第60話 芝居親子

次の患者は後藤光司、二十五歳である。吾郎はいつものように、

渋沢吾郎:どうしました。

後藤光司:ちょっと自分の家族が嫌なんです。

渋沢吾郎:どのようにですか。

後藤光司:家族の中では優秀気取りをしていなければいけないんです。

渋沢吾郎:そうですか。そして君がここに来た理由は。

後藤光司:自分は疲れました。家族の中で嘘の人格を出していい子ぶりっ子していました。

 吾郎はここで初めて納得して、

渋沢吾郎:なるほど、家族の中ではいい自分を見せて芝居をずっと続けていたんですね。

後藤光司:そうです、理由はわからないんですが体調が崩れてから親が『そんな弱い子に育てた覚えはない。学校も最高のところへいったはずだ。』と言われ、それ以外親となるべく会わないようにしています。

渋沢吾郎:なるほど、つまり、親の前ではずっと優等生でいた自分に疲れたという事ですね。

後藤光司:そうです。

渋沢吾郎:学校は厳しい環境だったのですか。

後藤光司:そうですね。自分の大学では体調が悪い事を言ったらいろんなヤツに説教され、それが嫌でたまらなくなりました。

渋沢吾郎:大学は卒業できましたか。

後藤光司:出来ませんでした。

渋沢吾郎:それで今自分がこれでいいと思っている方法は。

後藤光司:それがわかりません。どうしたらいいのですか。

渋沢吾郎:ちょっと整理してみましょう。君が調子悪くなったせいで周りの環境が変わってしまった。

後藤光司:はい。

渋沢吾郎:家族なの態度も変わってしまった。

後藤光司:はい。

渋沢吾郎:家族が君に厳しい態度をとっている理由はわかりますか。

後藤光司:はい。

渋沢吾郎:それはなんでしょうか。

後藤光司:自分が期待されていたことでした。

渋沢吾郎:そうですね。君は自分の事は自分でよく知っているみたいですが、それが他人に伝えられる人がいない。わかってくれる人がいない。という事が君にとってはさらに辛い事だと思いますが。

後藤光司:はい。

吾郎はしばらく考えて、

渋沢吾郎:それならわかってくれる友達は欲しいですか。

後藤光司:はい。自分の気持ちもわかってくれるし、他人の事がわかってあげられますし。

渋沢吾郎:私も君がそうできればいいんですが、他人の人をわかろうといっても、君の場合は他の人を説教するような感じがするから、君はもう少し自分の原点というものを見つめたらいいと思いますが。

後藤光司:原点って自分をわかる事じゃないんですか。

渋沢吾郎:半分はそうですが。人間と言うものをわかる事が君にとっての原点だと私は思います。それに、ちょっと心理テストをしてみましょう。

 心理テストの結果はこう出た。

 『この人は実は自分が悩んでいるから人のことも解かると思っているが、人と自分との悩み種類が見えていないため、他人との接触が非常に下手である。』

渋沢吾郎:と出ましたが、君はどう思います?

後藤光司:・・・・・・恐ろしいほど当たっています。自分で気づいていない事も気がついたような気がします。

渋沢吾郎:気づいた事とは。

後藤光司:自分と他人とは行動も考え方も違うと言う事ですね。

渋沢吾郎:そうです。それがわかれば君は一段階成長したと言えますね。しかし、まだ解決がついたとはいえません。今のがわかった時点で他人を理解しようとする気持ちを忘れなければ君にとって明るい人生になるでしょう。しかし、問題は親ですね。

後藤光司:はい。

渋沢吾郎:親は君の頑張る姿を見たいのではないですか。

後藤光司:そうと思いますが、今は体調を崩してしまってこれは何の病気ですか。

渋沢吾郎:うつ病と思いますが。

後藤光司:しかし、それがうちの親は理解できないんです。

渋沢吾郎:そうですか。それで今はどう過ごしていますか。

後藤光司:親の顔が見たくもないので朝早く仕事にいって夜遅く帰ってきます。

渋沢吾郎:では、君はしっかりと仕事ができるんですね。

後藤光司:一応は。

渋沢吾郎:では、君の親はそんな君をどう思っていると思いますか。

後藤光司:ちょっと想像がつかないですね。

渋沢吾郎:では今度は親も連れてきてもらえますか。

後藤光司:はい。

 数日後、光司は父親を連れてきた。吾郎は親に自己紹介をした。

渋沢吾郎:はじめまして、渋沢吾郎と言います。よろしくお願いします。

後藤父親:こちらこそよろしくお願いします。

渋沢吾郎:光司君はちょっと席をはずしてもらえますか。父親と話がしたいので。

後藤光司:わかりました。

 といい、診察室を出た。

渋沢吾郎:それではお父さん、光司君についてどう思いますか。

後藤父親:そうですね。最初はただだらけているとしか見えなかったのですが、仕事もしていますし、ただ、本当はエリートコースを歩んで欲しかったですね。

渋沢吾郎:そうでしたか。そのエリートコースが彼の不幸の原因ですね。

後藤父親:はい。今はわかっています。それで家族がバラバラになっていますので。

渋沢吾郎:私は思うのですが、人々は自らの使命によって生きていると思います。だから、使命をはたす事が光司君の役割だと思います。ですから、光司君が使命を果たせばエリートコースは関係ないと思います。さらに、本当の幸福とは、エリートコースを歩む事ではなく、喜びを分かち合う事ではないでしょうか。

後藤父親:はい。それで、家族の幸せの絆を戻すにはどうしたらよいのでしょうか。

渋沢吾郎:私は自然体がいいと思います。無理をせずお互い助け合って生きていく。これは平凡なようで、実は一番難しいんです。もし、彼がエリートコースを歩んでいたとすれば、相手を卑下する心が出来て、良い人格が形成されないと思います。ですから、彼はうつ病になりましたが、彼は今も精一杯頑張っていますので、彼を認めてあげてください。

後藤父親:わかりました。」

 吾郎はここで光司を呼び、

渋沢吾郎:光司君。

後藤光司:はい。

渋沢吾郎:今、君のお父さんと話をしました。今の君の事を受け入れてくれると言うので、君も家族と接したらどうですか。お父さんからも一言お願いします。

後藤父親:エリートコースの事は忘れよう。私はそれよりも人間らしい人間に育った方がいいと思っていた。自然体がいいと思った。明るい家族を目指して頑張ろうな。

後藤光司:はい。

後藤父親:無理にエリートコースを歩ませようとして悪かったな。

後藤光司:父さん。そのことはもういいよ。わかってくれたことだし。

 後藤家は明るい家族を目指して前へ進んだ。

 吾郎は今日の診療を終え家に帰り食事を終えて清子と話した。

渋沢吾郎:清子。やっぱり家族は仲がいいというのは幸せだな。

渋沢清子:そうね。

渋沢吾郎:それに俺は子供をどう教育すれば育つのかがわかってきた気がする。

渋沢清子:そうね。人間性を持った人に育てなくちゃね。

渋沢吾郎:そうだね。そのためには今の世界を知る必要があると思う。

渋沢清子:それに気づくあなたもすごいね。だけど無理しちゃだめよ。あなた働きすぎ。

渋沢吾郎:でもまだ三十代だよ。

渋沢清子:でも健康には気をつけてね。

渋沢吾郎:大丈夫。俺には清子がいるから。清子を抱いたら元気になれるから。

渋沢清子:私ってあなたが元気になるための処方箋なの。

渋沢吾郎:そうとも言う。

渋沢清子:私は薬かい。

渋沢吾郎:薬はしゃべっちゃだめ。

 二人は今日もジョークをかましながら話していた。


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