第3話 ことの顛末
子供のころからソースが嫌いで、コロッケにもカキフライにも、冷ややっこにも醤油をかけて食っている。
豆腐に醤油は普通の選択だろ、と前にバイト先の先輩に言われたことがあった。そっか。じゃあ冷ややっこにゴマダレをかけて食っていたうちの家族はちょっとヤバいんだな。
サークルの男四人と女二人でミーティングの後に入ったファミレスで、カキフライ定食のカキに醤油をかける俺を見て、向かいに座った原田が、
「本当にお醤油で食べるんだね」
と、つぶやいた。
そんなに大きな声でしゃべる男じゃないし、普段なら誰にも聞こえていなかったはず。なのにたまたまたその時、他の奴らがオーダーしたものが次々に運ばれてきて、さっきまでうるさく声を上げて、取るに足らないことで騒ぎまくってた者どもが、一斉に黙りやがった。そこへ原田の声だけが響いた。やけにはっきりと。
……あ。
と思った時はもう遅かった。
店員さんが「以上でおそろいでしょうかぁ」と声を張り上げてテーブルの脇に伝票に置いて立ち去るが早いか、「原田君、なんで誠人のそんなこと知ってんの?」「二人って前から友達だっけ?」等々。嗚呼、わずらわしい。
「ほら、原田と俺さ、同じアパートの一階と二階に住んでるって前に言ったよね? だから顔を合わせる機会も多くて……」
「えー? 顔を合わせるだけでそんな、カキフライに醤油をかけるとかの話、したりするぅ?」
「フツー、しないでしょ」
……人の話を最後まで聞かない上に、何でも勝手に決めてかかるんじゃねぇ。だいたいお前ら、何が言いたいんだよ。と、内心では憤っている。口では「いやいやいや、だからさ……」と言っているが。
「同じアパートに住んでるだけ? それとも、一緒にメシ食ったりする仲なの?」
キャッキャ騒いでるだけの女どもと違って、男はやはり正面から切り込んでくるな。
「はぁ? だからさぁ――」
「えー! それってもしかして……」
完全に四対一。
残る一人にして火付け役の原田はといえば、別にこういう時でも堂々としてりゃあいいものを、下なんか向いて、しかも頬だけじゃなくうなじのあたりまで赤くしちゃってるもんだから余計怪しまれる一方で。
ま、実際に俺らは十分怪しいんだけどね。
最初のきっかけは、原田が「部屋の鍵を落としたか、なくしたかわからないけど部屋に入れないから、泊めてくれないか」と俺の部屋を訪ねてきたこと。バイトの帰りらしく、いくらアパートの裏に住んでいるからといって大家さんを起こしに行ける時間帯ではなかった。
それまで、どんなに親しい友人であろうと、他人を部屋に入れたことはなかった。
タバコくさい俺の部屋で、客人用でもないペランペランの布団を二枚並べながら原田は、「ダブルベッドの巾って、これと同じぐらいの大きさなのかな」と深夜に妙なテンションの高さで聞いてきたりした。そんなこと知るか。こっちは生まれてから二十年、布団でしか寝たことがないんだよ。
ただ、今思えばそれもこれも、あれも全部ヤツの手だったのかもしれない。いや、どっちかっていうと俺の手なのか。よくわかんねぇ。
「誠人はやさしいね。僕、やさしい人が好きなんだ」と原田は言ったけど、どこの世界に「やさしい」だけで同性とぴったり布団を並べて寝るヤツがいるんだよ。そこに好きってもんが、下心があるからそうするわけであって、何もなければ少なくとも俺という人間は、自分の部屋に他人を泊めたりしない。
「ねぇ、誠人。ユニコーンているでしょ? あ、バンドじゃなくて一角獣のほう。あのユニコーンて、象と闘って勝っちゃうぐらい獰猛なんだけど、処女の腕に抱きかかえられている時だけは大人しいんだって。処女だけがユニコーンを捕まえることができるんだって」
風呂に入り、二枚並べた布団に入って天井を見ながら、何を言うのかと思ったら。
「てか、ユニコーンってさ、実際にはいないよな? 人魚やカッパと同じで想像上の生き物だろ?」
「ふふ、そうだよ」
「じゃあその、獰猛だとか、処女に抱かれると大人しくなるとかの設定も誰かが作ったものなんだろ?」
「ふふ。さぁ、どうなのかな」
でもさ、と言いながら隣でむくりと体を起こした原田は、それまでかけていた細い銀のフレームのメガネを外して敷布団の向こうに置くと、俺の顔を覗き込み、ゆっくりと唇を開いて言った。
「君もよく似てるんじゃない? いつも賑やかにしているけど、僕みたいなのに抱かれたらすっごく大人しくなったりして」
End
★お題「うなじ」
(「そっとくちづけを」「うなじ」「足幅」より一題使用)
大学のサークル仲間二人の男のちょっとしたあれこれ。
登場人物
・カキフライに醤油をかける俺 誠人(まこと)
・誠人と同じアパートに住む僕 原田(はらだ)
♯一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負 2017年9月参加作
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます