第6話 どうしようもない父親(ひと)



「父さん、おれ今日誕生日」


 天井を向いていた身体をぐるっと百八十度転がして、ベッドに腹ばいになった。


「幾つになった?」

「十九。息子のトシぐらい覚えとけよ」

「学校行ってる間は覚えてた」


 そんなの何年前だよと返した後で、そんなに昔のことでもないのを思い出した。


「なんか欲しいもんでもあるのか」

「別に」


 ウソ。欲しいものはないけど、して欲しいことならある。

 あのさ、とかけた声に顔だけこちらに向けると、最後のタバコの一口をやけに長々と吐き出す。吸い殻が山のように積まれた灰皿に、まだ熱いはずのフィルターが一本つっ込まれる。これがもし砂でできた山だったら、何回ぐらい波が打ち寄せれば跡形もなくきれいになくなるんだろう。


「あのさ、今日だけでいいから、」


 ……一息に言ってしまいたかったのに。気持ちが追いついていかないのか。


「今日、だけでいいから優しくして。してる時」

「誕生日だから?」

「そう」


 それだけでいい。


 今よりもっと若い頃、父さんはホストをしていたらしい。その父さん目当てに店に通いつめていたのが母さん。でも、おれの知る限りふたりがイチャイチャ仲良くしているところなんて見たこともないし、高校受験が終わった頃に、母さんは出て行った。父さんが女ものの下着をつけているのを見たのはその少し前のことで、「似合うじゃん」と口笛を吹いたら、速攻で一発殴られて何か月も取り替えていないシーツの上に押し倒された。


 狭いアパートで男ふたりだけで暮らしているのに、洗濯物にはときどき女ものの下着が混ざる。ガーターベルトなんて生まれて初めてナマで見た。


 でも今日は鎖骨の下、胸を上下に分かつようにまっすぐにつけられた十五センチぐらいの傷が、薄いTシャツに透けている。


「今日はブラしてないんだ」

「暑いからな」


 女ものの下着をつけると、父さんは冷酷で暴力的に豹変する。女王様にでもなったつもりなのだろうか。それにいたぶられるのも嫌いじゃないけれど。


「優しく、って言っても。なぁ?」

「別に、愛してるとか好きとか言えっていってねーじゃん。殴ったり噛んだりしなきゃいいよ」

「愛してるとか、気持ち悪ぃな」とか、ぶつぶつとこぼしながら胸の傷痕を指先でいじる。ふと思い直したようにいやらしく表情をゆがめて、


「けど、それじゃあお前が満足しねぇだろ」

「どうかな」


 やってみなきゃわかんねぇだろとか、おれもぶつぶつ言いながら父さんがシャツを脱ぐのを手伝う。このどうしようもない男に毎晩のように抱かれてはいるけれど、ドラマや映画に出てくる親子がするみたいに抱きしめられた記憶は一度もない。




End



★お題「透ける」(「自慢」「透ける」「くすぐったい」のうち一題使用)


いつものことですがタイトルがなかなか思いつかなくて、最初「黒い下着の男(仮)」としていました^^



♯一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負 2018年5月参加作


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