第5話「従兄弟の再会」

 その後二人がなんとか解放された時、隆生の電話が鳴った。


「あれ、シューヤからだ。はい……え? うん、うん。その辺りなら分かるから、迎えに行くよ」

そう言って電話を切った。


「どうした?」

 優美子が尋ねる。

「うん。シューヤとユカが偶然ミルちゃんと会ったって。あとミカとチャスタも偶然会って、今は僕が以前住んでいた場所の近くにある花屋さんにいるってさ」

「あの方向なら皆、神社に行ってたのだな。神様など見飽きてるだろうに」

「まあいいじゃん。さてと、近くまでタクシーで行く?」

「そうだな、ちょっと疲れた……」


 二人は丁度通りかかったタクシーを捕まえると、道が運良く空いていた事もあって十数分後には目的地に着いた。




「あ、隆生お兄ちゃんと優美子お姉ちゃんだ」

 ミルが二人に駆け寄ると

「こら、一人で勝手にどっか行ってはダメだろが」

 優美子はミルの頭を軽く小突いて叱る。

「むう、一人じゃないもん。幽霊のお姉ちゃんと一緒にいたんだもん」

 ミルが膨れっ面になって美幸が居る方を指す。


「そんな事大きな声で言うな指さすなって、俺にも見えるじゃないか?」

「僕にも見えるよ、おい」

 二人の目には美幸の体が透けて見えるので、幽霊だとすぐ分かった。


「あ、どうもすみません。ミルちゃんお借りしてました」

 美幸は優美子の方を向いて会釈した。


- いえこちらこそすみません、うちの者がお世話になったようで -

 優美子はすかさず神力を使い、テレパシーで話した。


「え、あのこれって?」


- 簡単に説明すると、超能力のようなものです -


「へえ。こんな事が出来るなんて。あ、私は」


 そして互いに軽く自己紹介した後


「うーん、優美子さんや隆生さんも私が見えるのに、何で健ちゃんには見えないのかなあ?」

 美幸がそう言って首を傾げると

「は?」

 優美子が思わず声を出した。


 その時、隆生が後ろから誰かに肩をポンポンと叩かれた。


「はい? って、え!?」

 隆生は振り返った途端、驚きの声をあげた。


「何だ? って、は!?」

 優美子も振り返って驚く。


「久しぶりだね、隆生兄ちゃんに優美子姉さん」

 健一がややニヤけ顔になってそこにいた。


「あ、ああ久しぶり。てか健一、ここで何やってんの?」

 隆生が戸惑いながら尋ねる。


「あれ? 転職して花屋で働いてるって、伯母さんに伝えたんだけどなあ?」

 健一が首を傾げながら言うと


「会社辞めたのと結婚したのは聞いたけど、後の事はまだ聞いてなかったぞ」

「そうだったの。てかさ、大宮に来てるなら連絡してよ」

「いや、今の住所と電話番号も知らんぞ。てめえメールくらいしろよ」

「随分前にそっちの実家に連絡先送ったけど?」

「は? それも知らんかったぞ」

「おーい。てか後で知ったけど、兄ちゃんだって約一年間この辺りに住んでたんだろ? その時に来てくれたらよかったのに」


「う、それは悪かったよ。あの時は忙しかったってのもあったけど、健一の家がこの辺りだって事を忘れてたんだよ」

 隆生が申し訳なさそうに言う。


「この従兄、昔からどっか抜けてるな」

 健一がボソッと言うと


「俺もそう思っていたが、実は心因性の健忘症だったそうだ」

「え?」

 健一が驚きながら優美子の方を向いた。


「健一君も知ってるだろ、隆生は人付き合いが不得手な事を」

「あ、うん」

「それで知らず知らずのうちに心が傷ついていて、そうなったらしい」


「ちょ、姉ちゃん?」

 隆生が慌てて優美子の手を引く。

「いいだろうが、もう大丈夫なのだから」

 

