?」

 いつの間にか香織が来ていて、コップを前野に差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 それを受け取ってゆっくり飲み、ため息をついた。


「しかしそんなになるまで飲むなんて、何かあったんですか?」

 隆生が心配して尋ねると

「今日は彼女の命日だったんですよ」

 前野は俯きがちになって答えた。


「え、そうだったのですか?」

「ええ。墓参りした後、以前を思い返して。それでつい飲み過ぎて」

「そうでしたか。やっぱそう簡単にはいかないですよね」

「ええ。僕がもう少しと思ったら、今でも」


 前野が言う「彼女」とは彼の恋人であったが、実は生き別れの妹でもあった。

 それを知った彼は、彼女と深い仲になる前に方便を使って別れようとしたが、傷ついた彼女は自ら命を絶ってしまった。

 彼はその事をずっと悔いていた。

 彼女も死後あの世で真実を知り悔いていたが、優美子のおかげでどうにか気持ちに区切りをつけた。


「あの、あたし詳しくは知らないですけど、その彼女さんもあなたが体壊したら浮かばれないですよ」

 香織がそう言うと

「分かってはいるんですけど、なかなかね」

 前野はゆっくり首を横に振る。


「うーん。彼女さんに死なれた奴ならここにもいるけど、今はあのとおり」

 香織が指さした先には、美咲と美幸に抱きつかれながらこちらの様子を見ている健一がいた。


「はは、美人二人も侍らすなんてその彼女さん、天国で泣いてるかもね」

「いや、抱きついている一人が……いいや、言っても信じないだろうし」


 あのね、その人も亡くなった彼女とは今回と同じ手で会ってるんで信じるよ。

 とは言えない隆生だった。


「ねえ、もう新しい恋人探したら? 彼女さんだって分かってくれますよ、きっと」

「出来れば苦労しないですよ。彼女以外の女性なんて、僕にはいな……あ」

 前野は香織を見つめ、ぼうっとしていた。


「お、よく見るといい男」

 そして香織も前野をじっと見つめていた。



「あの、もしかしてこれ仕込みですか?」

 隆生が小声で店長に尋ねるが

「いえ、本当に偶然です。香織殿にはいずれ良縁を紹介しようと思っていましたが」

「そうでしたか。でも、どうなるのかな?」

「上手く行くといいですね。さて、歩ける位には回復させておきましょうか」

「あ、お願いします」

 そして店長が飲み過ぎに効くと言って、神の力を込めた冷たいお茶を前野に渡した。

 


「お手数おかけしてすみません。あ、もうこの近くなので」

 隆生と香織は前野を心配して付き添っていた。


「そうですか、お気をつけて。また機会があればお話聞かせてくださいね」

「はい。ではまた」

 そう言って前野は住宅街の中へと歩いて行った。


「隆生さん。あたしにもあの人の連絡先教えて~」

 隆生はさっき前野といくらか話した後、連絡先を交換していた。


「いいですよ。でも知りたかったのなら、直接聞けば良かったのに」

「うーん。何か聞きづらくて」

「へえ~、僕になら聞きやすいってか。今日が初対面なのに」

 隆生が苦笑いしながら言う。


「あ、そーだったわ。隆生さんって健一君とよく似てるから、なんか普通に話せちゃうんだよね~」

「そう? 僕達そんなに似てるかな?」


「ええ。顔はちょっと似てるかなって感じですけど、その優しい雰囲気がホントそっくり。あ~、どっちにしようかな~」


「は?」

「いえ何でも。さ、戻りましょうか」




 そして、戻る途中で

「あの、違ってたらごめんなさいですけど、聞いていいですか?」

 香織がふと思い立って尋ねる。


「ん? 何?」

「優美子先輩はご両親、隆生さんから見てお祖父さんとお祖母さんの実の子供じゃないって、本当なんですか?」


「……それ、誰に聞いたの?」

 隆生は顔を顰めて言う。


「音子先輩から。なんでも大学の頃、優美子先輩が話してくれたって。あの」

「僕もつい最近聞いたんだよ。姉ちゃんもどうして家に引き取られたかまでは、僕の両親や祖母が話してくれるまで知らなかったよ。しかしあの姉、何で音子さんにそれを話したんだろ?」


「何でも当時、音子先輩は叔父さんと叔母さんを『両親』と呼んでいいか悩んでたそうで、優美子先輩に相談したとか」


「それ、悩む事あるのか? 音子さんにとってはそうなんだから、そう呼べばいいだろが」

「うわあこの人、優美子先輩と同じ事言いやがった」

 香織がズサっと引きながら言う。


「あ、そうなんだ。それで音子さんは納得したの?」

「いいえ。『そんなふうに思える人がいるなら、ここに連れてきてください!』って思わず叫んだらしいです。そこで……」


「なるほどね。本当のお母さんと会った後でも、どっちも実の両親だって前に言ってたしね」


「え? 優美子先輩、実のご両親と会えたんですか?」


「うん。詳しく言えなくてごめんなさいだけど、捨てたとかじゃなくて行方不明だったんだって。それが偶然が偶然を呼んで再会できたんだ」


「へ、へえ……あ、この事をあたしが聞いたの、内緒で。なんなら口止め料として、どうです?」

 香織がそう言って隆生に撓垂れ掛かると


「ははは。冗談はよしなさい」

 隆生は軽く香織の頭を小突いた。


「うわ、この人もあたしの魅力に惑わされない? あ、本当に女装ネット友達と」



 香織は無言で震えながら、隆生の後を着いていった。

 後に「あの時は殺されると思った」と言ったとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る