第11話 離宮のエリーナ(下)

  何の説明もないままに、エリーナさんはルーペを俺に渡す。


「はーい、これで鏡の自分を見てみてねー」


 椅子から立ち上がり、部屋の隅に置いてあった姿見鏡まで近づいた。


「これで覗くんですか?」

「そうよー」


 言われるがまま、ルーペ越しに姿見鏡にうつる自分を見る。

全身から噴き出す、白い大量の湯気のようなもやがそこには映っていた。


「うおっ! これが俺の魔力!? ……なんか、イメージと違うな」

「そぉうかしらー? でもー、マサルちゃんの魔力量ってば凄いのよー」

「そうなんでっ……おぉ! ほんとだ!! サリーの薄っ!!」


 後ろを振り向き、ルーペをかざしたままサリーが座っている方へ目をやる。

俺の魔力量と違い全身を、わずかに緑色の膜のようなものが見えるだけだった。

エリーナさんからは、俺のように噴き出してはいないが、はっきりと水色の靄が見える。


「俺の色が白色なのって、やっぱり属性がないから?」

「そうねー、でもねーよーく見ると、マサルちゃんにも色があるのよー」


 再び自分の靄を見る。確かに言われてみれば、白色の中に薄い黄緑と濃い深緑の線、そして所々に紫が混じっていた。


「その色はー、アーリアちゃんとベルフちゃんの色なのよねー、あと、すこーしだけどー、サリーちゃんのもあるのよねー、もう消えちゃいそうだけどねー」

「へぇー、承認してもらった時と、アーリアの魔力吸収した時か……あとサリー」

「私をついでに言わないで下さいよ」


 どうやら吸収した者の魔力は、自分の魔力として保てるのだろう。だが、初めにサリーから奪った魔力はかなり消えかかっていた。


「それでねー、そのままの状態だとねー、とーっても危険なのよー」

「危険ってどう?」

「そんなに無垢むくな魔力をいーっぱい出してるとー、魔獣ちゃんとかがねー。興奮して襲ってきちゃうのよー」

「あぁ! なるほど!」


 つまり俺の状態は、魔獣達にとって猫のマタタビのような効果があるのだろう。

それならば、魔獣が突然に現れ襲ったのか説明がつく。


「それでこれをー、マサルちゃんにあげるわー」

「このブレスレットを?」

「実はこれねー、私が趣味で作った物なんだけどー、魔力封じの石で作ってあるのよねー、だからー、これを付けていれば魔力は出せないのーしかもー、魔獣ちゃん除けの効果もあるのよーすごいでしょー?」


