第5話 後輩

「昨日は…お楽しみでしたね♪」

何も知らない寧々は何時もの様に言った。

それは今の僕にその言葉は凶器でしか無く、傷口に塩を塗る行為でしかなかった。

傷口を抉られると同時に香子にされた事を思い出した。

「…ぅあ…」

目から頬にかけて水の様な物が流れる。涙だ。

あぁ…またか…また出てきた…

ここまで出ると身体の中の水分が無くならないのか心配になってくる程だった。それと同時にやってしまったと思った。ついに人前で涙を出してしまったのだ。しかも寧々の前で。あぁ…弄られる…最悪だ…そう思っていた。

「え…ちょ…先輩なんで泣いて…えっと…こんな筈じゃ…あ、あの…ごめんなさい…」

寧々は弄ろうとはしなかった。寧ろ困惑していた。謝ってもきたのだ。そして悪いなとも思った。それもそうだ何時もの様に冗談を言い合っている仲の友達が急に泣き出したのだ。そりゃあ誰でも困惑する。

「あ、あの先輩…泣かないでください…えっと…えっと…あ、せ、先輩、とりあえず場所変えましょ!?こんな所で泣いても恥ずかしいだけですし!ね!?」


確かにその通りだ、こんな姿、寧々に見られるだけでも恥ずかしいのにこれ以上他人に見られるなんて耐えきれない。なので寧々と共に休憩室に行く事にした。途中店長と会ったが色々察したようで何時ものウザ絡みはしてこなかった。それどころか休憩室に誰も入らないようにしてくれたのだ。これ程ここに来てよかったと思ったことは無かった。これからは冗談でもハゲっていうの辞めようと思った。


今までとは違い大量の涙は出なかった。人前だった為ある程度は抑えたのだ。直ぐに涙も止まった。が、冷静になると女の子の前で泣いてしまった。それに気付くと今度は恥ずかしくて仕方かなかった。情けない自分を見られたくなかったのでせめてもの抵抗で顔を伏せる。寧々しか居ないのに。

しかし寧々には何故顔を伏せたか分からなかったらしく。

「せ、先輩!?なんで顔伏せるんですか!?私、なんかしちゃいましたか…?」

不安そうに此方を見つめ、普段の態度とは真逆にオドオドしていた。そんな風にされるとこっちが申し訳なってくるので、泣きやみ直後の掠れた声で

「違うよ、女の子の前で泣いたのが恥ずかしくて…情けなくて見られたくなかった」

何時もの寧々ならここで「えーw先輩にも恥というものがあったんですかーw?」と、言ってくるのだろうが今回ばかりはそんな事を言わなかった。

「先輩、こっち向いてください」

真剣な声でそう言ったので寧々の方を見た。人と話す時は相手の目を見るのは当たり前だろう。何時もの癖で顔を上げた。と同時に寧々に抱きしめられた。数秒の間何が起こったか分からなかった。

ようやく何が起こったか理解する。抱きしめられている事に後ろめたさを感じ、巻き付けた腕を離そうとするも、それに感づき、拒むかのように寧々が言葉を放った。

「先輩…泣く事は恥ずかしい事じゃないですよ…?辛そうに泣く人に笑うなんて事、誰もしないと思います…少なくとも私は笑いません…だから、安心して泣いてください…大丈夫です。ここには私しか居ませんから」

そう優しく抱きしめられながら言われた。最初は拒もうとした。しかし寧々が一言一言言葉を放つ度涙が出た。さっきまでとは違う大量の涙が。

この涙はさっきまでの涙とは少しだけ違った。悲しくて、情けなくて出た涙ではない。悲しさもあった。が、ただそれだけじゃなかった。それ以外の感情で溢れ出たのだ。しかしその感情が何なのかは分からなかった。

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