第9話 切れた関係と切れない後悔

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした♪」


「先輩、凄い勢いで食べてましたね。いつもゆっくり食べてるのでびっくりしましたよ…あ、何か飲みますか?」


「仕方ないだろ…昨日の夜から何も食べてなかったし、あんな美味しそうな匂い出されたらさ、つい…あ、飲み物は…あるならアップルティーで。好きなんだよね」


「逆によく今まで持ちましたね。…先輩もアップルティー好きなんですね?私も好きですよ。はい、どうぞ」

「持ったと言うか…出されるまで何も食べていなかった事を忘れてた。…ん、ありがとう」


「…余程辛かったんですね…でも大丈夫ですよ。ここに居れば安全です。…それに私もいますし、ね?」

そう言い寧々はまた笑う。


…寧々が僕に向ける笑顔と言葉は安心感があった。

だから心から安心出来た。


「…そうだね、寧々と居るから…安心する」

無意識に言う。

「先輩…それ…ずるいです…」

顔を赤らめて言う。なんで?と思ったが、告白の後だったからだ。慌てて謝る

「ご、ごめん!ほんとに安心できたから…」

「…良いですよ…嬉しかったですし…」

そう言い、そっぽを向く。赤い顔を隠す為に。そんな寧々も可愛いなと思った。

「先輩…恥ずかしいから…そんな見ないで…」

「カレーの時の仕返しだよ」

「先輩の意地悪…ばーか…」

そう言い寧々は笑う。…そういえば最近寧々の笑顔をよく見る。記憶にある寧々の笑顔は全て綺麗で可愛かった。元々寧々は美少女だったので余計に笑顔が可愛かった。


「…先輩…そろそろお風呂入りましょうか」

「そうだね。…あ」

「どうしたんですか、先輩?」

「…着替えない…」

「えー…じゃあ…どうしましょうか…」

「…取りに行く…アパートに…それに香子との関係も終わらせたいから…」

「…私も行きますよ…先輩がまた辛くなって身投げされたら嫌ですから。だから私も行きます…」

「…うん、ありがとう…」


「…それじゃあ…行こうか」




香子が居るアパートに行く…正直に言えば行きたくなかった。が、行くしかなかったので我慢して行くことにした。1人だと行けなかったが寧々が居るので行けた。


まだアパートまで距離はあったが、止まりたくなった。近づくにつれてその気持ちも強くなった。

癖で左ポケットに手を入れる。すると何かが触れた。確認するとバイクのカギだった。

「先輩、それ何ですか?」

「あぁ…バイクの鍵だよ、僕の大切な」

「…そうですか…じゃあバイクも持って帰りますか?」

「良いのか…?ありがとう…」

「良いですよ、全然。その代わり…後ろ、乗せてくださいね?」

「分かったよ…何処でも連れていくよ…約束する」

「はい…約束ですよ」

そう言いまた笑顔なる。…この子の笑顔は僕を安心させてくれる。寧々の笑顔を見るだけで僕は安心出来る。…何故なのかは気付かないふりをした。


アパートに着き、扉の前に立つ。ここに来て帰りたくなった。…辛くなった。手が震える。この扉を開けることがトラウマになっていたのだ。

それに気づいたのか寧々は反対の手を掴んだ。びっくりし寧々を見ると寧々は言ってくれた。

「大丈夫ですよ…先輩…私が居ますから…先輩なら開けれるはずですよ」

そう言ってくれた。手の震えは止まり、辛い気持ちもなくなった。

「ありがとう、寧々。もう大丈夫だよ」

寧々は何も言わず手を離した。


そして扉を開ける。真っ暗だった…何故か淋しい様にも感じた。懐かしくもあったが少しタバコの匂いがして気分が悪くなった。


着替えを取り急いで帰ろうとした。その時に寧々では無い女の声で話しかけられる。


誰かは分かっている。香子だ。


「冬真ぁ…おかえりぃ…ご飯…何がいい…?」

様子がおかしかったが、僕にはもう関係ないのでどうでもよかった。


「…いらない、僕はもう出ていく…」

早く帰りたかったので刺激しないように言う。

「なんでそんな事言うの…酷いよ…」


「…酷いだと?どの口がいう…君は僕を裏切っただろ?それに何だ?おかえりだと?僕はここに…君の元には帰ってない」

「嘘よ…帰ってないならなんでここに居るの…?帰ってきた以外ないでしょう…?」

「服を…着替えを取りに来た」

「また嘘…貴方はいつも嘘つく時、左親指を見て曲げる癖があるのよ…?気付いてた…?」

「どうでもいい…もう早く帰らせてくれ…」

イライラした。こんな所にいたくなかった。早く帰りたかった。…早く会いたかった。

「何処に帰るって言うの…?ここは…私と…貴方の帰る場所でしょ…?」

(…何処に帰る…?確かにここは僕の帰る場所だ…なのに…此処じゃない所に帰りたい…?何処に…?)


