第2話「チャスタとミカと、失恋した女性」

 一方ミカとチャスタは、ニューシャトルに乗って鉄道博物館へ見学に行っていた。


 そして大宮駅まで戻って来て西口の方にあるデパートで買い物した後、歩道橋を歩いていた。


「鉄道博物館、最高だったわ~!」

 ミカが満面の笑みを浮かべて言い

「ホントそうだよな。なんていうか歴史の重みも感じたよ」

 チャスタも頷きながら言った。

「ええ。たくさん写真撮ったし、本も買ったし。これを向こうで広めて」

「皆がもっと鉄道好きになってくれればいいよなあ」

「ええ。あ、ちょっとお花摘んでくるね」

 ミカはそう言ってスーパーが入っているビルの方へ歩いて行った。


「あれ?」

 ふと見ると歩道橋の欄干に腕を乗せ、駅の向かいにあるビルのハイビジョンをぼうっと眺めている二十代位の女性がいた。

 チャスタはその女性の表情が気になって、声をかけた。


「なあ姉ちゃん、どうかしたの?」

「え? ううん、なんともないよ」

 女性がチャスタを見て首を横に振る。


「そう? それならいいんだけど、何か辛そうにしてたしさ」

「あれ、そう見えた? うーん、まだどっかで引きずってるのかなあ」

「ねえ、失恋したの?」

 チャスタが思ったことを尋ねる。


「……なんで分かるのさ?」

 女性が苦笑いしながら言った。

「いやさ、前におんなじ顔してた女の子を見たから、それで」

「そっか。うーん」

 

「なあ、無理にとは言わないけど、溜め込まずに話したら、スッキリするかもしれないぜ?」

 チャスタが身振り手振りを交えながら言うと


「子供のあんたに何をと言いたいけどさ、何故かあんたを見てると、話してもいいって思えちゃうわ?」

 女性は不思議そうに首を傾げる。


「うん。いっぱい愚痴ってよな」

「ええ、じゃあ」

 そして彼女は話し出した。



 自分が会社の元同僚である男性に恋した事。

 その彼とは入社前にも会っていて、当時大変な時だったにも関わらず親切にしてくれた事。

 けど入社して会った時、忘れられてたのがムカついて半ば意地になって落とそうとしたが、いつしか本気で好きになっていた。

 けど、彼には好きな人がいた。


 そして、その彼の背中を押した後、思いっきり泣いた事などを。


「ふう。ごめんね、つまんない話だったでしょ」

 一通り話終えた女性がため息をついて言う。

「そんな事無いよ。姉ちゃん、よく頑張ったね」

 チャスタは首を横に振ってそう言った。

「ありがと。あ、さっきあんたが言った女の子って、その後どうなったの?」

「えっと、オイラの彼女になってくれたよ」

 

「……ほ~う、どーやって口説いたんだねー?」

 女性がニヤけ顔になって尋ねる。


「え? えーと」

「話してよ~、えーん」

 女性は分かりやすい嘘泣きをした。


「え、えっとね、彼女が失恋して落ち込んてた時、姉ちゃんと同じようにその事を聞いた後、オイラがいろんな事話したんだ。そして最後に笑ってくれたんだ」

「ふんふん、それで?」

「その時さ、最初に彼女と会った時からずっと好きだった、その笑顔が好きだった事をつい口走っちゃった」

「ほ~う」

「そしたら彼女が『気持ちの整理が付くまで待ってて』って言ったんだ。そしてそっから半年後、オイラ達は付き合いだしました」


「うん。あんたも彼女も、ホント良かったねー」

 そう言ってニパッと笑った。


「あ。笑った」

「え?」

「やっぱ姉ちゃんも、笑顔が最高に似合うね」

 チャスタもニカッと笑みを浮かべながら言った。


「おのれ、彼女いるくせにあたしを口説こうとするな!」

「痛い痛い!」

 彼女がチャスタにヘッドロックをかけた時。


 ドサッ


 何かが落ちた音がした。


「え、あ?」

 そこには戻ってきたミカが、悲しそうな顔をして立っていた。

 足元には鉄道の本が入った紙袋が落ちている。


「ど、どうしたんだよ!?」

 チャスタが慌てて尋ねると

「……チャスタ、浮気してたのね」

 ミカが涙目で言う。


「へ? ち、違うって!」

 チャスタが誤解を解こうとするが


「びえ~ん! そりゃその人の方があちこちおっきいけど、わたしだってまだこれからなのに~!」

 ミカはその場に座り込んで泣き出した。


「だから誤解だってば!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 その後チャスタと女性はどうにかミカをなだめすかし、歩道橋の下にある花壇の隅に座らせた。


