第2話 明日あたりはきっと春




 昨夜からずっとビールを呑み続けている。

 12月31日と1月1日だけはかろうじて二人の休みが重なった。だからといって、どこへ行っても人だらけの年末年始に出かけようなんて浮き浮きした年頃はとっくに過ぎた二十代半ばのくたびれたおっさん二人な俺たちは、年越しそばを一緒に作って食べた後は、初詣にも行かず、体のほぼ七割を炬燵に突っ込み、つけっぱなしのテレビを眺めながらダラダラと過ごしている。


 トイレに立ったついでに、冷蔵庫からパック入りの野菜ジュースを二つ取り出してきて、ヤツの頭を軽く小突いてから、空いたビールの缶の隣に置いた。


「なに?」

「アルコールの合間に、野菜で栄養補給」


 ヤツはぷふっと笑う。本人に言うと思いっきりイヤがるけど、ゆるふわ愛されウェーブな柔らかい茶髪をしゃらんっと揺らし、きゅっとゲンコツにした右手を口元に持っていって笑う、もう何年も見慣れた笑い方。前はそのクセを、「髪が長いせいもあって『女みたい』ってよく言われるから、やめにしたいんだけど」と話していたけれど、俺はヤツのそのしぐさがわりと好き。それを言ってからは、どうも気にしなくなったようだ。


 んしょ、と体を起こして炬燵から這い出ると胡坐をかくような姿勢で座りなおし、ストローをつっこんで野菜ジュースをゴクゴクやっている俺を見ている。見ながら、頬杖をついて「おいし?」と聞く。


「栄養摂取の義務。国民の三大義務の一つ。ウマいかどーかは関係ない」


 バッカみてぇ、と言ってまたぷふっと笑う。


「その義務、ヤバいね。栄養足りてる?」

「だいたいな」

「へぇ。おれは足りてないんだよなー」


 膝に伸びてきたヤツの手には、ついこの間交換した細い指輪が鈍く光っている。


「そんなの飲むなら、もっと違うものを飲んで。それで、おれにも頂戴」

「違うものって、何よ?」

「うわ、そんな可愛いコト言われるとは思わなかった。良い新年だなー」


 ヤツは俺のほうに体をにじり寄せ、胡坐をかいている太腿にまたがって向かい合うように体を落ち着けると、首に回した両腕をぐい、と自分のほうへ引き寄せた。そういうことを平気でしてくるお前のほうが可愛いよ、と言おうとしたけど、やめた。目の前にある、ヤツの唇までわずか数センチ。


「ねぇ? どうなの?」

「……新年早々ですか?」


 ぷちゅっ、と音を立ててヤツの唇に触れた。柔らかい唇。今年最初のキス。情感も何もなく、というわけではないけれど、唇と唇が触れるだけの軽いあいさつみたいなもの。


「新年だからナントカはじめ。あけましておめでと」


 そう言って笑うと今度はヤツがぶちゅっ、と俺の唇にぶつかってくる。ぶつかったまま動かないヤツの唇を丸ごと全部包み込むように、口を開く。首に巻き付いた腕がきゅっと締まる。「ん……」と、甘い熱をはらんだ吐息のような声が耳に届く。だらだらにのび切ったジャージの腰できゅっとリボン結びしたひもを解いて、中に手を伸ばし温かい肌に触れた。柔らかい唇を一瞬だけ離して額をくっつけ、


「……ひめはじめ。それって、もともとは二日のことを言うんだろ?」

「初夢も、二日の夜に見る夢のことだよね」


 そこまで言い終わるのを待つのももどかしく、寝ぐせも交じってくしゃくしゃになった後頭部を手のひらで支え、ヤツの薄く開いた唇をこじ開けるように舌を食い込ませた。温かい部屋の中にずっといるせいか、口の中までまったりと生ぬるく、そのぬるさが妙に淫靡。


「このまま、いいか?」

「いい……。ベッドはあとで」


 唇をつけたまま、鼻からも口からも熱い吐息を漏らしながら言葉を交わす。もしもどちらかがメガネをかけていたら、お互いの吐息で確実にレンズが曇っていたんじゃないかな。


「何回すんの?」

「何回でも」


 裸に剥いた上半身に舌を這わせ、ちょうど喉仏に噛みつくように唇を押し付けていた時に、「……でも明日、仕事だね」と言いながら、またぷふっと笑うものだから、喉の奥が震えているのが唇に伝わってくる。抱きかかえるようにしたまま、体の向きを百八十度動かしてヤツを畳に寝かせ、首筋に顔をうずめた。


 大学を卒業する寸前に付き合い始めて、社会人になって今年で四年目。この先どーすっかなー、なんて思わなくもないまま時間も季節も過ぎていく中で、二人の間に流れる空気はそれほど変わることもなく、去年のクリスマスにはなぜか、というかついに、指輪の交換をしてしまった。

 これがもし、どちらかが女だったら、『ねぇ、そろそろ私たちさぁ……』って話にもなるんだろうけど、あいにくのところ男同士だし、思っていることの全部をべらべらしゃべるタイプでもないし。

 ただ、一年のはじめに、『今年もいい年でありますように』とかって神様に手を合わせるぐらいなら、お前に願うほうが筋が通ってるような気がするよ。『今年も一緒にいてくれ』って。


「今年だけでいいのぉ? おれはずーっと一緒にいたいンだけどなー」

「……お前、去年もそれ言ってたよな。たしか」

「そうだっけ? じゃあ、願いを叶えてくれて、ありがと」


 ありがとう……、って言える男なんだよなァ、お前は。

 愛してるよ。今年も、これからも、ずっと。



 End




 ★お題「大晦日」「初詣」「ありがとう」

 三つあるお題のうち、珍しく全部使いました。

 いつもは一つか二つ使うのがやっとです。

 タイトルの「明日あたりはきっと春」は、はっぴいえんどの曲名を拝借しました。


♯一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負 2017年1月1日参加作

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