「え、何かいい治療法でもあったの?」

 健一が尋ねると

「う、うん。実は友達に難病に強いお医者さんがいてね、その人のおがげで治ったんだよ」

 隆生はそう説明した。


 実際は健忘症ではなく、神ですら治せない原因不明の記憶障害「忌まわしき病」であった。

 それを治したというか、消し去ったのがカルマだった。

 己の命を縮めて。


「へえ、そんな凄い人なら有名だよね?」

 健一がまた尋ねる。

「今は途上国へ行って、そこで難病に苦しんでいる人達の為に働いているからね。あまり知られてないよ」

「そうなんだ。もし……いや」

 健一が何か言いかけたが、やめた。


「もしかすると、その人なら美幸さんの目を治せたかもしれないって思いました?」

 美咲が小声で健一に言うと

「……うん。未だに良いお医者さんと会えてたら、なんて」

「そうですよね~。でもそれだと、私は」

「あ、いやその」

「いいんですよ。たとえどうなっていても、いいお友達でいれただろうな~って思いますよ」


「うん。どうなってたかは分からないけど、いいお友達でいれたと思うよ」

 美幸は聞こえないと分かっていても、健一と美咲に向かってそう言った。



「って、そうだ健一。遅れたけど結婚おめでとう」

 隆生が健一の方を向いて言う。

「うん、ありがとう。兄ちゃんはまだ?」

「僕には縁がないわい」

 そう言って手を振った。


「そう。優美子姉さんは?」

「俺も相手がおらん」

 優美子はしかめっ面になって言った。


「そうだったのですか~、わたしてっきりお二人がご夫婦かと思いました~」

 美咲が隆生と優美子を順に見つめてから言うと


「違いますって。この人は僕の叔母で、父の妹です」

 隆生は優美子を指さしながら答えた。


「あ、そうでしたか~。たしか隆生さんとうちの人は、お母様同士が姉妹の従兄弟ですよね~?」

「ええ。それと知ってるかもしれませんが、うちの父と健一の亡くなったお父さんは親友だったんですよ」

「はい、知ってますよ~。子供の頃からずっと仲良しだったって聞きました~」


「あれ? じゃあ健一さんって大阪生まれ?」

 ユカが首を傾げると


「いや、僕は両親がこっちに来てから生まれたんだよ。父さんがこっちに転勤になった時に母さんも着いて行って、そこで結婚したんだって」

 健一がそれに答える。


「ご両親が大阪の人だからか、あなたもたまに大阪弁で話しますよね~」

 美咲が健一の方を向いて言うと

「あ、そうやね。知らんうちに出てるかもしれへんわ」

「おい、わざとらしいわい」

 隆生が苦笑いしながらツッコんだ。


 その後、互いの近況等を話し


「そういや叔母さんは叔父さんが亡くなった後、うちの両親や母さん側のじいちゃんばあちゃんに何度も大阪に戻ってこいって言われたけど、頑として聞かなかったって聞いたよ」

 隆生がそんな事を言うと


「それね、僕が高校生の時に話してくれたけど、なぜか戻ると父さんをここに置いていくような気がして、意固地になっていたんだって。そしてもし自分に何かあったら伯父さん伯母さんを頼って大阪へ行きなさいとも言ってくれたよ」


「でも、健一はそのまま地元の大学へ進学したんだよね」

「うん。やっぱ僕にとってここは故郷だし。それに今はそうして良かったと思ってるよ」

「ああ、もし大阪に引っ越してたら、美咲さんと出会えなかったかもってか」

「そういう事」



「そうだ美咲さん。少しいいですか?」

 隆生は背筋を伸ばし、真剣な表情になって美咲の方を向いた。

「は、はい?」

 美咲もそれに釣られ、真剣な表情になる。


「健一は良い奴なんだけど、今までどうも辛い目に合いすぎて……でも、あなたみたいな人と結婚できたんだし、これからは」

「はい、一緒にたくさん良い事に出会います」

 美咲が微笑みながら言うと


「では美咲さん。うちの従弟を、いや弟をよろしくお願いします」

 隆生はそう言って、深くお辞儀した。


「兄ちゃん、ありがと」

 健一は目を潤ませていた。

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