第10話 真夜中の独白
高校の時、はつ恋と呼んでもいいような恋をした。相手はクラスメイトの男子。
背が高くて、いつも友達に囲まれていたけれど、いつも一人でいるような雰囲気を醸し出している不思議な人だった。
席替えをして彼の後ろの席になった時、意外に猫背なんだってことがわかった。古典の授業ではだいたい、広げた教科書に隠すようにして文庫本を読んでいることもわかった。
「黒子のバスケ」の黄瀬君みたいな髪型をしていたから、女子の中では彼を「涼太」と呼んで、本人にわからないようにキャアキャア騒ぎ立てている子たちもいたけど、私はその中には混ざりたくなかった。
同じぐらいの成績で、席が前後で、お互いに気付いたら一人でいることがあって。そんな共通点を持つ私たちは、少しずつ距離を縮めていった。けれどそれは、男女の色っぽさとはまったくといっていいほど無縁の、ただのクラスメイト。
自分が、人と群れるのがイヤで、「サバサバした性格だよね」の一言で片づけられることの多い性質でよかったと思ったのは生まれて初めて。だって、自分がたぶん、彼に話しかけられて頬を染めたり、わざと上目遣いで受け答えするような上級テクニックを備えた女の子だったら、彼に近づくことは出来なかったから。
なぜなら、彼は男が好きだった。
自分が告白するより先に、彼に告白されるとは思わなかった。
顔面偏差値の高さや身長の高さ、誰にでもそこそこにやさしく対応できるだけのスキルを自分が標準装備していることを、利口な彼は自覚していた。だから、女子が近寄ってくることも想定の範囲内。けれど、誰ともつかず離れず。
そんなふうだったから、
「中学の頃から付き合っている彼女が他校にいる」
とか、
「近くの大学に通う年上の女と付き合っている」
と、根も葉もないうわさ話をしているのを私も聞いたことがある。
そんな話を入り口に、「好きなんだけど、」と余裕ぶって告白しようと思った矢先に、彼から告げられた。ショックじゃなかった、と言えば嘘になる。ただ、他の女に持っていかれるぐらいなら男のほうがいいか、と思ったのが正直なところ。
「高校に入ってから、まだ誰にも言ったことがないんだ」と柔らかく微笑んだ彼の横顔を知っているのは、この教室で、この学校で自分ただ一人。その優越感と、秘密というにはあまりにも大きく重みのある真実を共有することの責任感に酔っていたかった。
だから、私は彼のよき理解者になろうと決めた。そうしてでも彼のそばにいようとしたのかもしれない。いわゆる下心。
同じ大学に進学してから、その時々に付き合っている「恋人」を何度か紹介されたけれど、何が原因なのか彼は誰とも長続きしなかった。
が、三年の終わりになって「本気で大切にしたいと思っている」と紹介された二歳年下の「恋人」には心底打ちのめされた。
茶色っぽいふわふわのショートヘアがとても似合っていて、華奢で、色白で、控えめ、というか目立たない恋人。彼と付き合うまでは「たぶんストレートだった」「こんな僕で良かったのかな」と隣にいる彼に微笑んだ表情は、彼を信頼しきっているようにしか見えなかった。
あぁ、ついにこの時が来たんだ、と思った。
彼に、人生を賭けるぐらい本気の恋人ができてしまったんだと悟った。
十七歳の時に恋を自覚した私はもう、二十歳を過ぎていた。
それまで何人も見てきた彼の相手に対して、彼が取っていた振る舞いのひとつひとつは鮮やかに更新されて、というよりもその年下の恋人によってガラリと塗り替えられたように思う。
どれだけ抗っても越えられない性別の壁の前で、私は何も言えずにゆっくりと崩れ落ちた。
なんで、あたしじゃなかったんだろう。
何度も想像した。
あの、年下の恋人の色白の肌と繊細な表情が、彼の舌に溶かされて、彼の身体の下で苦痛と快楽がないまぜになった恍惚とした感覚に艶めき、歪んでいくのを。頬がバラ色に染まり、恥ずかしそうにたどたどしい言葉で彼を求めるさまを、何度も想像した。
……どうして、なんで、あたしじゃダメだったんだろう、という想いを無理やりかき消すように。
想像の世界で私の身体は透明で、彼の寝室の天井に張り付いて眼下で二人の男がすることの一部始終を見ていた。
折れてしまいそうなぐらいに細く白い恋人の二本の腕は、すべてをゆだねて甘えるように彼の首にぐるりと巻きつけられている。
その上に覆いかぶさった彼は、恋人の額に、頬に、首筋に、何度も唇をこすりつけるようにしては愛の言葉をささやき、まるでこの世でもっとも愛おしいものを自分のほうへ引き寄せるように自分の下にある男の身体を抱きしめる。
二人はお互いしか目に入らない。もしも私の姿が透明じゃなかったとしても、彼らの視界に私は入らない。
そのすべてを、あらゆる感情を押し殺しながらも、射抜くような目で見ている自分の姿を想像した。全身に何千、何万本ものをナイフを剝き出しにして突き立てて、二人の上に今にも落下しそうになりながら――。
自分の肉体を紅く染め抜くようなその想像は、体が芯から凍りついてしまうほどに寒々しくて虚しくて、この世の終わりのように昏かった。ヘヴィだった。目も開けられず、涙も声も出てこないほどに重苦しく、そんな自分が哀れで仕方なかった。こんな思いは、もう二度としたくない。本当に二度と。
そう思ってから、彼らについての余計なことを考えるのを意識的にやめた。
どんなに苦しくても、あの日放課後の教室で彼に告げられた時に思ったのと同じように、彼ら二人のよき理解者になろう。そうしてでも、それでもやはり愚かな私は彼のそばにいたかった。
End
★お題「紅」(「うっかり」「きみのそこが好き」「紅」より一題使用)
女性目線で書いています。
高校時代に好きになった彼は男が好きな男だった。現在は大学生になった主人公(女性)と彼、彼の年下の恋人をめぐる、誰にも言えない彼女の深夜の独白。ちょっと変則気味ですが一応BLで。
この主人公の女性は後に、他サイトで公開しているある長編の登場人物の一人になりました。こちらにも近々その作品を持ってきます。
♯一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負 2017年3月参加作
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