第9話 奴の気持ち

 ステーキハウスには谷川のブルーの軽自動車で行った。店の横にある駐車場に停めて外に出てみるとステーキの香ばしい匂いがしてきた。食欲がそそられる。僕はラーメンが食べたいと言ったが、ステーキでもいいと改めて思った。

「旨そうな匂いだ!」

 谷川は薄っすら笑みを浮かべている。よっぽどステーキが好きなのだろう。奈々の表情は変わらず、本当に食べたいのか分からない。奢ってくれるから食べるのかとさえ思ってしまう。まあ、二人がそれでいいのなら問題はないが。

外観は木造でこげ茶色の建物。なかなか渋い作りだ。暖簾のれんは赤色で店の名前が入っている。早速、谷川を筆頭に中に入った。店内は結構広く、綺麗だ。お客さんは今は数名いる程度。店員の「いらっしゃいませー!」という男性と女性の声が響き渡る。女性の店員がやって来て、「三名様ですか?」と訊いてきた。谷川は「はい」と一言言った。「こちらへどうぞ」僕らは案内された。


 約一時間後。僕らは食べ終えた。

「ふーっ、旨かったなー」

 満足そうな谷川。

「お腹いっぱい」

 奈々は水を飲んでいる。

「美味しかったー」

 と僕。

「少し休んだらカラオケに行かないか?」

 谷川は僕と奈々の顔を順に見ている。

「いいね! 行こう行こう!」

 奈々は行く気満々のようだ。僕は、

「二人が行くなら僕も行く」

 消極的に言うと、

「何だ、あんまり乗り気じゃないな」

 谷川に突っ込まれた。

「いやいや、そんなことはないよ」

 奈々は「フッ」と笑った。まるで馬鹿にされたかのように感じた。でも、そんな些細なことは気にしない方がいいな。

 僕は女性に限らず、男性もその人のいい所を見付けて接しようと心掛けている。因みに奈々のいい所は、元気で明るい所。これからどんどん見付けていくぞ。そうしたら、奈々のことを好きになれる筈だ。人はどうしても相手の悪い所に目が行きがち。そういうのは、学校で習った訳では無く、自分で考えたこと。谷川は、

「さあ、カラオケに行くか! ガンガン歌うぞ!」

 谷川は拳を前に突き出した。それに便乗して奈々も、

「歌うぞー!」

 と同じようにした。僕は黙っていた。あまり、はしゃぐタイプの人間ではないので、落ち着いていると言われる。そう言われてもあまりいい気はしない。二十二歳で落ち着いていると言われるのは。

 谷川の車でカラオケボックスまでかっ飛ばした。

 数分で着いた。正直、猛スピードで走って来たので怖かった。事故は無かったから良かったけれど。


 カラオケを二時間歌ってから僕らは外に出た。

「ふーっ、歌った歌った」

 谷川は満足したようだ。

「そうね、沢山歌った」

 奈々は言った。

 僕は内心疲れた、と思った。言ってないけれど。そもそも僕はカラオケがあまり好きじゃない。賑やかな場所は苦手だ。

 奈々の趣味は何だろう。僕は読書と釣りが好き。職場の仲間に釣りが好き、と言ったら

「へぇ、意外だね」

 と言われる。確かに見た目は地味だから釣りをするように見えないかもしれない。僕は奈々に話し掛けた。

「ねえ、奈々」

「うん?」

 彼女は笑顔を浮かべながらこちらを見た。

「奈々の趣味って何?」

 急に質問したから驚いたのだろうか、黙っていた。そして、

「趣味かぁ、うーん、カラオケと皆で遊ぶのが好き」

「そうなんだ、僕は読書と釣りだよ」

 奈々も意外だと思ったようで、「釣り、そうなんだ」と言っていた。

「読書はしそうだよね」

「でしょ、好きなんだ。特に、ミステリー小説が好き」

「あたしは本は読まないから、よくわからないけどね」

「そうかぁ」

 僕は残念な思いになった。付き合うとしたら同じ趣味ならいいんだけどな、と思った。その方が話も弾むし。谷川が話し出した。

「山崎、奈々とLINE交換したいだろ?」

 正直なところ、あんまりそうは思わない。でも、

「うん、したい」

 話しを合わせておいた。したくないと言うと場がしらけてしまうと思ったから。それに、断る理由も無いし。僕はズボンのポケットからスマホを取り、LINEのQRコードを表示させた。奈々はそれを読み取った。歩きながらだったからやりずらかった。

