第8話 元気はつらつな女性

 土曜日の夕方になり、僕は出掛ける準備を始めた。シャワーは今朝浴びたけれど、もう一度浴びる事にした。それから、戸棚にあんぱんが一個あったので、お腹が空いていたから食べた。その後、ブルーのロングTシャツにベージュのカーゴパンツに着替えた。お気に入りのコーディネート。でも、気にしていることがある。それは、太っていて身長は低く、剥げていてニキビが酷い。どう見ても清潔感が無いと思う。コンプレックスというやつ。でも、この容姿に関しては仕方がない。いっその事、スキンヘッドにしようかな。剥げている部分と、剥げていない部分があるから尚更格好悪い。ニキビケアはしているけれど、食べ物や飲み物のせいか、なかなか良くならない。僕は基本的に濃い味付けが好きだから、薄味にしたら良くなるかもしれない。あと、痩せないと。ニキビを治し、体重さえ落ちれば少しは自分に自信がつくかもしれない。まあ、外見だけが全てではないと思うけれど。僕が思うに、外見は第一印象で、それからは内面が大事だと思う。


 今は十八時頃。あと少ししたら自分の車で谷川の家に行こう。そうだ、少しだけコロンを服に振りかけよう。ほんのりレモンの香りがする。時間が少し余ったから、テレビをつけて煙草を吸い始めた。あっ、折角コロンを服にかけたのに、煙草の煙の臭いがついてしまった。仕方ない、このまま行くか。あんまり、コロンをかけ過ぎても逆に臭くなってしまう。谷川の家に行く前に、買い物をしていく事にした。谷川と僕は、微糖の缶コーヒー。奈々さんは何がいいのかな。谷川に訊いてみるか。そう思い、LINEを送った。

<飲み物買ってから行こうと思ってるんだけど、奈々さんは何が好きなんだ?>

 返事はすぐに来た。

<奈々は、紅茶をよく飲んでるのを見掛けるぞ。ミルクティーな>

<了解!>

 僕はそれらを買い物カゴに入れてレジで会計を済ませた。飲み物が入っている袋を助手席に置き、谷川の家に向かった。僕は頭の中で奈々さんが可愛い女性だと勝手に思い浮かべていた。だがだ。この後、予想外の展開を僕は知る由も無かった。

 僕は谷川の家に着き、たまに停める空きスペースに駐車した。車から降り、一〇三号室のドアの前に立ち、チャイムを鳴らした。中から「はーい」と女性の声がした。誰だ? そう思っていると、ドアが開いた。僕は、「ど、どうも。こんにちは」と、思わずお辞儀した。

「あっ、山崎君?」

「は、はい」

徳治のりはるから話し聞いてるかな? あたし、奈々」

 奈々さん? あれ、迎えに行くんじゃなかったのか? 不思議そうな顔をしていたからか、奈々さんは吹き出していた。

「そんな顔しないでよ。さあ、上がって」

 初対面とは思えない対応だな、と思った。

 中には下着姿の谷川がいた。この二人、僕が来る前に一体何をやっていたんだ? 気になる。もしかして……。いやいや、まさかな。僕に紹介すると言って、ましてや谷川に限ってそれはないだろう。僕は思っている事を打ち消した。でも、何で谷川は下着姿なんだ。そのことが気になる。家の中に入って、

「オッス! 谷川」

「おー! 山崎。久しぶり! 元気にしてたか」

「僕は元気だよ。谷川は?」

「俺はいつでも元気だ! 三百六十五日、二十四時間ピンピンしてる」

 流石、谷川。相変わらずだ。僕ももっと元気に振る舞いたいけれど、持った気性というのか昔から大人しい。

「奈々、自己紹介して」

 谷川は促した。

「うん、あたし、神崎奈々かんざきななっていうの、よろしくね! 好きなことは下ネタ話。嫌いなことは、暗い話」

 彼女はハキハキと喋っている。谷川同様、元気だ。

 前に一度だけ谷川の彼女に会った事があるけれど、大人しい女性だった。谷川は元気よく、彼女は大人しい。いいバランスが取れているのかもしれないと思った。僕がもし、奈々さんと交際出来たら谷川カップルの逆バージョンになりそう。僕は大人しく、奈々さんは元気はつらつ、といったところか。