 玉虫色をしたブレスレットを手首に付け、姿見鏡の自分をルーペ越しに見る。

鏡には、先程まで見えていた靄が一切なかった。あの噴き出していた魔力は、このブレスレットによって完全に抑えられていた。


 何回かルーペを外したり、掛けたりして姿見鏡の自分を見ていると、エリーナさんが近づいて来る。俺の後ろに立つと、鏡越しのエリーナさんの顔が変わった。


「マサルちゃん、これーなにかしらー?」

「はい?」

「このー、うなじの所にねー、呪印みたいなものがあるのよー」

「えっ! 呪印!?」


 自分では確認のしようがないうなじを、エリーナさんとサリーが見ている。


「ほんとだ! マサルさまの首んとこに【151】って刻印されてる」

「でもー、呪印っぽいけどー……なんだかー、聖なる気を感じるのよー不思議ねー」


 エリーナさんが言った言葉の『聖なる気』に、俺はすぐに勘付いた。

この世界で会った者達は全員が魔の者、唯一その聖なる気を持っている人物。

俺を異世界に転生した、あの難聴天使しかいない。


「あのばばぁ! なーにがこれはおまけだよだ! ただの呪いをつけたのかよ!!」

「なんのこと?」

「あっ……いや、こっちのはなし……」

「?」


 首をかしげて俺を見るサリー。それとは対照的に、首に手をかざして呪文を唱えているエリーナさんは目を瞑り、真剣に調べてくれていた。


「うーん……どんな意味かー、分からなかったわー、ごめんなさいねー」

「いえそんな……ありがとうございました」

「ほんとにー、なんなのかしらねー?」


 俺自身訳がわからない。エリーナさんに調べてもらっている最中に色々思い返してはいた。しかし、【151】という数字の意味がどうしても理解できない。

天使との会話は、成立がほぼ出来ていなかった。だが、寿命などの制約の話はしていない。


「普通の呪印で、数字とか刻印されてたら……どうなるの?」

「数字系の場合は、死の刻印が一般的ですね」

「それとー、すこーし特殊だけどー、呪印の相手をー召喚できる回数とかかしらー」

「死と召喚する回数か……うーん、わからーん!!」


 頭を掻きむしりながら考えるが、やはり答えは出てこない。


「か、解除の方法は?」

「解呪はねー、その術者しかできないのよ、ごめんなさいねー」

「クソッたれーー!!」


 内容も分からず、解呪の方法も今現在では何もできないとのことだった。

そして俺は、自分の中であと151日の寿命なんだと勝手に決めつけてうなだれた。


「マジかよー、転生してすぐ終わりって、どんな罰ゲームなんだよー」

「ねぇマサルさま、もしかしたら年数かも知れないわよ!」

「そーねー、召喚だったらー、その時に聞けばいいのよー」

「……はー。」


 サリーと会って間もないエリーナさんの励ましの言葉が、辛かった。

重たいなんとも云えない空気が、しばらく続いた時に俺はふと思った。


「全員から承認もらってさー、魔王になったらどうなの? ……世界を統べる力があれば、自分の呪印なんかも消せるんじゃないの?……」

「そ、そーかも知れないわねー! 前の魔王ちゃんもー呪印系は効かないみたいだったものー、マサルちゃんもきっとー、効かなくなるわよー! ねー、サリーちゃん」

「そ、そうですよ! 魔王になったら消えますよ! だから、元気出しましょうよ!」

「そうだよな、だって魔王になるんだもんな! こんな呪印なんか消せるよなー!」


 落ち込んでいたが、要は封印された扉の時と同じである。つまりは七つ承認をもらい、統べる魔王とやらになれば解決するだけの話だ。

この数字は、俺の性格を見抜いて、発破はっぱをかけるものに違いない。少し期限が短い気もするが、気にしていてもどうしようもない。


 励ましてくれた二人に礼を言った後、魔王になるための承認者の居所いどころをエリーナさんに聞いた。


「今どこにいるかはー、私じゃわからないのー」

「そうかー、エリーナさんでも分からないのかー」


 エリーナさんでも分からないのであれば、これはかなり厄介なことになりそうだ。

だが、俺が考える間もなくエリーナさんは話を続ける。


「でもねー、占いが得意のー、バーガンちゃんならわかるかもよー」

「バーガンちゃん?」

「バーガンちゃんはねー、えーっとね――」

「占い師のバーガン……たしか、この近くにあるシエラ村の占い師の名前では?」


 サリーが再び俺とエリーナさんとの会話に割って入ってきた。


「そーそー! シエラ村だわー!」

「シエラ村なら、すぐ近くですから、明日にでも行きましょう」

「そうねー、今日はもう遅いものねー」


 新しい情報と、知りたくなかった情報をこれで手に入れた。それと、エリーナさんから貰った魔獣除けブレスレットがあれば、さっきのような事も回避できるはず。


「そうだわー、サリーちゃんにはこれをあげるわねー」


 箱から出したピアスを、サリーに渡す。


「わぁ! ありがとうございます!!」

「マサルちゃんのブレスレットもー壊れたりしたら大変だからー、材料残ってる分でー予備の作っておくわねー」

「ありがとうございます! エリーナさん!」


 羽根の形をしたピアスを嬉しそうに耳に付けるサリーが、感想を求めてきた。


「どう? どう? 似合う?」


 ピアスを付けた耳を、俺に見せつけてくる。


「あぁ、すごく可愛いよ……ピアス。……っでぇ!?」

「私も含めて可愛いって言いなさいよっ!!」

「おまっ! 少しは加減をしろっ!!」


 思いっきり背中を蹴りつけたサリーと、それをとがめる俺を見ていたエリーナさんは微笑みを浮かべていた。


「あらあらー、二人とも仲良しさんなのねー。その耳飾りはねー、風の属性をー、強化する物なのよー、だからー、サリーちゃんにぴったりなのー」

「なるほど……まぁなんだ、似合ってるし可愛いよ、サリー込みで……」

「は、はじめから、そう言ってくれれば私だって……嬉しかったのに……でも、ありがとう……マサルさま」


 付き合い始めたカップルに、お母さん同伴のような空気になった。


「……はい、じゃあ今日はここまでにして、お城に戻りましょう!」


 サリーが一回手を叩き、この話に区切りをつけた。


「あらー、泊まっていけばいいのにー」

「いえいえ、それはできませんよ。 大体、マサルさまが部屋に入ってから今までずーーっとエリーナ様の胸ばっか見てるんですか! エリーナ様に"何か"あったら大変ですので!!」

「お前っ!! 何言ってくれてんの!?」


 バレていないと思い、ずっと目がいっていたのは事実である。弁解しようとしていたが、エリーナさんが俺の目を見つめる。


「私のでよければー、触ってもいいのよー」

「マ、マジで! いいんすか!?」


 甘い誘惑に心がおどり、手が勝手にエリーナさんの豊満な胸に行こうとする。

だが、手の照準がエリーナさんの胸に合う前に、叩き落された。


「そんなのダメに決まってるでしょーがっ!!」

「いったぁー!」

「あらー残念ねー」


 両腕を叩かれうずくまっている俺を尻目に、サリーは謝罪と礼を言っていた。俺もエリーナさんに礼を言う為、立ち上がった。


「いてて……エリーナさん、ほんとにありがとうございました」

「いいえー、こちらこそ会えてよかったわー」


 エリーナさんに別れを告げ、部屋を後にした。


「そういえば、このブレスレット付けてたら俺ってただの人間に見えんじゃね?」

「その方がいいと思いますよ。 人属には魔力を感知できる者もいると聞きますから、変な面倒に巻き込まれない為にもそのブレスレットは外さないほうがいいです」

「さいですか……サリーは魔力出しててもいいのか?」

「私はそのようなやからが来たら、倒せますからね」

「へぇ」


 魔獣との闘いを見る限り、サリーが言っていることは本当だ。

俺を守りながら闘っていなければ、容易にあの場をせいしていたに違いない。


「どうしたの? 深刻そうな顔して?」

「いぃや! サリーがいてくれてよかったなぁっと思ってさ」

「ほんとに、どうしたのよ?」


 来た長い通路を二人で歩き、ヴィラ達番兵がいる詰所まで戻るのであった。

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