「今度LINEするね!」

 何て積極的な女性なのだろう。

「わかった、待ってるね」

 僕はそう言うと、

「敏則君からもLINEしてよ」

 こちらから送る気は無かったが、建て前として、

「うん」

 答えた。奈々は結構強引だなと感じた。でも、そういう女性も悪くないと思う。気が強くて男性を引っ張っていくタイプ。いいと思う。そう考えていくと僕はドMなのか? 思わず吹き出してしまった。例え趣味が合わなくても、フィーリングが合えばやっていけそうな

気がする。それが合うかどうかは時間が掛かると思う。だから少しの間は谷川も交えて三人で遊ぼうと思っている。だがだ。奈々は、

「LINE交換したから、敏則君とは直接連絡が取れるね。わざわざ徳治に言わなくてもいいってことだわ」

 奈々は得意気に言っている。それを聞いて谷川はどう思っただろう。不快になったような表情に見える。それはそうだろう、わざわざ徳治に言わなくてもいい、だなんて。


 今日は沢山遊んだ。奈々のLINEも手に入れたし。帰ったらLINEを送ろう。時刻は二十四時前。少し眠くなってきた。明日は日曜日、休みだ。奈々も明日は休みかな? 訊いてみると、「休みだよ、だから遊んだの」そう答えていた。

「そろそろ解散するか?」

 谷川は言うと、

「そうね、あたし帰ってシャワー浴びたい」

 奈々は言った。

「じゃあ、解散するか」

 僕も言った。

「よし、じゃあ送るわ」

 そういえば、あることを思い出した。何で谷川の家で奴は下着姿だったのか? 今は十月上旬だから暑くて脱いだとは考えにくい。じゃあ、なぜ? 思い切って谷川に訊いてみた。すると、「あー、あれは薬を塗ってもらってたんだ。やましいことでもしてるかと思ったか?」

谷川はガハハッと豪快に笑った。僕は更に訊いた。

「皮膚病なのか?」と。すると、

「アトピー性皮膚炎なんだ、俺」

「そうなのか」

 ようやく解決した。僕はもしかして二人は体の関係があるのかと思ってしまった。それも言ってみた。そうしたら、

「そんな訳ないだろ!」

 と苦笑いを浮かべながら怒鳴っていた。奈々はクスクス笑っている。

「奈々! 笑うな!」

 谷川が突っ込むと、

「笑うしかないじゃん」

 奈々はそう言う。僕は思った。奈々はそういう行為が好きなのかと。


 車の中で話しながら谷川の家に着いた。

「敏則君、送ってよ」

 奈々が言うと、谷川は、えっ! という顔付きになった。

「僕はいいけど」

 谷川の顔を見やると、

「い、いや、俺はいいんだ。別に」

 もしかして、谷川は奈々のことが好きなんじゃないのか? と思った。でも、それなら僕に紹介はしないだろう。じゃあ、何故、動揺したのだ?

「谷川君はね、あたしのことが好きなのよ」

 奈々は悪戯な笑顔を浮かべて僕を見ている。

「おいおい! 奈々。嘘をつくな。俺はお前に恋愛感情はないぞ」

「ホントかなー?」

 彼女は今度は谷川を見ている。奈々は男を手玉に取る女性なのかなと思った。

「ほんとだ! すぐ帰るか? それとも俺の家に寄ってくか?」

「いや、あたしは帰る。敏則君いい?」

「ああ、いいよ」

 僕たちは車外に出て、

「じゃあ、奈々、僕の車に乗っていいよ。谷川、またな」

「徳治、またね」

 彼は僕らに手を振っていた。

「山崎、奈々に変な気起こすなよ」

 ガハハとまた豪快に笑った。

「全く、最後の最後にろくな事言わないな」

 呆れて笑ってしまった。僕と奈々は車に乗りながら、

「徳治らしいじゃない」

「そうだね」

 言いながら、発車した。

 空を見ると大きな月が空に浮かんでいるようにみえた。

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