「僕は山崎敏則といいます。精神科デイケアで働いています。好きなことは会話で、嫌いなことは、人の気持ちを考えないで話す人です。因みに僕は二十二歳」

 僕が一通り自己紹介した後で奈々さんは、

「あっ! 忘れてた。あたし二十歳で、大学二年だよ。敏則君の方が二つ上だ」

 と、言った。気さくな女性だな。それを言うと、

「えーっ! あたしよりうるさい女なんていっぱいいるじゃん」

 そういう意味で言ったわけではないので否定した。

「いやいや、五月蠅(うるさ)い女という意味じゃなく、元気だなという意味なのさ」

 僕は焦った。怒らせたかな、と思って。

「そうなんだ」

 奈々さんはやはり誤解していたようで、でも、それが解けて良かった。

「奈々さんと呼んでいいのかな?」

「奈々って呼び捨てでいいよ」

 言いながら奈々は笑っていた。

「それにしても敏則君、若いのに何で髪ないの?」

 気にしていることを言われた。イラっとした。なので、

「それ言わないで、気にしてるから」

 はっきり言った。

「あっ、そうだったの? ごめん」

 奈々は無神経だなと思った。でも、顔は可愛い。目は二重で、スッと鼻が高い。口も小さいし。でも、胸は小さい、僕は大きい方が好き。尻が小さいのはいいけれど。こんな僕でも一応、理想はある。モテないけれど。その理由は、外見のせいかもしれない。コンプレックスの塊。ああ、嫌だ嫌だ。もう一度、生まれてきたい。でも、性格はいいと思う。自分で言うのもなんだが。

 僕が黙っていても奈々は大して気にする様子も無く、谷川と喋っている。こっちは傷ついたのに、そんなことにも気付かずに笑っている。彼女が正常なのか、僕が女の腐ったような男なのかどちらだろう。谷川は、

「いい女だぞ、僕には勿体ない」

 と言っていたけれど、本当にそうだろうか。まあ、まだ奈々の一部分しか知らないから結論を出すのは早いけれど。僕も話しに混ざろうと二人を見ていた。すると、

「なあ、山崎。お前は奈々の事、気に入ってるんだろ」

 はあ? 僕はそんなこと一言も言っていない。谷川は嘘をついている。

「えっ、そうなの?」

 僕は誤魔化すかのように笑った。でも、誤魔化せなかったようで、

「へえ、会って間もないのに気に入ってくれたんだ。嬉しい」

 本当に嬉しいと思っているのかなぁ。まだ、好きでもないはずなのに。勘違いしているようだ。谷川は、

「そろそろ夕飯食いに行くか! 山崎も何も食べてないんだろ?」

「ああ、食べてないよ」

「あたし、味噌ラーメンが食べたい!」

 奈々がそう言うので僕も、

「僕もラーメン食べたいな」

 すると谷川は、

「何だ、山崎。奈々に合わせたな?」

 彼はニヤニヤいやらしい笑みを浮かべている。何か感じ悪いなぁ。

「そ、そういう訳じゃないよ。たまたまだ」

 図星だったので、どもってしまった。格好悪い。谷川は「ふふん」と笑っている。きっと僕の言っていることを信用していないのだろう。まあ、仕方ない。合わせたのがバレるような態度を取った僕のミスだ。でも、谷川は、

「そうか」

 言っていた。でも、彼は、

「俺はステーキ食いたいな。ステーキハウスに行って」

 意見が割れた。さて、どうする。

「あたしは、徳治が奢ってくれるなら、ステーキでもいいよ。ラーメンなら自分で払うけど」

「お前って奴は。なかなか考えてるな」

 奈々の発言に谷川は感心するかのように言った。

「そりゃそうよ。ホントに食べたいのはラーメンなんだから」

 僕は頭のいい子だなと思った。谷川は、

「仕方ない。奈々の分は奢ってやるよ。山崎はどうなんだ?」

「僕はステーキでもいいよ。自分の分は自分ではらうから」

 彼は、

「当たり前だ。何で山崎の分まで払わないといけないんだ」

 どうやら少しご立腹のようだ。まあ、いい。そういう訳で僕ら三人はステーキハウスに行くことにした。

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