第11話 無念

次の患者は、北条靖男35歳である。

渋沢吾郎:どうしましたか。

北条靖男:私は潰されました。これからというときに。私は、何のために生まれてきたのでしょう。

渋沢吾郎:何があったんですか?

北条靖男:何があったということはどうでもいいのです。ただ、私は人のために人類の幸福のために生き抜き高かったのです。

渋沢吾郎:前あなたが言っていた、衆生所遊楽という世界を創りたいということでしたね。

北条靖男:はい。やっと道が見えてきたというのに、自分には将来がない状態になっている。無念です。

渋沢吾郎:そうでしょうか。天はそこまで無慈悲じゃないですよ。人には役割が必ずあります。あなたはその役割に自覚しておられる。そして、それを現実化しようとしている。理想論と現実論が見事にかみ合う状態に持っていこうとなさっている。

北条靖男:そう見てくださると少々恥ずかしい気がしますが。

渋沢吾郎:とにかく今言えることは、生きていくうちに必ずチャンスが巡ってきます。何度も逃しているように見えますが、あなたとちゃんと見ている人は必ずいます。少なくとも天の意志どおりに動いてみてください。

北条靖男:どういうことでしょうか。

渋沢吾郎:なるようになるということです。

北条靖男:本当に大丈夫なのですか?

渋沢吾郎:あなたが目標を見失わないことが重要です。ここはひとつ天に任せてみてはどうでしょうか。

北条靖男:そうですね。本当にそれしかないようですね。

渋沢吾郎:納得がいきましたでしょうか。

北条靖男:しかし私は不思議に思います。渋沢先生は他の病院の先生と違い本質をおっしゃる。感服いたします。

渋沢吾郎:では、今はそういうことでいいですね。

北条靖男:はい。では、また後日。

 と、靖男は納得して帰っていった。

 今日は吾郎は清子と理想論と現実論について話した。

渋沢吾郎:俺は理想論と現実論をどうやったらかみ合うか考えている。

渋沢清子:ずいぶん難しい内容ね。

渋沢吾郎:俺は自分の理想を現実にするためにはプロセスの構築だと思う。

渋沢清子:そうね。

渋沢吾郎:しかし、自分自身に体力がなければ何もできないのが現実だと思う。

渋沢清子:体力を具体的に言うとなに?

渋沢吾郎:資金力だね。今日の患者の北条さんには資金力が必要だと思った。

渋沢清子:なるほどね。

渋沢吾郎:まずは何をするにもお金が必要だよ。

渋沢清子:確かにそうね。それが現実よね。でも、あなたもユートピアを夢見ているんでしょ。何か通じ合うところがあるんじゃない?

渋沢吾郎:そうだね。今度会ったときはじっくり話してみようと思う。

 と、今日も二人は患者のことを話していた。

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