第9話 彼のお腹におれたちの赤ちゃんがいる





 恋人のお腹におれたちの赤ちゃんがいる。彼がそういう種で、そういう身体の作りだってことはわかってた。

「女の人が妊娠するのと違って、そんなに大きくならないんだって」と言いながら、少しだけ丸くなった腹を撫でる。


 初めてのことって案外たくさんある。女以外で初めて付き合った人。その人と、初めて親になる。本音を言えば、ずっと二人きりでも良かったという気持ちは今も少しだけある。


「不思議だよね。乳房なんてないのに、張ってくる感じって言うか体の奥のほうに引っ張られる感じというか。シャツが擦れてもなんか痛い」

「じゃあ、さわらないほうがいい?」


 ソファにもたれかかった肩を引き寄せてそう訊くと、静かに首を横に振る。食欲がないのを心配したけれど、顔色は悪くない。


『生まれてからは子供のお世話をしているうちに一日が終わります。今のうちに思いきり二人だけの時間を過ごしてください』


 という医師の言葉を真に受けて、休みの日ぐらいどこかへ行くかと聞いたら、今みたいに首を横に振った。


「安心するから。こうやって一緒にいるだけで。……だから、さわって」


 手を取って膨らんだ腹に当てると、その手を少しずつ上へ、真っ平らな胸のほうへ動かしてゆく。


「ここ、痛いんでしょ?」

「へいき。だから……」


 体調の変化のせいなのか、くちびるが荒れると話していた彼が『このリップバーム見てよ。ピンク色だけど塗ると透明なんだよ』と、今朝小さなケースを見せてくれた。

 アレを塗っているんだろうか。透明だけれど、端っこまで甘い匂いのする柔らかいくちびる。その匂いを首筋から胸へ少しずつ広げていく。


 ……それじゃ、ここから先は二人だけの時間なので。




 End


 ★Twitterで知り合った友人より、「甘い小説が読みたい」というリクエストを頂いて書いた掌編。「リクエストを頂いて書く」という光栄なことは滅多にないので、ふだん書かない(書けない)オメガバースっぽいものにしました。

 心優しい友人はその当時喜んでくれましたが、今回転載してみてあまりにも短いので申し訳なかったなぁぁぁと今頃心の中で謝っています……。2018年6月書。

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