第7話「最初のきっかけを作った人」

 そして、一同は店から歩くこと十数分、駅前の通りから少し奥まった所にある目的地に着いた。

 

「へえ、こんなとこにこんな店あったんだ」

 健一が店を見ながら言う。


「僕も知らなかったよ。まあ奥の方はあまり行かなかったけどね」

 地味な小さな店ではあるが、店先は綺麗に掃除されている。


 その時、店から見た感じ四十代位の髭を生やした男性が出てきた。

 服装からして店員らしい。


「あの、すみません。店長さんのお友達の紹介で来たんですが」

 隆生がその男性に声をかけると

「え、ああ。仁志さんですね?」

 

「ええ。あの」

「私がここの店長です。皆さん、今日は当店にお越し頂きありがとうございます。本当困ってた所だったんですよ」

 その男性、店長が頭を下げる。


「いえいえ。あ、予約より一人多いですが」

「大丈夫ですよ、さ、どうぞ中へ」

 

 皆が入っていった後、隆生は店長に小声で話しかけた。

「あの、あなたも神様なんですよね?」

「ええそうですよ。元は人間で、後世では関東郡代とも呼ばれています」

 店長がそう言うと、隆生が


「え、関東郡代って……あの、もしかしてあなたは江戸時代初期に中山道を氷川神社の参道から西に移動させて、この大宮の礎を作ったというあの伊奈忠治いなだたはる様ですか?」


「おや? 関東郡代は歴史上で私一人という訳ではないのに、よく分かりましたね」

 店長がやや驚きの表情を浮かべた。


「あ、いえ。関東郡代と言われて真っ先に思い浮かぶ人があなただったんです。ここの事だけでなく、関東の新田開発や治水工事等で多くの功績を残されていて、今は茨城県つくばみらい市で祀られてますし」


「ははは。それらは私の父や兄が礎を作ってくれたおかげですよ」

「それでも凄いかと思いますよ。それに僕はいつか忠治様のお墓か、祀られている神社に行ってお礼を言いたいと思ってたんですよ」

「おや、私はあなたに礼を言われる事をした覚えはありませんが?」

 店長が首を傾げると


「それはですね、ご存知かもしれませんが、僕は一時仕事の都合でこの町に住んでいました」


 ここで出会った人達は皆優しく暖かかった。

 この町の雰囲気はとてもよく、出来ればずっといたいなと思ったくらい、暮らしやすかったんです。

 勝手に第二の故郷だと思ってるくらいに。


 その後、あなたの事を知って思ったのです。


 もし伊奈忠治という人がこの町の礎を作ってなかったら、はたして今この町はあっただろうか? 

 いや、あったとしてもこんな町だっただろうか?


 僕はあの人達と会えていただろうか? なんて事を。


 そしてもっと後で思いましたが、もしこの町が無かったら、健一は美咲さんと会えていただろうか?

 美幸さん、香織さんとも会えていただろうか?


 それが無かったら、今頃健一はおろか皆は、世界はどうなっていたか。



「僕や健一の事、世界の事はあなたのおかげでもあると思ってます。本当にありがとうございました」

 隆生は深々と頭を下げた。


「いやいや。今この町があるのはそこに生きた者達、そして今ここに住んでいる者達のおかげですよ」

 店長が手を振りながら言う。


「勿論その人達にも感謝していますよ。でも最初のきっかけを作ったあなたに、一番感謝したいです」


「ははは。そう言ってもらえると嬉しいですね」

 店長は笑いながら言った。


「あ、ところで今日の事は」


「ええ、今日は守護神様の計らいであなた方をご招待するつもりだったのですが、健一殿や美咲殿、香織殿はあなた方の事情を知らない。それで都合良く紹介するとなると、こういう方便しか思いつかなかったそうです」

「そうだったんですか」

「ええ。それにこの世界だけでなく、全ての世界を救った方達をおもてなし出来るのですから身に余る光栄ですよ」


「それって僕達はともかく、彼女達もですよね」

 そう言って隆生は席に着いている美咲、香織、そして美幸を見つめた。


「さ、隆生殿も中へどうぞ。今日は貸し切りにしてますから、ゆっくり寛いでください。あと店員は生前の元部下や縁者で全て分かってますので、お気になさらずに」

「あ、はい」


「それと代金はタダにしたい所ですが、あなたはおそらくそう言ってもそっと代金を置いていくだろうと守護神様が仰ってました。それではこちらも心苦しいので、最初から半額という事で手を打っていただけますか? 食べ放題飲み放題の割引コースですので、皆さんへの言い訳も立つかと」