いや…本当は分かっている。僕が帰りたい場所は寧々の所だ。

僕は寧々の所に帰りたいだ。


だから、もう終わらせようと思った。

…寧々の元に帰るために。


「此処は僕と君が帰る場所じゃ無いよ。此処は君と…君の浮気相手が帰る場所だよ」

「違う…違う違う違う違う!此処は!貴方と私が帰る場所なの!アイツとじゃない!冬真…貴方と帰る場所なの!!」

「その帰る場所を、相手を変えたのは君だろ!?捨てたのは君だろ!!?その癖に何が 此処は私と貴方が帰る場所 だよ!!僕はもうこんな所要らない!!!僕が帰るところは此処じゃない!!!」

「嫌!そんな事言わないでよ!!私!アイツと別れたから!帰ってきてよ!!私の所に帰ってきてよぉ!!!」

そう言い僕にしがみつこうとした。

僕の服に掴もうとした。


その時


「触るな!!!!」


僕の服に香子の手が触れる寸前だった。寧々の声に驚き、怯み、手を引かせる。

怯んだ香子に対して寧々は続けて言葉を放つ。


「…なぜ今、先輩にしがみつこうとしたんですか?自分から手放したんじゃないですか?それに浮気して汚れた手で先輩に触ろうとしたなんて…ふざけないでくださいよ?」


「ち、ちが…私…浮気なんてしてない…あれは遊びで…」


「はぁ…?あれは浮気じゃない?それに遊び!?ふざけないでください!お前の言う浮気と言う遊びのせいで!!!先輩は酷く苦しんでたんですよ!!?お前のせいで先輩は死にかけたんですよ!!?」


「ぇ…?」


「先輩が彼女が出来たって、一番最初に私に教えてくれたんです。悔しかったですよ?お前みたいな人に取られたこと。でも、先輩が喜んでたから私は身を引いたんです…先輩に幸せになって欲しいから私は身を引いたんですよ!!?それなのにお前は捨てた!!!私が欲しかった場所を!!!その上浮気をして先輩に辛い思いをさせて…その癖に今更帰ってきて!?ふざけんな!!!どれだけ自分勝手なんですか!!!」


「ぁ……ぁぁ……」

泣きかける香子。僕はそれを見ても何も思わなかった。蓄えられていた僕の本音を全て寧々が吐き捨ててくれたから。だから、もう終わらせたかった。


「寧々、もういいよ、大丈夫。…代わりに怒ってくれてありがとう、嬉しかったよ…」

「…正直まだ言い足りないですけど…先輩がそう言うなら…」


終わらせる為の言葉を香子に告げる。


「香子」

「……な…に…?」

掠れた声で返事をし、僕の方を見る。

「香子…僕達、もう終わりにしよっか…」

「…っ…!ゃ…やだっ…!」

「…ごめんね…僕が君と居たくない…」

「やだぁ…やだよぉ…!帰ってきてよ…!!謝るからぁ…!もうしないからぁ…!!帰ってきてよおぉぉ…!!!」

「…僕はもうここに戻らないから…ここにはもう帰らないから。だから…このネックレス…あげるよ…最後のプレゼント…喜んでくれたら嬉しい…アパートは2ヶ月後に解約するね…さようなら…」

「いらないよぉ…いらないからぁ…もうわがままもいわないからぁ…!かえってきてよぉ…とうまぁ…!」


泣き崩れている香子を見て流石に可哀想だと思った。こんな一方的に責めてるみたいな終わり方は僕は嫌だった…


香子が原因で終わっても一緒にいた時は楽しかった。だからその気持ちを相手に伝えた。


「…香子…クリスマス前まで君と居て楽しかったよ、ありがとう。じゃあね…さようなら」

「…もう先輩の前に現れないでください。それだけです。さようなら」



そう言い冬真とその後輩は帰っていった。

ドアが閉る音と同時に私たちの関係はもう終わったのだと思い知らされた。


自分のした事に後悔した。戻れるなら戻りたかった。もっと冬真と話したかった…もっと冬真と居たかった…まだ冬真に愛されたかった…

いつかあの二人は結ばれるだろう…だって冬真があの子しか見てなかったから…それがわかってしまった。それが分かるほど冬真の事が好きだった…

辛かった。もう会うことも…言葉を伝えることすら許されないのだから…


冬真を感じれる物を身につけた。

しかし何故かネックレスだけは身につけれなかった。

箱すら開けれなかった。


約束は守る事にした。冬真は最後に…私に優しさで、ネックレスを渡してくれたのだ。これ以上、もう冬真を裏切りたくなかった。だからこの約束だけは守る事にした。これ以上迷惑をかけたくなかったから。

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