第5話 寒い夜だから…



「雪が積もると、うちのかーちゃん帰ってこれないからさ」


 前にもたしかあいつ、公平がそう言ってるのを聞いたことがある。

 前の夜からの大雪で体育の授業がつぶれて、一面真っ白のグラウンドを見下ろしていた時だった。

 あの時はこんな雰囲気じゃなかったはず。まだ。




 数時間前、クラスのやつらと学校の帰りに腹減ったからってファストフード屋に寄って、レジに並んでいる時、後ろに立ったあいつが肩にアゴ乗せてきやがって、


「なぁ、修平は今日ヒマ?」

「おう。ヒマ」

「ウチ今夜、かあちゃん帰ってこねーんだよ」

「ふーん」

「ウチ、来ない?」

「なんでよ。あ、この前言ってたゲーム買ったとか?」

「買った。てかさ、この調子だと明日たぶん大雪警報でガッコ休みだべ」


 たしかに、そんな雲行きだった。雨とは違って傘を差さなくてもなんとなく歩けるけど、しんしんと降り続ける雪は一向に止む気配はない。


「っしょ? だからここ、バックレてなんか晩飯でも買ってさ、ウチ帰ろうぜ」




 彼女がいたのは知ってたけど、公平が男も女もイケるやつだなんて夢にも思わなかった。成績は中の中ぐらいで俺もそんなに変わらない。特段顔の作りがいいわけでもないけど、男も女も関係なく気さくにしゃべったり騒いだりできるやつで、結局モテる人種ってそういうやつのことをいうんだよな。


「……お前さ、いつから? 男もイケるようになったの」

「ずーっと前から」

「今、彼女いるよな? それ知ってんの?」

「言ってない。言う必要ない」


 マジかよ。ま、そうかもしれんが。


「ってゆうかさぁ、男も女もイケるってすごくない? 全人類が恋愛対象、全人類がセックスの対象になるんだぜ? 選択肢が多すぎてパニクるわ」

「ばかか、お前。誰でもいいのかよ。本っ当に頭悪いな」


 半ば本気で悪態をついたおれに、やけに余裕しゃくしゃくの顔を見せながらあいつは、


「でも、さっき修平スゲェ気持ちよかった。お前は?」


 ん……まぁ。悪くはなかった。


「女に挿れるより、よくない? あぁ、でもそれはまた違うか……」

「それはさすがに違うわ」

「ただ、出しゃいいんだったら相手が男でも女でも変わんねぇだろ」


 変わるよ。違うよたぶん。なんとなくだけど……。


「でも俺、女のちっさい手とか舌とかより、修平のほうがよかった」

「うわ、はずっ。お前、そんなことよく平気で言うよな」

「ばーか。お前と二人しかいないから言えんだよ」


 それ以上、また同じことを言われたら、おれもう知らねぇぞ。……と言おうと思ったら、「ほれ」とヤツが端末の画面を見せてきた。



『積雪で電車が止まっちゃったから職場の近くで泊まるわ』と書かれた母親からのメールだった。おれが眺めていると、じゃ、と言いながら毛布をめくり、


「明日もどーせ休みだし、心置きなくもう一試合いきますか」




 公平のお母さん。今頃、職場の近くのホテルでテレビでも見ながら温かいお茶でも飲んでる頃でしょうか。それとも、寒さでひびわれた指の先にハァッと息を吹きかけてささやかな温もりを感じている頃でしょうか。おれは貴女の大事な息子に全身をとろかされる勢いで温めてもらっています。




End



★お題「ひびわれ」(「ふとした仕草」「しおり」「ひびわれ」のうち一題使用)


タイトルの『寒い夜だから…』はTK氏へのリスペクトも込めて。

性欲はあるけど色気はないアホな男子高校生二人の小話。



♯一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負  2018年1月参加作

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