 

「それでも申し訳ない気がしますが、ありがとうございます」




「美味しい!」

「わあ~!」

 出てきたのは刺身や海鮮サラダ、ミックスフライ等。

 飲み屋であるが子供向けに色々なメニューがあった。


 ユカは海鮮丼を既に三杯食べていて、それを見た香織は引いていた。


「健ちゃん、美味しい?」

「う、うん」


「あなた~、こっちもあ~ん」

「あ、これも美味しい」

 健一は美咲と美幸の間に挟まれ、両方から料理を食べさせてもらっていた。


「うん、爆ぜろ」

 彼の向かい側にいた隆生がビールを一口飲んだ後、頬杖をついてぼやいた。


「そんな事言ってやるな。今日くらいいいだろ」

 隣に座っている優美子は苦笑いしながら白ワインを飲んでいた。


「香織姉ちゃん、大丈夫?」

 チャスタが香織を気遣って言うと

「大丈夫よ。あんだけ堂々とやられたらもう笑うしかないわ」

 そう言ってジョッキを煽る。


「しっかし健一さんって、隆生さんと同じ位モテるんだね」

「お、そうなの?」

 香織がチャスタの方を向く。


「うん、聞いた限りじゃ隆生さんも何人かに惚れられてたよ。知り合いには七人の女の子に告られただけでなく、女性ファンが百人位いる人もいるんだけどね」

「うわお。その人そんなにカッコイイの?」

「ううん、顔はどっちかというと普通だよ。でもさ、なんというか強くて優しくて、ヒーローってあんな感じかなって人なんだよ。そしてミカやユカの初恋の人だよ」


「お、姉妹揃って同じ男をだったのか~?」

 香織がミカとユカを交互に見つめる。

「はい。でも今はチャスタがいますし」

「わたしもシューヤが」

 二人共頬を染めて言う。


「あらら~、少年達、ホントやるわね~。それで、この可愛い姉妹を振った男はどーなったの?」


「その人は年上の幼馴染と恋人になっちゃったよ」

 実際には結婚してるが、こっちに合わせてそう説明する。


「へえ~。いいなあ、あたしにも誰か良い人いないかな~」


「良い人か。うーん、あの人は……ダメだ」

 チャスタは誰かの名を言おうとしたが、すぐに首を横に振った。


「あれ、誰の事言おうとしたの?」

 ミカが尋ねる。

「いや、イオリさんって」

「ああ、たしかにそれはね」


「え、誰その人?」

 香織が身を乗り出して尋ねると


「さっき隆生さんが言ってたネット友達です。わたし達もその人のブログでですが、お話した事あるんです」

「へえ~、やっぱめちゃ良い人そうだね。でも遠方じゃなかなか会いに行けないよね~」

「それ以前にその人、女装癖があるんです。この前なんかセーラー◯ーキュリーのコスプレして、その写真アップしてました」

「それ、不気味なくらい似てたよね」

 ミカとユカが苦笑いしながら続けて言うと


「おんどりゃあー! そんな変態紹介しようとすんなー!」

「痛い痛いー!」

 香織がキレてチャスタを梅干しグリグリした。



「ねえ兄ちゃん、そんな人とどうやって知り合ったの?」

 健一にも聞こえたようで、不思議がって尋ねる。


「元々はブログでゲームやアニメ等の二次創作小説書いてた人だったんだよ。それがとても良くてファンになったんだけど、いつの間にかコスプレ画像もアップするようになったんだよ。それと雰囲気から、最初は女性だと思った」


 ちなみに二次創作小説はともかく、女装コスプレ画像のブログは本当に運営してる守護神イオリであった。

 その筋では有名らしいが、それがまさか世界を守る神だとは誰も思うまい。


「へ、へえ。何があったの、その人?」

「知らん。まあそれ以外は良い人なんだよ」


「え~、隆生さんが襲って目覚めさせたんじゃないのですか~?」

 美咲が冗談めかしていうが


「……ほ~う、俺がそういう奴に見えるのか?」

 隆生は底冷えするような低い声を放ち、美咲を睨みつけた。


「ゴメン兄ちゃん! ほら、美咲も!」

「ご、ごめんなさい!」

 夫婦で平謝りした。



「こいつ、キレると本当にヤバイな」

 隣にいた優美子も震えていた。

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