「ごめんなさい。誤解してしまって」

 ミカは女性に頭を下げた。

「分かればいいのよ。ところでちょっと聞いていい?」

「はい、何か?」

「彼の事チャスタって呼んでたけど変わった渾名だからさ、なんでそうなったのかなと思って」


「『チャスタ』は本名だよ。オイラの父ちゃんがロシア人で、母ちゃんが日本人だからね」

 ここではそういう設定にしてある。


「え、そうだったの? ぱっと見日本人だから分かんなかったわ。もしかしてお母さん似?」

「ううん、オイラ父親似だってよく言われるよ」

 それは事実である。

 以前チャスタの亡き実父を知る者がそう言った。


「そうなんだね。ところであんた達、この辺りの子?」

「いや、大阪から来たんだよ」

「へえ。今日は観光?」

「それもあるけど、今オイラ達がお世話になってる人の友達の結婚式が昨日あったんだ。そしてオイラ達も良かったらどう? って連れてきてくれたんだよ」

「お友達の方は親戚が少ないから、ちょっとでも賑やかにしたいから呼んで来てって言われたそうです」

 チャスタとミカが続け様に言う。


「へえ、それはまた奇遇ね。あたしも昨日大学の先輩の結婚式に呼ばれたんだけどさ、同じ理由でいっぱい人集めてたよ。なにせあの人、叔父さん夫婦以外に身内いないし」


「え? なあミカ、音子姉ちゃんもそうだったよな」

「うん。音子さん、叔父さん夫婦に育てられたって昨日言ってたわね」


「は? 今、音子って言わかなった!?」

 女性が驚きながら尋ねる。


「え、ええ。花嫁さんの名前です」

「先輩の名前と同じ、いやもしかしてあんた達ってさ、昨日◯◯式場にいた?」

「は、はい……え!?」

 ミカが気づき

「うわ! なんて偶然だよ!」

「ホントよねー!」

 チャスタと女性が手を取り合って喜び


「そうだ。あんたなんかどっかで見たことあるなーって思ってたら、昨日子供達の面倒見てた女の子じゃん!」

 女性がミカの方を向いて言うと

「あ、はい。子供が好きなので。面倒見てたというか、一緒に遊んでいました」

 ミカは照れ臭そうに答えた。


「いやいや。友達皆で『あの女の子、面倒見の良いしっかりした子だね』って感心してたんだよ。チャスタ、あんた幸せもんだよ」

 女性がそう言ってチャスタの頭をなでた。

「エヘヘ」


「あ、ごめんだけどさ、チャスタって何かちっちゃく見えるんだけど、何歳なの?」

「オイラは十二歳で小六、ミカは十六歳で高校一年生だよ」


「あんたヤバイ事するわね」

 女性がミカの方を向いて言った。

「え、えっと、チャスタのご両親は清いお付き合いならいいって言ってくれました」

「親公認かい!? ……まあ、あと数年すれば年の差なんて気にならないわね」


「うん。あ、そうだ姉ちゃん、この後予定ないならオイラ達と一緒に遊ばない?」

「あの、ご迷惑でなければ」

 チャスタとミカが続け様に言うと


「うーん。よし、ここで会ったも何かの縁。乗った」


「よっし行こう。あ、オイラのフルネームはチャスタ・ラプタって言うんだ」

 チャスタは親の出身地や種族が違うだけで、ハーフなのは事実である。

 だからそのまま名乗る事にしていた。


「わたしは風間美華かざまみかです。あの」

「あたしは高橋香織たかはしかおり。よろしくね」


 そして、香織が駅から少し離れた場所にあるボーリング場へ行こうと言ったので、そこへ向かった。

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